2022年7月3日日曜日

話題が立て込んだ初台ワンダーランド  新国立劇場バレエ団『不思議の国のアリス』  6月3日(金)〜12日(日)計8回





お待たせいたしました。(お待ちくださっている方は5、6名にも満たぬかと存じますが)新国立劇場バレエ団『不思議の国のアリス』を計8回観て参りました。
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/alice/


アリス:米沢唯(3日、5日、10日、12日)   小野絢子(4日夜、11日夜)  池田理沙子(4日昼、11日昼)
ジャック:渡邊峻郁(3日、5日、10日、12日)     福岡雄大(4日夜、11日夜)   井澤駿(4日昼、11日昼)
白ウサギ:木下嘉人(3日、5日、10日、12日)    中島瑞生(4日夜、11日夜)    速水渉悟(4日昼、11日昼)
ハートの女王:益田裕子(3日、5日、10日、12日)     木村優里(4日夜、11日夜)   本島美和(4日昼、11日昼)
マッドハッター:
スティーヴン・マックレー(11日夜、12日)  ジャレッド・マドゥン(3日、4日夜、5日)  中島駿野(4日昼、10日)  福田圭吾(11日昼)



東京千秋楽の様子です。





本島美和さん退団公演カーテンコール。学級委員長なハートの2番、お役目頑張りました。




※以下長く、加えて異常気象な酷暑が続いております。体力や気力が落ち気味な方々及び
アリスの家で不当な扱いを受ける庭師ジャックと同等な忍耐力に自信のない方は次回以降をお待ちください。
もはや遥か昔にも思える速報編と重複する部分もございますが悪しからず。



米沢さんはいたくナチュラルで活発且つ乙女なアリス。あれよあれよと巻き込まれていく状況の一瞬一瞬を力みなく鮮明に体現され
どの感情も輪郭くっきりと込められたステップで四肢を存分に使いながらアリスの心の内を表していました。
一見ほんわかマイペースそうであっても踊り出すとそれはそれは何でも乗り越えてしまいそうな達者ぶりでその対比がたまらなく可愛らしく映った次第。
またジャックに対しては恋に恋する乙女っぷりで、身を委ねたときの蕩けっぷりがいじらしく、試練に挫けぬしっかり者少女でありつつ
守られる包まれるときはとことん可愛らしさを覗かせる多面性もまた観る度に新鮮な心持ちにさせてくださいました。
現代の世界で目が覚めて夢は嘘ではないと必死に強調する姿や、現代では実に強引なジャックに半ば無理矢理に
愛読書本を奪われてしまう様子がまた乙女心に満ちていて、頬が緩んでしまうひと幕でした。
米沢さん渡邊さんのパ・ド・ドゥがこれまた秀逸で、行先不透明で往来が細かかったり、中途半端に持ち上げたまま進行したりと
変則多量な振付でも取りこぼし無く恋心の高鳴りを瑞々しくスケール大きく昇華。上階で観るとページを模した舞台デザイン効果もあり、
日々仕掛けが進化する飛び出す絵本を眺めている気分となりました。
アリスとジャックはパ・ド・ドゥでも果敢に攻めて冒険に繰り出していたのは明らかでございます。
中でもフラワーワルツ終盤で再会し喜び合う箇所は徐々に曲調が壮大化する展開と一体化した極上美が零れ
恋の高揚と、同時にふと見せるアリスの恥じらいやそれを受け取めるジャックの心優しさが溶け合い劇場一杯に幸福の広がりを見せ、平静の維持が困難になった私です。

小野さんは勝気で冒険心一杯なアリスで怯みとは一切無縁で進んでいく痛快な面を持ち、1幕冒頭では本を読み聞かせるルイス・キャロルの隣に腰掛けての
甘えるような表情は色気が肌を摩る感覚までもが4階席にも伝わってきてくらり。(あとにも述べますが小野さんアリスからの受け取めが中島さんウサギ見事)
2幕でのマッドハッターによる見せ場では共に弾け飛ばすような軽快さを全身で表し、タップのリズムとも一体化して披露。
特に11日夜では時に狂おしさをも帯びながら突き抜ける強さで踊り、貨物列車の達者な足取りもまたマッドハッターと一緒に浮き沈みの激しい音楽を奏でていた印象。
マックレーさんに押されるどころか共鳴して実に刺激的なステージを見せてくださいました。

初挑戦の池田さんは初日こそクライミング?(アリスの身体が大きくなり斜めの窮屈さに苦しむ場面)では落下してしまったり、
緊張からかこなすだけで精一杯な様子もあったりとハプニングも生じましたが11日昼公演は見違える出来。
愛くるしさはそのままに、小さな扉を開けての花畑の光景に驚愕と興奮をヘンテコな体勢であっても
全身から放って音楽負けしない存在を示して次々と襲い掛かる試練を孤軍奮闘で乗り越えるしっかり者のアリスを好演。
小柄で幼く見えてしまう心配も実はありましたが全くの無用で、3女王中でも最も威厳と貫禄ある本島さんハートの女王より
ハートのスティックで脅かせられ対峙する場でもきりっと見据えての振る舞いから
アリスの道中における困難突破の経緯が窺え、その後の緊迫感のあるカード達の群舞へと繋がっていった気がいたします。
初演時に比較すると遥かに短いリハーサルであったでしょうに、全編ほぼ出続けてリードする初役アリスをきちんと仕上げてきたことに拍手を送りたい思いでおります。

渡邊さんは庭師、ハートの騎士、現代の青年まで役どころそれぞれを丁寧に色付けジャックを造形し、アリスに比較すると影薄いと言わせぬ説得力。
アリスを優しく解す包容力、現代青年ジャックの強引ぶり等両手指で足らぬ蕩ける要素満載でございました。
アリスの家での庭師としての登場から勤勉そうな労働者青年そのもので、茶色い労働服も違和感皆無。
リデル家に心を尽くして従事し、また後方を向くと漂う背中からの哀愁から華やかし一家とは住む世界が180度違うのであろう生活環境もすぐさま見て取れました。
ゲートボールの準備中には背後からいたずら(嫌がらせと呼んでも過言ではないかもしれぬ)仕掛けを目論むも寸前に計画失敗に終わる執事役の中家さんの好演もあり
リデル家に仕える人々の番長な身分であろう執事からは、弱い立場であるがために
日々不当な扱いや理不尽な仕打ちを受けていたであろう決して恵まれているとは言い難い労働環境であったと想像いたします。
速報でも述べた通り、無実の訴えすら場を与えてもらえぬまま冤罪で解雇となり、荷物まとめて年季の入った鞄を手にハンチング帽を被って
悲しげな眼差しをアリスに向けたのち俯きながら立ち去る姿のたいそう哀れなことよ。
そして繰り返しにはなるが、小津安二郎映画の青年を彷彿させる古風な趣きにも、再演の今回一層心を惹かれそして締め付けられました。

アリスの家、夢の中、現代それぞれの世界で繰り返される軸となる互いに斜めに立ち踵をぐりぐりと床に押しながら移動して始まるパ・ド・ドゥにおいて
振付に流れは同じであってもそれぞれの役柄の特徴を加味して踊られていた点にも目を奪われ、どの場面もアリスとは恋愛真っ只中でありながら
庭師のときは立場を弁え一歩引いているような慎ましさも見せ、ハートの騎士となればアリスが少女でありつつも姫にお仕えするような品位もあり、
現代ではこりゃ結婚したら亭主関白かと見紛う、アリスの読書趣味や夢見がち性格を受け入れつつも腕の引っ張り方はと言いだいぶ強引な男ジャックで
上から力強く見守っている感もあり。思わず我が脳裏ではさだまさしさんの名曲が流れずにいられずでございました。(古いか)
アリスとの馴れ初め、タルト御盆運搬は俊敏であっても屈強さには欠けるため護衛隊では無さそうな
ハートの騎士の任務等役の背景を深掘りしたいほど、アリスに比較すると存在感薄めと言われがちなジャックの魅力を
一般市販の画材では足りぬくらいであろう色彩豊かに描画された渡邊さんは只者で無いと再確認です。

10日(金)昼公演に入っていた学校団体の皆様のマナーも良く、ジャックパネルと撮影する男子生徒さんも目撃。
横に立って観光名所での記念撮影風な生徒さんもいれば、サインはV状態で意気揚々と写る生徒さんもいたり、劇場を満喫している様子に感激でございました。
ちなみに私もパネルと記念撮影いたしましたが、うち1枚はシンフォニー・インCフィナーレ彷彿な左右対称パッセに挑んだものの崩壊、当然だ。
そういえば前回の初演時に来場していた団体の男子生徒さん達の会話には、アリス関連の装飾に溢れた空間に圧倒されていたのか
女子をデートに連れてきたら喜びそう発言もあり。将来の観客育成に繋がっていると期待を持たせる出来事でした。

福岡さんは堂々且つ穏やかに見守る風な青年ジャックで、突如の解雇では悔しさを滲ませ納得いかぬ様子で立ち去る姿が刻まれております。
この場面を劇場で目にし、また今となって思い出すと気になるのは当時の英国内の労働事情で、今以上に厳しい階級社会で
不当な扱いを受けていた人が多々いたと思われそして図書館の走れば調べ物が止まらなくなる行為が目に見えておりますので次へ参ります。
小野さんとの大看板ペアとしての安定感はもう語るまでもありませんが、ウィールドン特有のふんだんに盛り込まれた行き先不透明な振付をきっちりと形作って披露。
呼吸が少しでもずれるとすぐさま崩壊してしまうパ・ド・ドゥもときめきと安堵感が融和した光景の広がりを目にできた思いでおります。

井澤さんは冒頭の庭師は一見労働者に見えず、随分とお育ちが良さそうなお坊ちゃまに思えたのも束の間。
内気で物静かそうな様子でありながらアリスを見つけるとふと表情が和らぎ、日々の労働における救いな存在であったと察します。
だからこそアリスの家を追い出されるときの悲しみを振り切るような姿がいたく可哀想で、その後この真面目そうな青年の新たな職場が見つかるよう願わずにいられず。
やや不安であった赤白ぱっくり衣装もなかなか似合い、物怖じしないしっかり者なアリスに引っ張られつつおっとり温和に見守る心優しい青年なジャックでした。
何しろ井澤さんは前回のアリス公演でのイモ虫で場をさらい、濃厚な妖しさで釘付けにし(私の中での井澤さんの舞台3本の指に入る)
1幕冒頭のラジャにおいても豪奢な衣装に負けぬどころか着こなしが自然で高級インド料理店のポスターかと見紛う上品なゴージャス感や
美女を従えての名家でのお茶会に慣れた振る舞いと挙げたらきりがなく、この役も何処かの機会に再度鑑賞できたらと祈願しております。

白ウサギの木下さんは職人芸が光り、前回以上に舞台をぐっと締める加えて華やぎもある活躍で
常にカリカリ神経質で愛用の時計を大事そうに持っているのも頷けるウサギさん。中でもタルトを一時預りしながら、命の危機の迫りも気にせず呑気に愛を語る
アリスとジャックに向けた苛立ちに面白味があり壁側にひっそり隠れて白ウサギはミタ状態で眺めたり
タルトの匂いの誘惑に負けそうになり一舐めしてしまうも罪悪感からか壁に指を擦り付けたりととにかく細かく観察大忙し。
カウント難解な開廷のソロもぴりりとスパイスが効いた風味を出して捻りだらけの曲調にもぴたりと合って隙もなく、唸らせるものがありました。

速水さんは初日はだいぶ緊張なさっていたのか、また小道具の扱いにも苦労が見えた気もいたし、いつもの勢いが控えめであった印象でしたが
11日昼公演での3幕裁判開廷を告げる急速なテンポや断崖に立つかのような捻りポーズを駆使してのソロは切れ味も良し。
タルトのお盆持ってうかうかしているアリスとジャックをハラハラ見つめる時間帯を始め、
芝居心が尚あると物語の展開の要としての存在がよりはっきりと見えたかと思います。

今回ひょっとしたら最も驚かされたのが中島さんの白ウサギ。前回務められた、プリンシパルである奥村さんが怪我で降板され
抜擢されただけあってさぞ重圧もあろう、序盤から緊張の糸がなかなか切れず冷や汗な展開になるかと思いきや心配な部分皆無。
幕開けから英国紳士らしい品で舞台を飾り、鬘も違和感無し。アリス達への本の読み聞かせからして落ち着いた風情があり
4階席末端まで語り口が聞こえてきそうなほど、引き込まれるものがありました。だいぶ勝気そうな小野さんアリスからせがまれても温厚に受け止めの切り返しで
ベンチでの会話も台詞が聞こえてきそうな表現で楽しませてくださいました。アリスへの手助けは細やかに、裁判進行は堂々たるもの。
エピローグにおける写真愛好家なカメラの持ち方も好印象でございます。
前回ゴールデンウィーク公演『シンデレラ』ではヒマラヤフレッシャーズこと王子の友人長身若手チームに属してはいらっしゃいましたが
他の3人に比較するとこれといった色味が淡めであったのが正直なところで、軽やかな太田さん、優雅な仲村さん、パワーと貫禄備えた渡邊拓朗さんと
個性が前面に出た面々と横一列に並ぶと綺麗ではあっても何処か淡白な印象が残っており、白ウサギに決定発表時は随分と心配したものです。
ところがいざ幕が開くとそんな心配を募らせていたことすら忘れ去るほど、夢中になって読み聞かせに耳を傾けているアリスと同様にすっと物語の、
当時のオックスフォードの世界に導かれましたしアリスとジャックの危機が迫るタルト御盆場面においては
スローモーションでタルトの誘惑に耐える様子まで体現され、ただ綺麗なだけではなく奇怪な要素も含めた白ウサギさんの性分が伝わりました。

ハートの女王様も三者三様。まず益田さんが前回以上に大進化を遂げ、冒頭から娘達を注意する強面な母親ぶりやお茶会を取り仕切る貫禄を感じさ迫力強まる姿を披露。
ハートの女王になってからは表情を強烈に作り過ぎず、代わりに腕全体で突き刺すような鋭さと美をとことん見せていた効果もあって
品を失わず王族らしい格の高さを体現していた点や前回やや遠慮がちに感じた王様を尻に敷いてのやりとりも吹っ切れていて見事。
失礼な話、当初ファーストキャストを不安視しておりましたが蓋を開けたらファーストに相応しい
キャラクター達の個性衝突な3幕裁判証言のカオスな場においても支配力を持ち、時折ふと蕩けるような可愛らしさも見せる多彩な魅力凝縮な女王様でございました。

10日の夕方に翌日昼公演を最後に退団が発表された本島さんは圧巻たるや、11日昼公演ではアリスの母としての登場から大拍手。
古き良き品を湛えたマダムでミントグリーンのドレスがたいそう絵になり、キャロルによるハートの手品の止めに入るときのツンと澄ました表情や仕草にも惚れ惚れ。
女王では高笑いから怒りっぷりもゴージャスでたっぷり笑わせていただきましたが、生来の美貌は当然ながら高貴な艶が芯にありずっこけても美しさは健在。
タルトアダージョにて家臣達を叱り付けても核心にある品性は決して崩さず、凛然とした振る舞いで
魅せてくださるからこそ家臣達もそして観客も平伏し付いて行きたくなるのでしょう。
裁判の最中よくよく観察すると、隣の席にて相変わらずマイペースな王様に対して苛立っているだけでなく一緒に新聞に目を通して頷いていたりと
本当は仲睦まじい関係が見て取れ、公衆の前では強がっている女王にとって、実は心の拠り所な伴侶であったかと推察。
だからこそ最後玉座から突き落とされる場が哀れでならず。この部分の意図は今も気になっております。

プリンシパルキャラクターアーティストの階級が設置されて任命され、まだ時間も経過していない段階での非常に惜しまれる退団で
出演者特にこの日の主演を務めた池田さん井澤さんが何度も本島さんを立てては前に出るよう促していたりとカーテンコールは特別仕様。
そして緞帳前に本島さんが登場し再び観客に挨拶をしていると、怯える⁈タルト家臣達が
逆走貨物列車のように現れ、アダージョのときと同じくビクビクしながらの先頭譲り合い。
そこでここでも女王様へのお仕え第一担当は家臣達の学級委員長ことハートの2番。代表して跪いて女王様へ赤薔薇の大花束贈呈でした。
しかしここで一件落着ではないのが良いところで笑、女王様が苦手な白薔薇が一輪だけ混在。
女王様が事態に気づくと、家臣達は情けない様子でスタコラサッサと逃亡し、女王様は大笑いしながらも
首斬りのポーズで観客沸かせ花束を大事そうに抱えて戻っていかれたのでした。それにしてもいつ打ち合わせて練習したのかこの贈呈式。
渡す係、白薔薇混在第一発見者、続いて怯える人、と役割分担も盤石且つ自然な進行でございました。
恐らくはほぼ毎日女王様からお叱りを受けていたであろう家臣達は毎晩ハートの2番を議長として反省会の連続であったでしょうが
女王も愛情を注ぎ、信頼して接していたのであろうと裏側が見えてくる、そんな贈呈式でした。

2006年のデニス・マトヴィエンコさんとバンジャマン・ペッシュさん2人のアルベルトと組み、初々しくも2人に対してそれぞれ違うアプローチ
(裏切り発覚の場にて、マトヴィエンコは純情系青年であったため悲しそうに、ペッシュはプレイボーイ系であったため憎悪も滲ませていたかと記憶)で
臨まれていた『ジゼル』を始め古典の主役に抜擢され続けていた20代の頃の本島さんも魅力はありましたが
現在のほうが身体つきも踊りも隅々まで洗練され、年々美しさが増していた印象しかなく
一昨年1月のDGVにおける第一区での暗闇からぽっかりと浮かび立ちながらレオタード姿の肉体で軌跡を描いていらした姿や
昨年のナットキング・コール組曲での黒いドレスで現れ貝川さんと踊る色っぽい姿といい息を呑んで見つめてしまいました。
真っ赤なチュチュを着用しポワントでたっぷりと踊る、主役に匹敵する役柄で最後を飾られての退団は本島さんらしいご決断であったとも思えます。
8月には大和シティーバレエにて、渡邊(峻)さんと組んでの主演『雪女』が今から楽しみでならず、指折り数え心待ちにしております。

初挑戦の木村さんは最初こそ余りに顔の表情付けが強烈かなと思いきや、身体を目一杯使っての大胆な振る舞いと愛嬌が覗く一瞬をバランス良く見せていた印象。
肉体大改造して挑まれた大役にて、大先輩方が固めるアリス、ジャック、王様にも物怖じ一切せず斬り込んでいく姿が痛快でした。
可愛らしいお顔立ちの木村さんの風貌が一変した、眉毛を細めに上のほうにカーブを帯びて描いたメイクが、作品にもよるのだが何処かヴィヴィアン・リーを彷彿。
(お若い世代の皆様、ご自身でお調べください)
タルトアダージョも周囲の仰け反り納得な暴れっぷり(褒め言葉)で、その時の王様の行動を見てみると舞台後方でゴルフ(クロッケーか?)の素振りをしたり
散策したりと自由気まま。騒ぎの声がすると陪審員達と同等な立場で生垣から光景を窺っていて、実質政治権力は女王が掌握していた王国であったのでしょう。
しかしいざとなれば被告人のジャックにも証言の時間を与える毅然とした懐の深さもある王様を、貝川さんが全日通して3人の女王様を相手に好演されていました。
ハートのマーク付きな新聞黙読習慣を大切にしている点やとぼけた表情、指輪を磨く様子と言い掴みどころはこれと言ってないが、惹かれて止まない王様です。

4キャスト登場したマッドハッター。前回もゲスト出演されたマドゥン さんは前回はそこまで感心せずであったのだが(失礼)
今回は場をぱっと華やぐタップで沸かせ、いかれ具合と、リデル夫人達への接し方における紳士な面の対比が
最もはっきり表れていた印象。派手メイクにピンクの衣装でも綺麗目な容貌でした。
中島さんは初回は音に少々遅れ気味に思えてしまったものの徐々に役にも馴染み、福田さんはタップは軽やかで飄々ぶりと狂いっぷりも程よく混ざって、
お茶会ではナプキンリング落下だったかハプニングもあったか、ケーキの奪い合いだったかビクトリアケーキを突き刺していたか(高崎と混在していたら失礼)目が離せず。
(ちなみにお2方とも高崎公演では大進化)

そしてオリジナルキャストのマックレーさんは別格な存在感で、冒頭から怪しさ全開。
お茶会での終盤、オックスフォードサスペンス劇場リデル家の事件簿とも呼称するべきか
穴に入って行くアリスが視界から外れてしまうほど、歪みを帯びた音楽と合わさってのカトラリーやお菓子を手に狂暴な様子がゆったりと膨れて行く光景及び
執事も巻き添えになって体当たり交戦してはメイドやラジャ、お付き達も事態に悲鳴を上げ出す現場と化。
この場から狂わせ番長な役であるのだろうと腑に落ちたのでございます。
2幕のステージでは幕が上がり、静止状態であってもギロリとした眼球が4階末端にいた我が目に焼き付きこの時点で身震いしてしまったほど。
タップ音の響かせ方が細かく鋭く、更にはアリスや三月うさぎ達との掛け合いや絡みも心から楽しんでいてその空気が好循環。
3幕裁判も陪審員らも素で歓喜するのもごもっともである独壇場になりつつも箱の中で料理女達と和を維持するところは維持し
終盤アリスとジャック逃亡の陰で三月うさぎと2脚の玉座に腰掛けての高速足技ステップも騒ぎの急加速とスリルに繋げていた印象です。
2幕のステージ及び玉座腰掛け双方にて息が抜群に合っていた清水さん三月うさぎにも天晴れでした。
千秋楽カーテンコールでは観客に一旦静寂を求めるとタップの大サービスで沸かせてくださり、場内熱狂の渦と化。

またイモ虫に宇賀さんが音楽によくのっていて背中が柔らかく妖しく語り、スピード感にも驚愕。ラジャ姿では一見少々地味ではあったものの
傘持って去るときの腰のくねくねぶりも滑らかで裁判証言でのお披露目も陪審員女性陣を釘付けに、男性陣を嫉妬させてしまうのもごく自然に思えたのでした。

全役柄の中で最たるおっかなさであろう料理女は初役渡辺さんの狂おしく突き抜けた踊りや
華奢な肢体とは思えぬ、包丁や台所道具持っての公爵夫人とのバトルでも軽やかさ健在で嬉しい驚き。
同じく初役木村さんの、生来の柔和な容貌からは到底想像がつかぬ造形も凄まじく、向かうところ怖いもの知らずで包丁打ち付けてのジャンプもパワフル。
前回に続く中田さんは肝っ玉ぶりに拍車がかかり、鍋やらヤカンやら台所道具の音がガンガン鳴り響く空間を自在に操る存在感。
お三方とも、3幕騒動に紛れて首切り執行人と恋仲になるときだけは心を許した恋する女な色目使いや
既にかかあ天下風なお尻軽く叩いての愛ある励まし方といい強面な台所とのギャップがたいそう魅力に映った次第です。
料理女とバトルを繰り広げる公爵夫人の小柴さんは暴れても美形なマダム。福田さんは可愛らしいマダムで、白塗りに付けまつ毛メイクが
大阪や徳島での『くるみ割り人形』におけるギゴーニュおばさんのときの師匠矢上恵子さんの生き写しな風貌。降臨したかと思ったほどです。
お二人とも、巨大な鬘にフリル盛り盛りな重たいドレス着用で脚を振り上げては縦横無尽に駆け回る過酷そうな振付であっても難なくこなし、スパイス一気投入に成功。

ずっこけな振付が多い分、僅かなズレが大事故にも繋がりかねないハートの女王が燦然と暴れ回るタルトアダージョも連日沸き
4人の家臣達の鉄壁サポートと面白くその場ですぐさま対応可能な芝居心無しでは成立しない場面。
先頭家臣であり学級委員長な役割でもあるハートの2番は前回に続き福田圭吾さんと渡邊さんが交代で担当。
中でも女王からとどめの股間激突蹴りを食らい、痛がりながらパートナー五月女さんが介護士の如く支え付き添いベンチへ向かう渡邊さんの姿の哀れなことよ涙。
このお2人は立ち役にいるときもほのぼのカップルを演じられ、白ウサギのけたたましいラッパ音が鳴ると
渡邊さんが大きな両手ですっぽりと五月女さんの両耳を塞ぐ人間耳当てを実践。
この場面を話題にするたびに我が両耳に手を当てながら再現してくださるお世話になっている友人よ、毎度ありがとうございます。
待機ベンチでイモ虫真似や両手広げた守備に挑むも結局怯えたりと定点観察に集中力を注いでいたのは致し方ありません。

タルトアダージョに話を戻します。大柄な趙さんがるんるん歩きしたのちにタルトを食べてしまったがために
正座して許しを求める甲斐もなく連行されてしまう展開も笑いがなかなか止まらず。
日によってはバレエマスター菅野さんがこの位置に入ったりと、一応固定チームは2、3通り組まれていたのでしょうが故障離脱者が相次ぎ
フラワーワルツや3人の庭師も含めもう組み合わせは日替わりパズル状態に。昨年の同時期『ライモンダ』5回公演に比較すると公演回数は倍に
しかも平日昼公演以降は5日間連続(土曜日は昼夜)でしたからコンディションの維持特に男性陣は実に困難であったかと察します。

前回のバレエ団初演時も楽しみましたが、仕掛け盛りだくさんな大作なだけあり、観る度に人物関係の絡みや音楽のからくり等発見の連続。
中でも音楽は編曲しながらの繰り返しフレーズの箇所に初めて気づいた箇所もあり。お恥ずかしい話、1幕料理女の場面の次にあたる、アリスと白ウサギが女王のお仕置きと時計の針の動きを真似る箇所やタルトアダージョが2幕のフラワーワルツの編曲版であったのは今更ながら耳に衝撃。
それから料理女の厨房と裁判前のトランプ群舞中盤の軽快路線な曲も実は同じ旋律を全く違う楽器で奏でていた点も驚かされたひと幕でした。(もし聴き間違いでしたら失礼)
トランプのときはムソルグスキー『展覧会の絵』内の雛鳥達の曲に似通っているとも思えましたがどうやら勘違いであったもよう。

また場面の途中で新たな小道具が出てくる箇所もあり、3幕のクロッケ用のフラミンゴや女王が一喝するときに用いるハートのステッキは
どさくさに紛れて家臣達や(陪審員も?)が運び屋を行っている様子を、ファースト主役以外の日程にて
ハートの2番の監視を上階から双眼鏡を両目に押し付けながら務めているときに発見した次第です。
個人の名前の無い、所謂コール・ドや周囲を取り囲む人々の総力も初演を経て、或いは吉田都監督体制になってからの影響もあってか精度も格段と上がり
トランプはより鋭く、時には容赦無く通り道の制止も決行する酷薄な面をも急速な曲調と戯れながら機敏に表しこなしてしまう水準の高さに毎度唸りました。
そして3幕女王の傍若無人ぶりや証言カオス現場を見守る陪審員や家臣達の芝居が何処を眺めても面白く、動体視力の訓練にはもってこい笑。
前回もニンマリが止まらなかった、イモ虫による妖しげな証言ソロ時の周囲のベンチ着席者達の様子
(但し特に凝視していたのはセカンドハート2番登板日であった旨はお許し願います)は
今回更に密度及び毎度違うアプローチで楽しませてもらい、お腹をくねくね真似事している日もあれば
駆け寄っていく女性パートナー達を嘆き、嫉妬する気力もなく項垂れたままお互いの背中を静かに摩り合いながら励ましている日もあり。
後者は懐かしい既視感ある光景、そうだ自宅近くの団地の広場にてゲートボールに勤しむ、腰掛けて出番を待つ高齢者の方々だ。
それはそうと、男性陣が足りず他のバレエ団にまで緊急招集がかかったのか、研修所出身で現在NBAバレエ団にて活躍中の三船元維さんも
楽しそうに何ら不自然さなく馴染んでいて、驚き嬉しい光景でした。
顔を深緑に塗って樹木の装置を全身に被せ、視界良好とは言えないでしょうに、クロッケーの試合やタルトアダージョの演出
更にはジャックの侵入時の隠れ場のお供としても活躍する生垣達の統制の取れた動きも拍手を送りたいばかりです。

総じてどうしても腑に落ち切れぬ箇所もあり。まず自身のサービス精神が原因で誤解を招き、ジャックが解雇されながら
一瞬は怒り悔しがるものの直後には着替えて平然と踊ったり、客人達をもてなすアリスの行動。
しかし体裁を重んじる保守的な家に生まれた以上、加えて来客多数なパーティー開催日ですから
来客に失礼がないよう、事が起きても表には出さずにいるのがリデル家の掟なのかもしれません。
何不自由なく暮らしていそうであっても案外窮屈な生活を強いられているとも思えてきました。
ジャックが立ち去る寸前、腕を上下に旋回させながら闊達に踊る アリスと姉妹達トリオの愛らしい姿から
音楽が膨らんで両親達も優雅に踊る流れが我が心を毎度突っつき、されど裏では身に覚えのない罪で退去を命じられたジャックが荷物を纏めている最中と思うと
冒頭部分のみで階級社会の光と影が短時間で一気に描かれていると見て取れ、プロジェクションマッピングやパペット等を用いた
仕掛け盛りだくさんで奇抜な色味衣装も豊富な、単なる娯楽系作品では全くに無いと再度思わせました。

それからエピローグにて、ジャックのスマートフォンでキャロルがアリスとジャックを撮影する場面。
やや身勝手な言い分は承知であるものの、いくらエピローグの時代設定が現代であるとは言えど
古典を基盤にした全幕のバレエ作品にてスマートフォンが登場した途端に普段の生活感が出てしまい、劇場でバレエを鑑賞している気分が削げてしまう印象も否めず。
では何なら良いのかと聞かれたら返答にも困り無責任極まりないのですが、せめてデジカメであって欲しいと願うのは
東京公演の次の北関東の会場が私が嘗て複数店舗で勤務しデジカメ販売担当経験もある量販店の全国総本店の目と鼻の先の立地も
何かしら影響を及ぼしている、わけはございませんが、決して無縁ではない気もいたします。
東京公演は無事全日程実施でき、全体の完成度も格段に上がっての披露を、本来ならば自身の監督任期最後の再演を予定しながら中止になってしまった
大原前監督がもしご覧になっていたら、きっと割れんばかりの拍手を舞台に向けて、
世界中が大変な最中に就任した吉田監督にも送ってくださっていたに違いありません。
バレエ団初演時も楽しみましたが、再演を8回鑑賞しても未だ把握し切れずにいる細かな要素もまだまだあるであろう大作です。





初日、白ウサギさんとキャスト表。キャラクター達のパネルは日々最適な場所!?に移動されていました。表はトランプマークの模様です。



本島さんハートの女王パネル。高貴で気高い女王様です。10日(金)、学校団体の女子生徒さん達が
集合して一緒に記念写真を撮っていて、劇場空間を満喫する微笑ましい光景にも出会いました。



本島さん退団のお知らせ。前日10日(金)夕方に発表され、突然の事態に言葉も出ず。舞台写真を眺めながら当時を思い出します。
山本隆之さんとも多く共演され、ビントレー振付『アラジン』世界初演のプリンセス役も本島さんでした。
主役デビュー時の貝川さんとのカルメンを拝見できずであったのは悔やまれますが、碓氷さんと組まれた再演時は鑑賞が叶いました。
そして特に忘れられぬ舞台は『マノン』。近寄り難いほど妖艶な魅力を持ちながらも脆い部分もあり、
そんな危ういヒロインを山本さんデ・グリューが何処までも優しく受け止めている光景が心深く刻まれ、今までに涙した舞台3本のうちの1本です。
これまで約30年およそ1000本弱はバレエを観ておりますが感激した舞台は多数あるものの
繊細さに欠けた感性であるがゆえに感涙に咽んだのは国内カンパニー、来日公演含めても3本のみ。その中の1本に含まれております。



2階通路にもトランプが道を彩っています。



当ブログレギュラーの大学の後輩とアリスなお店で昼食。トランプ兵が門番をしています。



入口のアリスと消毒液。白ウサギを追いかけ中だそうです!



後輩はチェシャ猫のパスタ、私は似合わぬと分かっていても可愛らしいアフタヌーンティーセット。お皿もアリスの挿絵が描かれています。
壁も白ウサギやトランプ、イモ虫等、物語のキャラクター達がいっぱい。
我々が座っていたソファー席の壁は庭園の迷路風で緑色。薔薇のクッションもございました。



テラスでワイン。猛暑前で良かった涙。



毎度の劇場内マエストロへ。今回2度お世話になりました。サインメニュー、記念になります。



スモークサーモンと生ハム。庭園を彩る赤い薔薇の花びらをイメージさせます。



海老とズッキーニのジェノベーゼペンネ。庭園の緑が覆っているように見えます。



サーモンとパプリカのスパゲッティ。明るい色彩な一皿です。



ミックスベリーのミルクレープ。甘さを極力抑えた、爽やかなケーキでした。紅茶と一緒にいただきます。



隣の幡ヶ谷駅から徒歩7分くらいに位置する焼き菓子店にて、ビクトリアケーキとキャロットケーキ。
ベリーのジャムが挟まった、アリスにも登場するビクトリアケーキは想像以上に生地がしっかり弾力があり、食べ応え十分。
キャロットケーキの上のクリームがややざらっとした舌触りで美味しうございました。ポットの下には豚さんのコルクマットです。
そういえば、2幕ではビクトリアケーキを模したクッションでアリスが飛び跳ねる場面があり憧れを抱いておりますが
嘘のような本当の話、中学生の頃に家の木製の椅子を割ってしまったことがある管理人。
(着席した途端、ばきっと真っ二つに割れました涙。確かに小学校卒業時や中学生の頃、その後大学時代も
現在より遥かに膨れた重たい身体つきではあったがまさか思春期に家具を壊すとは、当時の衝撃たるや)
我が重量に耐え切れずクッションが裂けるのは目に見えております。



イチゴとライチのカクテル。ケーキも良いが、カクテルに盛られた苺もまた良し。
ハートの女王様の寛ぎの時間に苺のジャムタルトは欠かせないのであろうとこの日に退団公演を終えられた本島さん女王に思いを馳せながら想像。



ちょうど英国の料理番組でパイの歴史について視聴したばかりのため、注文。労働者は汚れた手でも食べられるよう耳の部分を手に持って食べていたとか。



王道ですが、フィッシュ&チップス。そういえば、ハートの王様が愛読していた新聞の内容が気になるところ。
読み終えると椅子の下にきちんとしまう、律儀な王様でございました。
向かいに座っていた、日頃仕事と両立しながら鑑賞とレッスン双方に力を注ぎ勤勉な姿勢を貫く友人が、
偶然にも3幕トランプ群舞直前の、チェシャ猫前での陪審員や家臣達の集合ポーズな仕草をしていて良い記念。



真っ赤なドリンクで締め括り。ファーストジャック、セカンドハートの2番、そして本島さんの美しく気高いハートの女王。
我が胃袋は糖分と油分過剰摂取状態にございますが汗、心は現在もマイク眞木さんの1966年の代表曲の如く、真っ赤な薔薇が咲き誇っております。
※群馬県高崎公演へ続く。

2 件のコメント:

aruyaranaiyara さんのコメント...

管理人さんはロンドンGBに行ったことあったっけ?
F&Cの店で出るディッシュは想像以上のものだよ。
ただ、ルイスキャロルの予想外の雰囲気はあるよね?!
モトジーの退団、ここまでやって来たんだという思いかな。
研修所の頃から今日まで、着実に成長してきたかな。

管理人 さんのコメント...

aruyaranaiyara様

こんばんは。長い記事をお読みいただきありがとうございました。 英国、まだ行ったことが無いんです。 ロンドンにオックスフォード、コーンウォールやサウザンプトン等いつか訪れたい街はたくさんございます! おお、F &Cのお料理、食べてみたくなりますね。パイや豆料理もありそうなイメージを勝手に抱いています。
キャロルの予想外の雰囲気⁈も興味津々です!

本島さん、約19年走ってきたのですよね。研修所時代からご覧になっているaruyaranaiyara様にとっては、新国での数々の舞台が思い起こされているかと存じます。 コールド、主役、キャラクター、コンテンポラリー、たくさんの役柄で魅せてくださいましたよね。
クラシックを踊る役で美しく区切りをつけたかったのかなと思います。 やり切った思いはあるのでしょうね。