2022年3月6日日曜日

緩やか悲劇な復刻版 日本バレエ協会『ラ・エスメラルダ』3月5日(土)





3月5日(土)、日本バレエ協会『ラ・エスメラルダ』を観て参りました。
http://www.j-b-a.or.jp/stages/2022tomingeijyutufestivalla-esmeralda/

振付指導:ユーリ・ブルラーカ
振付助手:フョードル・ムラショフ

エスメラルダ:米沢 唯

フェブ・デ・シャトペール:中家 正博

ピエール・グリンゴワール:木下 嘉人

クロード・フロロ:遅沢佑介

カジモド:奥田慎也

クロパン・スリフトゥ:荒井英之

フルール・ド・リス:玉井るい

メゲーラ:金田あゆ子

アロイサ・デ・ゴンデロリエ:テーラー麻衣

ダイアナ:清水あゆみ

ベランジェ:岩根日向子

アルベール:荒井成也

フローラン:貫渡竹暁

ディアナ:飯塚絵莉

アクテオン:藤島光太

エスメラルダの友人:橋元結花/細井佑季/森田真帆/渡辺幸


米沢さんは無邪気な愛らしさ残るヒロインで、妖艶な味よりも無垢な奔放さが強く出る登場。
にこやかな中に僅かな色っぽい瞳を宿らせて時折くらりとさせ、切れ味のある踊りで街の賑わいを盛り立てていました。
心情の変化も明快に示し、危機を救ってくれたフェブに恋に落ちるときの頬を赤らめるような蕩け具合や
文字盤を取り出しフェブの名前を並べるときの初心な少女っぷりも可愛らしくいじらしい。
自由度が高い性格なのか、愛を訴えてくるグリンゴワールに対しては都合による婚約である旨をあっさり表してしまう様子も憎めずでした。
真骨頂であったのは2幕、抜粋でもよく披露されるグリンゴワール達とのパ・ド・シス。フェブに婚約者がいた事実を知って抜け殻のような打ちひしがれようが舞台を覆い、
心も身体も折れそうな状態で余興を披露する痛切な内面が胸に迫りました。アラベスク1つにしてもポーズはビシっと決まれど、頭はガクッと項垂れていたり
悲しみを帯びていくかと思えば微かな光が射すような曲調と呼応するように悲嘆を滲ませ
時にはどん底と未だ捨て切れぬ希望の双方を抱くように身体から発したりと踊りそのもので表現していく技量に再度拍手です。
実は全幕の中でこの場面を観たのは初で、ブルメイステル版やその他これまでに観たいくつかの版では挿入されておらず。
前段階にはエスメラルダとフルールがお互いの順調な恋を自慢し喜び合う、身分を超えた女子会談義が暫し行われたものの
さあこれからエスメラルダが余興を披露しようと登場すると事態は急転直下。
フルールの横に婚約者として腰掛ける男性はまさかのフェブであった事実にここで初めて突きつけられる急ピッチな展開に驚愕。
登場してから底に突き落とされる思いに駆られ、そしてグリンゴワールがすぐさま支えパ・ド・シスが始まるどんでん返しな流れから目が離せずでございました。

木下さんは献身的なグリンゴワールで全体を引き締め大活躍。ロマ達に怯えながらオロオロとした登場からして物語の展開にしっかりと味付けがなされ
あちこち振り回されながら婚約してくれる人を探す健気な行動も空間を大きく使い、雄弁なマイムで
上階席から観ていてもスカスカ感を全く感じさせず、グリンゴワールを中心に物語が動き出している場面に繋がっていた印象です。
エスメラルダが仮とはいえど婚約者となったときの歓喜する様子や、今後の見世物の為の
エスメラルダの指導の下で行う舞踊レッスンでのずっこけ音頭な踊り方もピュアで一生懸命なところが微笑ましく一途な人物を造形。
先にも触れた2幕パ・ド・シ・スではエスメラルダの心身を支える鉄壁のサポートに加え
短期猛特訓の成果か突如踊りが上達した設定に多少は無理もあれど笑、無駄のない端正で張りのあるソロも目を惹きました。
下手な人がこのパ・ド・シスのグリンゴワールを務めるとただ右往左往しているタンバリン叩き隊員になりかねませんが
悲嘆に暮れるエスメラルダにとって、縋る思いで頼りにする存在であることを明示。見つめる視線や心を寄せながらの支えっぷり、立ち位置に至るまでお見事でした。

この版において最も突っ込みどころ満載であり且つ他版に比較するとより焦点が当てられているフェブは中家さんが好演。
『ライモンダ』でのマントでジャン!ほどではないがファンファーレに乗せて堂々と歩み出てくる登場とエスメラルダ救出までは正義のヒーローなお姿。
どっしりと厚みある存在感で危機に瀕していたときの救出者であり、 エスメラルダが恋に落ちるのもごく自然です。
婚約者がいる身で異なる人に恋心を抱いてしまうのはいただけないものの、それだけエスメラルダの魅力に取り憑かれ後戻りできなくなってしまったと解釈。
フルールとの婚約の宴で腰掛けているときの、エスメラルダ達の余興を前にした様子の観察が面白く
目が泳いでいるときもあれば、腕組みして下を向き目を瞑る、国会中継で時々目にする居眠り中の議員さんのような格好でその場を逃れようとしていたりと
自業自得とはいえ窮地に立たされた人間の落ち着かぬ心境を静かに晒していました。
しかもこのときはまだフルールは婚約者の二股に気づいておらず、ばれるのも時間の問題であろうと冷や汗ものであったに違いありません。
フルールもいつまでもお花畑ではなく、エスメラルダが手にしていたスカーフが自身がフェブに贈ったものであると気づくとそれまでの優雅さからは一変。
婚約解消を潔く宣言し、ただの夢見る令嬢ではないフルールを玉井さんは品良く決然と務めていました。
またフェブの友人アルベールとフローランも、宴に向かうフェブにスカーフが装着されていない格好に疑念を持ち
問いただす場もありながらフェブはその場を逃れ、友人達をも裏切る結果を招いたことに。
裕福なフルールと結婚できたならフェブの生活は生涯安泰であったでしょうに、恐らくは追放処分を受け、失業もしたのか
質素な格好に加えてベレー帽のような帽子を被って3幕冒頭エスメラルダのもとへやってきた展開には口あんぐり。改心した設定なのかもしれませんが
無理矢理な展開は現在独立したグラン・パ・ド・ドゥのアダージョ部分として馴染み深い音楽でほぼ振付も同じまま短いパ・ド・ドゥで収納でごさいました。

フロロに刺される場面は他の版と変わりないものの、最たる驚きはエスメラルダの処刑寸前。命を落としたと思っていたフェブが嘆願書を手に 止めに入ってきたことでしょう。
浮気者でも2回もヒロイックに現れる人物であったとは、そして証言は聞き入れられエスメラルダは無罪放免。
献身的であったはずが使い勝手が良いだけの人物であったのか、グリンゴワールは手を振りながら
エスメラルダ友人達と共に晴れ晴れと去って行く結末はご都合主義も良いところでございますが、このご時世幸せな終わり方もまあ良いか。
エスメラルダ、グリンゴワール、フェブの重点が置かれているがゆえに他版ではもっと出番が多いフロロやカジモドが置いてけぼりな印象も拭えませんでしたが
遅沢さんフロロのドスの効く、黒味を帯びた不気味な表現やさらりと刃物を奪って罪を犯しながらも
何食わぬ顔で罪をエスメラルダになすり付ける静かに悪事を働く姿には冷徹な心の内側を見て取れる思いがした次第。
フェブ以上に要所要所でエスメラルダやフロロのピンチを救い、主への忠誠とエスメラルダへの恋心の双方を
純粋ひたむきに訴えていた奥田さんのカジモドも心に吸い付くキャラクターでした。

街の人々やロマ達の賑やかな息遣いは序盤から盛り上がりを見せ、次々となだれ込んでは急速なステップを刻んでいて冗長な印象を持たせず。
2幕の前半のフルール、フルール友人2名、フェブ、フェブ友人2名と花籠を持った女性群舞との場面は華やぐ見所ではあったのでしょうが
『海賊』花園或いは『眠れる森の美女』幻影の場を足して2で割ったところに男性3名投入した感のある構成でヴァリエーションまで用意され
だいぶ長かった印象。プティパ版のブルラーカ復刻版ですので、時間の感覚も現在とは違いゆったり延々と味わう風潮が強かったと考えることといたします。
思えばブルラーカ復刻の『海賊』をボリショイシネマで鑑賞時、3時間半超の上演時間に加え、チュチュの雲海かと見紛う
大所帯な似たり寄ったりの群舞場面がいくつも続いて後半は何度か夢の世界へと飛んでいた管理人でございます。

話をエスメラルダに戻します。想像以上にご都合主義展開でしたが、全幕上演の機会が少ない大作の協会初演実現に拍手。
抜粋では何度鑑賞したか数え切れぬディアナとアクティオンを群舞付きで中央後方に設置された左右に上がるカーテン幕装置の向こうから宴の最中の余興としての登場
更には周りをフルールやフェブ、貴族達が囲む様子も含め視界に入るとフルール達と同じ目線で観るためか新鮮な心持ちで鑑賞。
またエスメラルダの嘆きのパ・ド・シスも、その前段階を目で把握した状態で観ると、一瞬にして急降下するエスメラルダの心情が
一段と手に取るように伝わり、全幕の中で観る大切さに触れた思いでおります。

そういえば、当初の発表では今回の協会公演はブルラーカ版『パキータ』全幕を予定していたはずで、こちらもボリショイで上演されていますが
頻繁に抜粋上演されている結婚式のグラン・パ以外の緩やか度はいかに。ラコット版はパリ・オペラ座来日公演で鑑賞していながら
結婚式とパキータが実は高身分であった一件落着騒動以外記憶に無く、もし今回ブルラーカ版上演がされたならどんな印象を抱いたか興味は沸いてきます。

アップの経緯は不明ですのでリンク先は貼らずにおりますが、フロロやフェブと同様誘惑に負け、予習を兼ねてつい覗いてしまいました。
ボリショイ・シネマのブルラーカ版『エスメラルダ』が丸々視聴可能状態になっております。
キャストからして恐らくは復刻上演からそう年月が経過していない12年ほど前と思われ
エスメラルダをアレクサンドロワ、グリンゴワールをサーヴィン、とこの時点で管理人鼻血が出そうに。
カジモドをツヴィルコ、フルールをクリサノワ、フェブをスクヴォルツォフ、フェブ友人をラントラートフとオフチャレンコ、
ディアナをスタシュケヴィチ、アクティオンをロパーティン、と主要役に豪華な布陣投入。
スタシュケヴィチの突き出すようなテクニックの強さがフルール達や貴族陣に囲まれても一切埋もれず。
全体を通して、何処を切り取っても最早演出が気にならぬほどのスケールに圧倒されます。




夜公演であったため鑑賞前に上野界隈にて一杯。エノキ入りの辛口、チーズたっぷりのまろやか香ばしいミニキッシュ2種。昔のパレットのような穴のある丸い板のお皿です。
昨秋に再演され足を運んだ、グリンゴワールを画家に設定した篠原聖一さん版も好きでございます。



コンビーフとポテトのタルタル。ワインが進みます。しかし鑑賞はこれから、1杯に抑えておきましょう。
目の前には鉄格子のワインタワーのような高さのある置き場にボトルがずらり。

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