2023年6月2日金曜日

飯島蝶々の儚さと日本の情緒を描出    Kバレエカンパニー『蝶々夫人』5月25日(木)




5月25日(木)、Kバレエカンパニー『蝶々夫人』を観て参りました。
https://www.k-ballet.co.jp/contents/2023madame-butterfly

蝶々夫人:飯島望未
ピンカートン:ジュリアン・マッケイ
スズキ:荒井祐子
ボンゾウ:宮尾俊太郎
ゴロー:石橋奨也
花魁:浅川紫織
ヤマドリ:山本雅也
ケイト:日髙世菜
シャープレス:スチュアート・キャシディ


飯島さんの蝶々夫人は登場時の乙女な愛くるしさ、無邪気な姿で周囲と同じ衣装を身に着けていても甘い香りが引き立つような輝きがあり
ピンカートンへの恥じらいや俯く表情、嫋やかな振る舞いも美しい。腕をそっと掲げるだけでも細い線がすっと描かれるような優美さを残していた印象です。
恐る恐る桜の枝木(多分)をピンカートンに渡したときのはにかむお顔がいたく可愛らしく、さくらさくらの音楽にのせたはんなりとした舞いにもうっとり。
子供をもうけ、母として妻として夫ピンカートンを信じて待つ姿は毅然としていて迷いがなく、恋も知らずであっただろう初々しさの塊であった乙女な頃とはもはや別で
だからこそ、ケイトを伴って現れたときのピンカートンに対し、静かに静かに、取り乱すこともなく悲しみ受け止める姿が切なく映りました。
洋装の生活を送り、改宗もして、どれだけピンカートンの文化に合わせようと努めていたかが窺い知るものがあるだけに尚更です。
「ある晴れた日」が響き渡る中での最期、踊る箇所は非常に少ないながら佇まいや立ち上がる動作や仕草1つでも伝う悲しみと決意の入り混じりは
いつまでも後を引き、心を強く掴まれ続けた思いがいたします。

前回の初演時は初日に鑑賞し、大々的な宣伝もあり熊川さん率いるカンパニーのオリジナルバレエ初演の初日でしたから
デヴィ夫人を始め著名人も多数来場。メディア取材班もあちこちで見かけ華々しい幕開けであったにも拘らず、実のところあまり楽しめず終いでした。
想像していたよりも遊女達や花魁達の場の踊りが少なく感じて艶やかな着物衣装が生かされていない印象を残してしまい
蝶々夫人の最期がひたすら有名アリア曲が流れる中で幕を閉じる演出も、呆気なく思えてしまったのでした。

ところが今回は打って変わって片時も目を離せず終始釘付け状態に。冗長とした流れも見当たらず、時間の経過も非常に速く感じたのです。
まず、ピンカートンのジュリアン・マッケイのインパクト。好みは別として突然やってきた異国人なる雰囲気が強烈で
ピカピカピンカートンと呼んでいた私をお許し願いたい。登場から目が覚めるような朗らかさ、遊郭に足を踏み入れたときの落ち着きのなさもナチュラルで
時間軸戻って序盤の星条旗や船を背景にした見せ場も俊敏なテクニックが炸裂。突如ドヴォルザークの勇壮な音楽が流れても前回ほどは気にならずでした。
出発前の高揚感と長崎の遊郭を訪れたときの不穏な胸騒ぎとの対比が非常にはっきりと色付けされていたと捉えております。
結局は蝶々夫人はピーカントンにとっては所詮赴任地での妻であったわけで、ケイトを伴って現れたときは妙にあっさり。
しかし蝶々夫人への情熱も断ち切れないのか、誠実さと狡さを右往左往していた印象です。

それから飯島さんとマッケイの相性の良さ。前回はこれといったパ・ド・ドゥが無い気すらしてしまっておりましたが(失礼。何を観ていたんだ私は)
今回は蝶々とピンカートンが出会う場面が秀逸な仕上がりと見て取れ、 蝶々さんがピンカートンにそっと触れようと慎重に
されど惹かれて止まぬ、変わりゆく心の機微が胸を打ちどの場面からも目が離せぬ展開。
ピンカートンも蝶々さんの歩調に合わせてそっと近づき、互いの心が打ち解け合った頃に大きなリフトで昂りを体現し、
リフトされたときの蝶々が掲げた腕に連なる裾がふわりと羽ばたく羽に見え、上階から観ていても目が冴え渡る美しさでした。
着物衣装といえば、遊郭での遊女達の振付もよく計算されていて、一斉に鮮やかに動き出すと同時に柔かな翻りが何とも情緒豊かな余韻を残しながら舞台が進行。
観れば観るほどに、本来のクラシックバレエとは反対に抑えた内向きな踊り方を取り入れながらも
頬を赤らめるように春色が優しく広がり舞台を覆い尽くしていく幻想美にも近い光景に目を奪われていくばかりでした。
周囲を固めるキャストも充実し、悲劇を更に強めた日髙さんのケイトの静かなる圧力には蝶々も屈するしかなく、針が痛切に刺さった心持ちに。
荒井さんのスズキの慎ましい味わい深さ、そうかと思えば社交ダンスに挑戦するも身体を痛めてしまうお茶目な風情もあり
ちゃっちゃと遊郭を仕切る頼もしさと、常に蝶々を案ずる優しさあたたかさが目に残ります。
久々に舞台姿を目にした宮尾さんは随分と渋い堅物感が出て、蝶々を心配するあまり粗暴さが出てしまうのも致し方ないと同情誘い
山本さんヤマドリの純朴な魅力や、石橋さんゴローの立ち振る舞いにも切れ味のある粋な舞台捌きも忘れられない人物です。
蝶々とピンカートンの息子が父親の同僚に懐いて仲良く遊ぶ光景がまた、抗えない運命の悲劇を後押し。懐けば懐くほど、蝶々の心境はどれだけ複雑に入り乱れていたことか。

前回時の繰り返しにはなりますが、2019年春のバレエカレッジ主催 オペラとバレエの音楽についての講座にて
井田勝大さんが仰っていた音楽の骨格がしっかりとしている『カルメン』と比べてプッチーニは歌ありきなため
編曲作業は楽しくも難しいといった内容を思い出しながら今回も鑑賞し、和風な旋律がより生かされて
前回よりも遥かに、人物1人1人に躍動感が出てきてがくっきりと表出されていたと思えます。
尚、最新号のダンスマガジンには井田さんによる連載マエストロのバレエ音楽館にて、Kバレエの『蝶々夫人』音楽紐解きな特集が組まれています。
只今読み進めており、編曲作業の工程や長崎ぶらぶら節やドヴォルザーク音楽の挿入等
気になった点の疑問解決のヒントが隠されていそうです。




前回よりもはるかに満喫してしまった帰り、まずはビール。



長崎ちゃんぽん!麺少なめを選んでも具が多く満足。店内には眼鏡橋や龍の舞など長崎の名所名物を描いた絵も飾られていました。

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