2021年12月5日日曜日

ホフマンの原作を掘り下げた奇怪な幕開け  Kバレエカンパニー『くるみ割り人形』 12月4日(土)昼




12月4日(土)Kバレエカンパニー『くるみ割り人形』昼公演を観て参りました。熊川さん版くるみの鑑賞は
2006年12月の松岡梨絵さん輪島拓也さん主演公演以来15年ぶり。だいぶ記憶から遠ざかり、実質初鑑賞でございます。
https://www.k-ballet.co.jp/contents/2021nutcracker


ドロッセルマイヤー:グレゴワール・ランシエ
マリー姫:成田紗弥
くるみ割り人形/王子:吉田周平
クララ:世利万葉(せり かずは)
人形王国の王様/Dr.シュタールバウム:西野隼人
人形王国の王妃/シュタールバウム夫人:戸田梨紗子
ねずみの王様:ビャンバ・バットボルト
フリッツ:関野海斗


マリー姫の成田さんは端正で型を美しく維持しつつ滑らかで優美な魅力が全開。
冒頭、ネズミに変身させられてのマスクをベッドの上で付けていても囚われた恐怖感、怯えが首から下の身体だけからでも伝わって物騒な展開を示唆し
2幕冒頭では甘く清楚な雰囲気を纏って登場し、クララに対しては姉のような優しさを見せて礼を尽くし導いていました。
吉田さんは快活な王子でくるみ割り人形としてお面を装着時もスパスパっと爽快な跳躍を軽やかにこなし、クララに出会ったときの驚きを覚える表情も明快。

そして今回最大の目的、世利さんは序盤で視界に入ったときはいたく小柄な容姿からこれまでに観た
国内海外のバレエ団問わず団員が踊るクララの中では最も子供らしいあどけなさ。全身の表情がとても変化に富み
一見友達とはしゃぐ無邪気で活発な女の子かと思えばくるみ割り人形を手にすると真剣な眼差しで食い入るように見つめ
他の子供にも大人にも備わっていない不思議な力を持っている、ドロッセルマイヤーに選ばれし少女であることをはっきりと示していました。
踊る箇所もふんだんに用意され、中でも一瞬唐突かと思えたマリー姫と王子のグラン・パ・ド・ドゥの中間にてドロッセルマイヤーと披露するパ・ド・ドゥでは
近年の『眠れる森の美女』制作における上演時間短縮計画による事業仕分けにて真っ先に削除対象となっているであろう『シンデレラ』の音楽にのせて
急かされるような不穏さを醸しながらも流れるように伸びやかな踊りで歌い上げ、急速なテンポ、振付であっても忙しそうな様子を全く見せず
何処までもキビキビと楽しそうに喜びを表していく踊り方から世利さんの技術の高さが窺え、ランシエさんとの呼吸もぴったり。
気づけば唐突の文字は頭から消え失せ、ドロッセルマイヤーと共に苦難を乗り越えた心境と
人形の国へと足を踏み入れた誇りまでもが伝わる、熊川さん版には欠かせぬ場面と思えてきたほどです。

世利さんに注目するきっかけとなったのが福岡市で開催されたご出身スタジオである田中千賀子バレエ団・研究所の公演。
2019年公演では『タリスマン』を踊られ、小柄で華奢ながら動きや踊り1つ1つが大きく、されど大味にならず丁寧で緻密なテクニックの披露にも魅力を感じ
帰りに会場の福岡市民会館から徒歩で足をのばした中洲での屋台食べ歩きにおいても
瓶ビールを注いだグラスを片手に明太子オムレツ、地酒片手に豚骨ラーメンを食しながら
他の上演作品『真夏の夜の夢』と同時並行で思い返していた日が懐かしく募ります。
昨年からKバレエにアパレンティスで入団されたと知り、今秋の『シンデレラ』でも星の精や、1幕前半では洋服屋さんか帽子屋さんだったか
舞踏会準備に駆け付ける人々の中にいて大ぶりな頭飾りや白鬘もお似合いであると注目しておりました。
そしてふとくるみのチラシに目を通すと遅ればせながらクララの欄にお名前を発見。迷わずチケット購入に至ったのでした。
東京の大規模なバレエ団での主要役に期待と少し緊張も抱き鑑賞に臨みましたが不安な要素は微塵もなく
クリスマスパーティーにはしゃぐ子供がやがてドロッセルマイヤーと共に冒険へと繰り出し
人形の国ではほんのり大人びた風情までもを表して花のワルツではエレガントに踊って駆け抜けていくクララを好演。夢から覚め、枕元の贈り物の箱を開けると
夢で見たマリー姫と王子を模ったお人形が入っていた光景には、すっかりクララに感情移入して歓喜してしまいました。

大スペクタクル系或いはクララの心理にも迫った名演出等評判を度々耳にしながらいかんせん15年も遠ざかり
通信機器事情も現在と比較すればだいぶ劣っていた頃で携帯電話に金平糖と入力を試みると「コンペ伊東」と表示された時代でしたから
冒頭でも触れた通り実質初鑑賞。原作に沿いつつ、ユニークな演出に多々驚かされました。

まず序曲の部分にて幕が開くと中央には天蓋カーテンが閉まったベッドにマリー姫が眠り、頭部をねずみに変身させられる様子を描写。
音楽もそのときだけは変わり、本来単なる子供がわんさか出てくるほのぼの作品では全くなく
ホフマンの原作が持つ奇怪な味を早々に表しているプロローグと捉えております。
クララは勇者、賢者な描かれ方も印象深く、戦闘の終盤に負傷したくるみ割り人形を介抱したのち台の上へと登り
飴のステッキでねずみの王様をスイカ割りな一撃で打倒したのはびっくり笑。
小さな身体で小回りを効かせてささっと後方へと向かい、要領良く退治するクララの賢さも窺えたひと幕でした。

またくるみを割る行為がくるみ割り人形や人形の国救出の鍵を握る設定で、描かれ方が気になって見届けたところ
2幕の再びの戦闘後に戦利品として手渡された長いフォークを手にクララが巨大なくるみをパカンと豪快に割ると王子がスモークから出現。
一瞬スイカ割りからの桃太郎かと思ったものの(どうも我が思考回路、金森穣さん版かぐや姫にしても熊川さん版くるみにしても、
大きな物が真っ二つに割れて人が出現すると何でも桃太郎と思い込んでしまうらしい笑)
これまたクララの臆せぬ勇気ある行動が物語を切り拓いていく面白い展開と見て取れました。

花のワルツが最初に披露される始まりも珍しいと思え、マリー姫や王子も加わってまずは人形の国の復活を祝うに相応しい場として披露。
各国の人形達の踊りは魔法が解けた証として登場時に黒い布がさっと外れ飛んでいく点以外は王道路線でしたが
スペインの濃いオレンジに黒い模様は読売巨人軍カラーに見えてしまったのはさておき、フランスのトリオがやがて
それまで門の開閉や警備に徹していた兵隊達とペアを組んで踊り出す流れがいたくお洒落。
一見堅物な兵隊さん達もただ警備だけでなく、にこやかになっての束の間のお祝い参加によって祝福の空気が一層強まった気がいたします。

意外であったのはねずみ達の描き方で、原作をしっかり掘り下げた演出となると外見も性格もグロテスクになるかと思いきや
王様も威厳はあってもふかふかな質感からか怖さはさほどなく、2幕でも命は奪われずきちんと詫びていて、塔の中に押し込められて柵が閉められ、懲役刑であった様子。
とにかくチーズ愛好家なようで、カーテンコールでは塔の上に登り角切りのチーズを愛おしそうに持ち
出演者には拍手を送り観客には手を振り続ける、可愛らしいねずみさん達でした。王様に隠れてちゃっかりチーズを頬張っている子分がいたのはご愛嬌です。

初鑑賞時にはスペクタクルな展開に受け取った全体の演出の印象は、その後15年間で様々なくるみ鑑賞に恵まれる中
プロジェクションマッピングを取り入れたNBAの久保紘一さん版や、牧阿佐美さん版のちのイーグリング版にて大掛かりな装置転換に圧倒される
新国立劇場での舞台を度々目にするようになり(2006年の頃は新国立劇場はワイノーネン版を上演していた時代)
予想ほど大きなインパクトは残らずでしたが、そうはいってもシャープな動きが氷柱のような鋭い冷たさや冬の厳しさをも体現していた雪の精達の場面や
ぐるりと回転してお屋敷の間が現れる転換、両親が人形王国の国王夫妻として現れる等工夫盛りだくさんな演出。
恐らくは少しずつ手を加えながら毎年上演を重ねていると思われ、評判を得ているのは納得。15年と間を空けず、次回は足を運びたいと思っております。




爪先部分が煌めくトゥ・シューズツリーが登場。



ねずみの王様。百貨店の紳士服売り場に置かれていそうな、澄ましたお顔での展示です。



鑑賞後、オーチャードからの裏通りを歩いてマークシティへ入るいつもの道中にあるこちらで乾杯。雪のような泡が黄金色に輝くビールに映えます。
2005年の初演直前に発行された広報紙を探して鑑賞前に読んだところ、原作をしっかり掘り起こしての描写を
心がけた演出であると知り、15年前の記憶を辿るも思い出せず。熊川さんの構想を読んでから
鑑賞に臨んだため、演出の面白さ、工夫をたっぷりと堪能できました。

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