2021年1月22日金曜日

全員でめでたし大団円 谷桃子バレエ団『海賊』1月16日(土)




1月16日(土)、谷桃子バレエ団『海賊』を観て参りました。エルダー・アリエフ版は初鑑賞です。
https://www.tanimomoko-ballet.or.jp/img/ticket/kaizoku.pdf?v=201120

脚本・演出・振付:エルダー・アリエフ
メドーラ:佐藤麻利香
コンラッド:福岡雄大(新国立劇場バレエ団)
ギュリナーラ:齊藤耀
ランケデム:牧村直紀
パシャ:齊藤拓
オダリスク:山口緋奈子 山田沙織 永井裕美




紹介動画



新国立からのゲスト福岡さんのコンラッドは登場するやいなやリーダー格をこれでもかと見せ、鋭い超絶技巧の繰り出しが圧巻。
頑張って見せています感はなく、切れ味たっぷりな上にあくまで劇中の、仲間たちに慕われ迎え入れられる場面にすっと溶け込んでいた点も好印象。
加えてこの状況下の不吉成分もぶっ飛ばす勢いも好ましく(これ大事)
序盤から物語をぐいっと引っ張って観客を引き込んでいく見事なリーダーでした。
ゲストらしい格を持ちつつも谷バレエによく馴染み、仲間たちと変装してメドーラ達を眺める様子は向かうところ敵無しな荒くれ海賊の風味は消えて
女子校の文化祭に来た男子生徒のような落ち着かぬ興奮ぶりが微笑ましく映り、アリ不在の設定であっても違和感ない展開に思えたのは
福岡さんによるコンラッドの多面性造形によるところが大きいと捉えております。
ご出身スタジオや客演先の発表会でグラン・パ・ド・ドゥは度々鑑賞しておりますが、所謂全幕公演『海賊』では初鑑賞です。
(2010年に愛媛県で上演された全幕とほぼ変わりない篠原聖一さん版1幕仕立てハイライト海賊では佐々木大さんコンラッドに従順なアリを好演
日本における海賊こと村上水軍ゆかりの地に近い瀬戸内海まで近距離地域でした)

佐藤さんを主要な役で鑑賞するのは初かもしれませんが、想像以上に安定した技術と高い表現力の持ち主であると分かり驚嘆。
メドーラ登場のソロでの全身から迸る嘆きは強くしなやかで胸に訴えかけ、コンラッドとの出会いでの一変する見つめ合いは
立ち尽くしている状態であっても恋に落ちた様子が明らかな動揺を醸し、眺めているだけでも心臓が高鳴る出会いでした。
花園での盤石でくっきりとした踊りも観ていて爽快で、コンラッドを導く大らかで優美な雰囲気も二重丸。
更に驚かされたのは佐藤さんと福岡さんの相性の良さで、パとパの繋ぎ過程や表情も含めて、全てにおいてぴたりと噛み合い、
パッションを出す佐藤さんに対する福岡さんの受け止め反応も熱く、鮮烈なパ・ド・ドゥと化していた印象です。

一見おっとりしていながらテクニック達者でそのギャップに蕩けかけたのは齊藤さんのギュリナーラ。
悲嘆に暮れる陰鬱さはなく、むしろにこやかに踊っていた点も健気な性格が伝わり良い方向へ動いたのか、牧村さんランゲデムがギラギラ嬉々としていたのも納得です。
衣装が古き良きキーロフ踏襲デザインのようで、クリーム色のチュチュに赤と濃いめのターコイズブルーや渋めの金模様を組み合わせた色合いが
アスイルムラートワやメゼンツェワ時代のキーロフ好きの心を擽らずにいられず。

上演時間は休憩含め全2幕で約2時間15分。仮に休憩が短ければ2時間以内で終演する誠にスピーディーな展開です。
まず最大の特徴は先述の通りアリが不在である点。仲間率いての冒険な譚海賊にて非常に物寂しい舞台になるかと予想いたしました的中せず
コンラッドに焦点が当てられた分すっきり明解な話となり、むしろこれはこれでいたく面白い人物描写へと繋がっていたと受け止めました。
メドーラとコンラッドの出会いは2人だけに光が当たり、時間が止まったような光景を生み出しまるでロミオとジュリエットと同じ演出にも見て取れたものの
恋に落ちた様子がはっきりと伝わりますからその後において感情移入しやすい筋運びとなっています。
ただ主要人物が減った分コンラッド役のダンサーや彼に絡むキャラクター達もしっかりとした表現者でないと大コケする事態に至るでしょうが
そこは心配皆無で、福岡さんの造形力及び谷のダンサー達の弾けるパワーによって良い方向へと作用していたのは確かです。

そして見せ場を省略せずとも従来の版とは異なる箇所に取り入れ、花園は前半に持ってきてしかもコンラッドの夢の中として設定。
出会って間もないメドーラに対して一段と恋い焦がれる展開としては説得力がありました。
但し、失礼ながら笑ってしまったのはメドーラが登場するまで大人数の花々達が優雅に舞っていても
コンラッドは下手側前方にてうつ伏せで倒れ込んだままで、両手両脚も無造作に置いた形。
つまりは2時間サスペンスドラマにおける開始5分後頃の場面にて倒れ人を白い線で囲み、警察達がシャッター音を響かせながら現場撮影に勤しむ風景を彷彿させ
20分後には警察署内にて写真付き人物相関図の説明場面が入るのはお決まりの展開ですがそれはさておき、突っ込み度上昇場面でもありました。

後半に入ったオダリスクは館を麗しさで満たし、美女に囲まれて寛ぐご満悦なパシャの心も分からんでもないかと辻褄は問題無し。
中でも山口さんの華やぐオーラが目を惹きました。衣装がまたギュリナーラに似たピンク地に濃い赤とターコイズブルーの組み合わせでキーロフの趣き十二分。
着用者によっては洗顔のヘアバンドと化すであろう頭飾りも、このお三方なら難なく絵になり見惚れてしまいました。

ガラでの人気場面のグラン・パ・ド・ドゥはメドーラとコンラッドの祝宴として2人で踊られ、福岡さんが新国立入団前から披露姿を目にしているヴァリエーションを
全幕の中の主役として踊るお姿は何とも感慨深く思えた次第です。
通常ビルバントが踊るピストンパンパン(恐らく正式名称あると思うが)は終盤にて祝砲の如く踊られ、めでたい結末を後押しに効果をもたらしていました。

序盤は久々の公演のためか舞台全体に緊張が走っていましたが打ち消すように後半の大団円へと向かう流れは全員の身体の底からパワーを発し渦巻いていた印象。
珍しく殺人や裏切りや仲間割れ、憎悪といった負の要素排除版でありながら物足りなさを感じさせず
平和な結末に向かって猛スピードで突っ走る物語は感染症の終わりが見えぬ状態で迎えた2021年、微かではあっても縁起良い予感を持たせる胸躍るアリエフ版でした。

カーテンコールにはショートカットの颯爽とした芸術監督の高部尚子さんも登場。30年前初めて拝見した赤城圭さんとの『シンデレラ』、
のちのダンスマガジンでのインタビューをまとめた書籍『バレリーナのアルバム』に綴られていたお好きな言葉として
「鋼鉄に一輪のすみれの花を添えて」だったと思いますが、 強く美しい響きは今も覚えており脳裏を過っていきました。

全幕上演機会が少ないと言われる『海賊』、振り返ると上演があれば足繁く通い全幕映像があれば何本かは鑑賞していると思い出し
初めて観たのは映像でのキーロフ。アスイルムラートワのエキゾチックな美しさが忘れられぬ、
最初に映像ソフト化され以降スタンダード版として広まった演出かもしれません。
ただその後も何本かの全幕公演、映像を眺めていくともはや誰がどこの部分を作曲したか複数の作曲家による音楽混在状態で
把握なさっている方がいらっしゃればお目にかかりたいほど。(生き字引な福田一雄さん、井田勝大さんならよくご存知かと思います)
更にはバレエ音楽屋大集合(大雑把な括りで失礼)による作曲のためか多少入れ替えがあっても違和感無く、余所から取り入れてもさほど不自然さも無い。
加えてあらすじがあるようで実質無いに近い物語ですから、だからこそ振付家演出家にとっては自由度が高い作品で、
重きを置くキャラクターも様々。あたかも違う作品鑑賞に臨む気分でおります。

古式ゆかしくも能天気なキーロフ(マリインスキー)の版は幸いにも2006年の来日公演にてロパートキナ主演で鑑賞し、
数日前の一夜にして『パキータ』『ライモンダ』結婚式、『ジュエルズ』ダイヤモンド3本一挙主演を果たした座長ガラにおける神々しさは微塵もなく笑
喜劇の芝居心が無いのかパシャやビルバントとの慌ただしいやりとりがちょいとわざとらしいご様子でそれがかえって大娯楽路線を増幅。
アンナ・マリー・ホームズ版は概ねスタンダードな基盤を踏襲していながらも、もう少し人物設定や振付も整理整頓された趣きな印象。
2008年にABT、2017年にENB、2019年に東京バレエ団公演にて鑑賞し、バレエ団によって衣装も随分と異なり見比べも興味津々でした。
好きなバレエ団ながら原典復刻版の長さには後半パシャと一緒に居眠りするほか無かったボリショイシネマもございましたが
新たに書き下ろした音楽の溶け込ませに成功していたのはNBAバレエ団で、新垣さんが手がけた曲がさざ波のように調和し、違和感無し。
またメドーラとギュリナーラの関係性が修羅場と化す、さりげなく重たい要素も含まれていました。
嘗ては熊川さんがアリを踊られたKバレエカンパニーは悲劇の英雄アリ物語でしたし、花園やトロワにオダリスクと見所を押さえつつ2時間にまとめ
プロローグとエピローグに原作者バイロンも登場して洒落た雰囲気も合わせた日本バレエ協会が昨年上演のヤレメンコ版もまた観たい演出です。
焦点を4人の人間関係に絞ってシリアスな展開に仕立て、 装置や美術も最小限且つ洗練された色彩にも目を奪われる
数ある海賊の中でも最たる大胆改訂とも思えるキャピトル・バレエ団のベラルビ版は「それゆけ若き暴君スルタン」な副題を付けてもおかしくないほどに
スルタンの怪演が舞台を左右する秀作。理由を綴り始めると原稿用紙10枚分には及びそうですので割愛しますが
管理人がバレエDVDの中でも一番再生回数が多いお気に入りでございます。

そして今回、海賊鑑賞歴に谷バレエによるアリエフ版が加わり、とにかく全員がハッピーエンドへと向かう流れが爽快。
昨年中止になったNHKバレエの饗宴にて抜粋上演を予定していた理由にも納得いたしました。
谷バレエの大事なレパートリーとして上演を重ねて欲しいと願い、今から再演が楽しみです。




ロビーに花園



インドカレー店ですが、店名からして『海賊』鑑賞時にも来店したくなる上野駅東側のお店。
2017年の日本バレエ協会『ラ・バヤデール』、2018年のNBAバレエ団『海賊』に続き3度目の訪問です。
毎度1人で来ており、サグチキンカレーが気に入っております。
(上野での海賊鑑賞時においては、2019年の東京バレエ団公演では有楽町のトルコ料理屋さんに、
2020年の日本バレエ協会公演では上野駅近くの西洋海産物料理店へ。
いずれもムンタ先輩と行き、美味しく海の冒険の余韻に浸っておりました)



振り返ると毎回同じセットメニューを注文しておりますが、前回は最後の方でお腹が一杯になり苦しくなりかけながら完食だったはずが
今回は難なく、しかも瓶ビールも含めて完飲完食。
昨秋の札幌訪問以降胃袋の膨張が止まらないのか或いは老化により満腹中枢が壊れてきたのか笑、真相は不明でございます。

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