2020年9月11日金曜日

深川秀夫さん

日本から世界へと羽ばたき海外で活躍するバレエダンサーの先駆者として
振付家としても多数の作品を発表された深川秀夫さんが逝去されました。心よりお悔やみ申し上げます。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020090500479&g=soc

コンクールで青い鳥を踊られる映像が広まり初めて踊る深川さんを拝見いたしましたが、
何とも端正で張りがあり、すらりと伸びた脚も美しく、目も心も掴まれる踊りに大変驚きました。





映像といえば残っていれば見たいと興味が募ってやまぬ放送があり、藤井修治さんの記事によれば
コンクール入賞後NHKのスタジオ収録放送にも何度も出演なさっていたようで
黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥを披露された際には大きなスタジオがまだ無く、狭いスタジオではカメラが追いつかないからと
スタッフからは小さく美しい跳躍を要請するも実現は不可能でどうしても大きく跳んでしまい
カメラからはみ出てスタッフ側は困り果てていたと読みました。叶うものなら見てみたい現場です。
1967年お正月のテレビでのバレエ・コンサートでは谷桃子さんや貝谷八百子さんらと出演され、
市川せつ子さん組まれた『薔薇の精』もさぞかし浮遊感のある跳躍に視聴者は魅せられていたと想像いたします。
そういえばボリショイ・バレエ団が初来日した頃、ボリショイ特有の雄々しい跳躍に対応したのは野球のホームランボールを追うカメラであったそうで
機材の開発がまだまだ追い付かず、知恵を絞り出した先人達には敬意を表したいと心底思いますが
劇場ならまだしも、狭いテレビ収録スタジオではホームランカメラによる撮影は不可能であったのでしょう。

深川さんの作品はご出身の名古屋近郊や関西、中部地域に比較すると関東では上演機会が少ないため多くは鑑賞しておりませんが
お洒落でどこかユーモラスで、素敵なセンスが光る作品ばかりで鮮やかに記憶が呼び起こされます。
作品についてあれこれ語るのは恐縮でございますが、初鑑賞の頃はこういった記録を残しておりませんでしたので振り返りも兼ねて綴って参りたいと思います。

深川さんの作品の初鑑賞は2011年の4月。京都にて開催された、ドイツのアイゼナハ歌劇場バレエ団でも活躍され深川さんとの親交もあった
原美香さんのリサイタルでした。東日本大震災の発生から日が浅く、東京都内も余震が続き地域によっては計画停電が実施され
対象区域でなくても郊外の商店街のみならず都心部の繁華街ですら照明を落として対応にあたっていた頃で
物流もまだ回復せず、職場近くの飲食店の軒先には温かい食事がある旨が貼り出されるなど決して被害が大きくはなかった地域も普段通りの生活とは言い難い状況でした。
京都入りしたのは公演前日で肌寒い気候、出町柳の素朴な宿に泊まりましたが躊躇せずに夜通し暖房を付け
余震を感じずの就寝も久々であった快適な滞在の様子を宿帳に記入してからチェックアウトをした覚えがあります。

さてリサイタル当日、会場は旧京都会館(現ロームシアター)。幕開けは一番のお目当て山本隆之さんがリュシアンを踊られた『パキータ』で元々好きな作品ですが
当時都内は新国立劇場バレエ団の3月公演『ダイナミックダンス!』全日程中止を始め舞台公演の実施が困難な時期であったため
満席の会場に身を置き、音楽が鳴り響く中で幕が上がり、シャンデリアの装飾が視界に入っただけでも胸がじわりと熱くなったものです。
このリサイタルでは深川さんの作品は2本上演され、1本目は『新たなる道』。
先に述べた深川さん作品の特徴とは矛盾しますが華やかお洒落な作風ではなく抑えた色彩を帯び、人物の感情を追求した作品で
解説によれば東西分断中の東ベルリンで踊っていらした頃に目にした西側へ亡命する人々の不安や期待が入り交じった心境に寄り添って振り付けられたようです。
女性7名で踊られ、陰鬱さだけではなく斜め前を向いて前方に手を掲げてのポーズからは光の方向へと突き進む力強さも感じられる作品でした。
そして第3部で披露されたのが『ソワレ・ドゥ・バレエ』。星空の下で色とりどりの煌びやかな衣装を着けたダンサー達が踊る
プリンシパルに男女ペアのソリスト、女性によるコール・ドの構成で、
多数使用されているグラズノフ『四季』の曲が壮大で時には真珠が散りばめられられたかの如く繊細。
星屑のヴェールに包まれた心持ちで鑑賞に浸っていた当時を今も鮮やかに覚えており
日本人の振付家でこうも華麗で洒落た作品を手掛けた方の存在に衝撃を覚えた次第です。

※リサイタルの写真はこちらでご覧いただけます。
https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/osaka/detail006590.html


2014年以降はほぼ毎年末鑑賞するようになった大阪の川上恵子バレエスクールにてプログラムの最後に上演されるのが深川さん作品で、度々観る機会に恵まれ
1幕仕立てのスピーディーな展開の『くるみ割り人形』は終盤に雪の王国場面を取り入れて
雪が舞う中でスペインやアラビアなどお馴染みのキャラクター達がクララを見守り、光り輝く銀世界の余韻を残しながら終幕。
クリスマス当日でしたので殊更気分が高揚し劇場を後にしたものです。順番前後して、
花のワルツは女性ソリストが群舞牽引の振付で一度も袖に入らぬダンサー泣かせなハードものでございました。

翌年2015年は『眠れる森の美女』よりオーロラ姫の結婚。1幕と3幕の見せ場を凝縮した版は発表会でもよく上演されますが深川さんの美意識にはまたもや感動を覚え
特に通常は1幕にてオーロラ姫登場前に村人達が踊る花のワルツをパ・ド・シスや宝石の妖精達が踊ってグラン・パ・ド・ドゥの前座を飾る演出には驚かされました。
村人達による牧歌的な雰囲気も良い一方、主軸をリラの精が務め周りを妖精たちと宮廷の人々が固めるといたく煌びやかで絢爛。
6人の妖精たちの膝丈のふんわりとした、色合いが微妙に異なる布を重ね合わせたデザインや
宝石達のシックながらもきらりと光る装飾のバランスが取れたセンスの良いチュチュ効果もあって
曲も違和感がなく、結婚式の祝福感を更に高める効果をもたらしていました。

2016年には『ガーシュイン・モナムール』。モーツァルトとガーシュインの音楽から成る作品で
ロマンティックバレエのバレリーナ達が静止しているかと思えば着替えて丈の短い衣装で華麗に踊り、最後は一斉紙テープの落下で幕。ショーを観ている気分でした。

2017年は『グラズノフ・スイート』。『ライモンダ』や『四季』の曲で構成で構成され、パ・ド・ドゥの曲で群舞が踊る光景も新鮮で順序も不自然さがなく
多色が織りなす万華鏡のような照明にもうっとり。グラズノフ好きにはたまらぬ作品でした。狂喜乱舞しないほうが難しうございます。
作品のみならず、プログラムでの挨拶文が深川さんらしくスマート。変にかしこまった文ではなく
優しく、そしてクスリと笑みが零れるような語りかける調子で毎回綴っていらっしゃり、川上恵子先生に対しては、いつも「マダム」と記されていました。

遡って同年2月には新国立劇場バレエ団2月公演「ヴァレンタイン・バレエ」にて『ソワレ・ドゥ・バレエ』よりパ・ド・ドゥがレパートリー入り。
(横浜バレエフェスティバルでの上演を当時の大原永子監督がご覧になって決意なさったと何処かで読んだ記憶あり)
評判も頗る良く、7月のバレエ・アステラスでも披露されました。因みにヴァレンタイン・バレエ公演では管理人近くの席にいらしたカップルが
背もたれに背中を付けて姿勢はきちんとされつつもソワレ…のときには手を握り合ってご鑑賞。
星空に見守られロマンティックな雰囲気に包まれるのは間違いない作品です。

深川さん作品を観続けたいと願って止まず。特に『ソワレ・ドゥ・バレエ』はもう一度全編通して鑑賞したい作品で、大勢の方にもご覧いただけますように。
心を込めて作られたお洒落で洗練された作品の数々は、これからも踊り継がれていくと信じております。

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