2022年5月23日月曜日

茶系配色や廃れた十字架だけではなかった  スターダンサーズ・バレエ団『ジゼル』5月15日(日)《神奈川県川崎市》





5月15日(日)、スターダンサーズ・バレエ団『ジゼル』を観て参りました。
https://www.sdballet.com/performances/2205_giselle/


ジゼル:喜入依里

アルブレヒト:池田武志

ヒラリオン:久野直哉

ウィルフリード:友杉洋之

ベルタ:周防サユル

クールランド公:鈴木稔

バチルド:フルフォード佳林

狩猟長:鴻巣明史

パ・ド・シス:
西原友衣菜 西澤優希
塩谷綾菜 前田望友紀  佐野朋太郎 関口啓

村娘たち
秋山和沙 井後麻友美 岩崎醇花 海老原詩織 早乙女愛毬 田中絵美
谷川実奈美 野口熙子 橋本まゆり 東真帆 森田理紗 山内優奈

村の若者たち
井上興紀 小澤倖造 加地暢文 仲田直樹 宮司知英 和田瞬

ミルタ:杉山桃子

ドゥ・ウィリ
石山沙央理 東真帆

ウィリたち
秋山和沙 井後麻友美 岩崎醇花 海老原詩織 岡田夏希
角屋みづき 早乙女愛毬  塩谷綾菜 谷川実奈美 玉村都   冨岡玲美
西原友衣菜 野口熙子 橋本まゆり フルフォード佳林 前田望友紀 森田理紗 山内優奈


ピーター・ライト版ジゼルの鑑賞はこれまで全てスタダンにて2回あり。2006年の佐久間奈緒さんとロバート・テューズリーさんの客演、
翌年の林ゆりえさんと福原大介さん主演と観ておりますが、1幕の茶系配色な衣装や2幕におけるジゼルのお墓の廃れた作りの印象が上回ってしまい
大の苦手な版として捉えていたはずが今回はがらりと一変。主役から群舞、貴族に至るまで充実した舞台でようやく演出の意図の面白味を堪能できました。

ジゼルの喜入さんはバランシン『セレナーデ』等で色気を醸す大人な魅力を振り撒いていらした印象が残り、少女役をどう見せるか注目しておりましたが
それはそれは愛らしく、加えてただの夢見がちな少女ではなく何処か落ち着きもあり、アルブレヒトとの恋のときめきを
じっくり胸の内に秘めるような穏やかで理知的な風情を描き出していらっしゃいました。
ベルタに対しても母親思いな様子も心に響き、ペザントの最中に居眠りしてしまったベルタを
優しく起こしてあげる箇所は日頃から仲良く力を合わせて暮らしてきた生活が垣間見えるひと幕でした。
狂乱での剣を胸に血を流してしまう場での残酷な痛々しさは全身から震え上がっているようで、目を伏せてしままいたくなったほど。
ウィリになってからも微かにあたたかな質感を残した精霊で、命令を頑なに拒み、遊び人であった(失礼)アルブレヒトを守り切る強さを冷徹なミルタに示す姿に
身分詐称と結婚詐欺はショックではあったがアルブレヒトといた時間の幸福が憎悪を超越して身体に残っていたと思わせ、胸に沁み入りました。

池田さんはジゼルに語りかけるときからほんのりからかいの表情が貴族の火遊びな趣きがあり花占いでは一瞬嘲笑うような黒さもチラリ。
バチルドから状況を問われても躊躇なく手を差し出し、なかなか恨めしさのある青年を造形していました。
しかしジゼルが息を引き取ると絶望に瀕した状態に一変。感情の変化を短時間で劇的に体現し、
2幕最後はジゼルに救われても尚、取り返しのつかない過ちを犯した懺悔を訴えるように悲しみに暮れる中で幕。
許しを乞いながらの跳躍も怯え切っている内面をじわりと身体に顔に届かせながら披露され、観ているこちらまでもが悶え苦しみそうになりました。

頭1つ抜けた存在感で沸かせたのはフルフォード佳林さんのバチルド。登場時から高飛車な圧力で場を攫い
クールランド公も困り果て周囲に愚痴をちゃっかりこぼすほど笑、気の強い姫として君臨。
ジゼルの家に招かれても庶民の家の作りや飛び交う虫にあからさまに不満を表し、されどツンと澄ました美しさがあるため憎めずです。
村人とは厚く高い壁を維持しての接し方で、ジゼルに対しては少し心を開き首飾りを贈るに至っても
手を触れられるとさっと避けるように振る舞うプライド高き姫でした。アルブレヒトの格好を目にしたときの眼差しも恐ろしく
しかし意地悪な性格ではなく家柄、格式を何よりも重んじてきたからこそ自然に出た表情であったと捉えております。

杉山さんのミルタも忘れられず、美と恐怖が凝縮した佇まいや他者を寄せ付けぬ凛然とした踊りに惚れ惚れ。
ウィリ達を率いる姿も威厳を頭の頂や脚先からも放ち、ただでさえ強面なメイクをしているライト版ウィリ達の中にいても強烈な女王として森を支配していました。
ウィリ達のヒラリオン追いかけ走法による詰め寄り移動も悍ましく、悪夢に晒されそうな不気味さも刻まれております。

冒頭で述べた通り過去2回鑑賞していながらライト版ジゼルは1幕の茶色系の配色や廃れたお墓と言い大の苦手な演出でしたが、今回は面白さの発見の連続。
その発端となったのは貴族達の登場場面。単にそぞろ歩いて立ち位置につくのではなく、村人達とのはっきりとした境界線を作り身分差を明示していた点で
愛想良く村人達に挨拶するのではなく、そもそも住む世界が異なり本来ならば親しい交流なんぞしてはならない者同士である状況を
全員が雄弁に表現していたと見受けます。上階席にてさほど意識せずに鑑賞していても、貴族が登場した途端に空気が張り詰め始めていたのは明らかでした。
すると貴族側の一見冷たい振る舞いやバチルドの棘のある接し方にも説得力が増強。長年の苦手な版の印象に雪解けの兆しが見えてきたのでした。
時代もお国も大きく違いながら、交わってはならない者同士が同じ空間にて真っ二つに分かれて立つ構図は
ヌレエフの半生を描いた映画『ホワイトクロウ』にて、鉄のカーテンが下ろされていた時代にキーロフ・バレエがパリ公演を行ったとき
現地関係者とは一言も交わそうとしないレセプション会場の緊迫した光景を思い出します。

大概踊り終えた後はいずこへ行ったか不明となるペザントもギャロップでも村人達と戯れながら踊り、6人とも軽快で達者。
描かれる生活感もリアルでペザントの間に居眠りしてしまう愛嬌も持ち、ヒラリオンに笑みを湛えて接し良好な関係を既に築いていたベルタの設定から
母親には認められていても娘には振り向いてもらえないヒラリオンの焦りも納得でき、
嫌がるジゼルのスカートを思わず掴んでしまったりと強行手段に出てしまうのも哀れに感じたものです。
浮気して騙したアルブレヒトは助かって、一筋の恋を貫いていたヒラリオンは沼に落とされる運命について
この作品の納得いかずな意見として頻繁に耳にし、私も初めて作品のあらすじを知った頃、鑑賞した頃は同感でした。
しかしいくら本気でジゼルを愛してはいてもジゼルの心情を汲めず時に過剰に迫っていたヒラリオンの求愛は
ジゼルと同じく恋が実らず若くして命を落としてしまった過去を持つミルタも見逃してはおらず、夜の森へやって来たならば
即座に踊り狂い死の対象となったのは当然の成り行きだったのかもしれないとジゼルが多く上演され観る機会に恵まれた16年ほど前からは解釈しております。
ジゼルがアルブレヒトを助けたのも、初めて恋い焦がれた人に優しく接してもらい、危機一髪のときは守られたりする経験を1回でもしてしまうと
純白な心が一気に桃色に染め上がって恋のときめきが瞬く間に頂点へと達し、結果として息絶えてしまったのは可哀想でなりませんが
一時的には裏切りと思っても、身分詐称者であっても、自身を幸せにしてくれた人をそう簡単に憎悪の感情は持てず
ミルタに刃向かってでも守る決意を滲ませていたのであろうと思っております。(合っているかは自信ございませんが)

音楽が実に張りのある編曲で、序奏からしてドラマティック。低音で聴き慣れている箇所が高音であったり、鋭く弾ける珍しい響きも所々にあった印象です。
ジゼルの1幕衣装は青が好み、村人達もカラフルが良い、そしてお墓は納品が早いのはさておき立派な名前彫り入りが良いからと
苦手で仕方なかったライト版でしたが、身分差の表現や辻褄が合う展開の魅力にようやく気づいた公演でした。





帰りはカウンセラー友人の案内で新百合ケ丘駅前のビルに入る、珈琲屋OB。森の中に足を踏み入れた心持ちとなり
木材をふんだんに使用した内装、座席で木の温もりに包まれた空間です。



チーズケーキとコーヒー。甘さを抑えた口当たり滑らかな味に生クリームとオレンジが程よい爽やかさを加えています
コーヒーのカップのサイズが大きめであるのも嬉しい。




改札すぐそばにありながら知らずにいた隠れ家なカレー屋さんチェリーブロッサム。素敵な女性店主が切り盛りされ、青い外観でテラス席もあり。
いただいたのは身体に優しいハーブが詰まったカレーとビーフカレーが半々のメニューです。丁寧に作られた過程が伝わり、食後にはレモングラスのハーブティーで心身寛ぎました。
まさにジゼルとアルブレヒトが語らいで着席したような木製の長椅子も隣にございましたが
ジゼルとアルブレヒトでない限り、複数人で腰掛けるときは最初から正しい位置に座り、ソワソワと横移動せずじらさないようにしましょう。



自宅の白ワインの在庫が無くなったため、購入していたドイツ産ワイン。ラベルが中世彷彿なデザイン、やや甘めでございました。
自宅でも葡萄祭り、やっとこさライト版ジゼルの面白さに気づいた記念に乾杯です。

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