2021年11月19日金曜日

人間の善良性と残酷性の双方に光を当てた大作   DANCE for Life 2021 篠原聖一 バレエ・リサイタル『アナンケ 宿 命』~ノートルダム・ド・パリ~ より 11月7日(日)





11月7日(日)、DANCE for Life 2021 篠原聖一 バレエ・リサイタル『アナンケ 宿 命』~ノートルダム・ド・パリ~ よりを観て参りました。
2015年の初演(大阪の佐々木美智子バレエ団による上演)、2018年東京での再演に続き3回目の鑑賞です。
当初は昨年上演予定でしたが1年延期を経てようやくの開催となりました。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000461.000013972.html

演出・振付:篠原聖一
原作:ヴィクトル・ユゴー
音楽:R.グリエール   M.グリンカ  A.ハチャトゥリアン   C.プーニ  A.グラズノフ  A.メリコフ

エスメラルダ:下村由理恵
フロロ:山本隆之
カジモド:佐々木大
フェビウス:今井智也
フルール:川島麻実子
グランゴワール:浅田良和
クロパン:檜山和久
マリ:大長亜希子
ルイ11世:小原孝司


下村さんのエスメラルダは1度目の再演以上に少女度が増し、登場時の艶やかな中にも可愛らしさ、無邪気な魅力が覗く驚異のヒロインで
真っ赤なスカートを翻しながら縦横無尽に踊って駆け抜け、広場の喧騒の何処にいても照明がいくつも増加したようなオーラを発散。
とりわけ揺るぎない、生涯衰えそうにない技術の達者ぶりにも仰天し次々と急速なステップを刻みながら魅せていく姿に再度虜となりました。
奔放そうにグランゴワールをからかっていそうでも、ロマの掟から彼を守ろうと恋愛成就ではなくてもひとたび婚約者となれば睦まじい仲となって
身を委ねて乙女な姿に変貌。フロロが嫉妬し欲情に駆られるのも無理もありません。
醜い風貌であるが故に皆がなかなか近寄らないカジモドに対する、分け隔てない愛情深い接し方も胸に響き
中でも鞭打ちに処された痛々しいカジモドに誰よりも真っ先に駆け寄って慰める姿は、汚れのない愛情がひときわ伝わる場面でした。
最後、無実の罪を着せられ処刑台に向かう足取りは重々しくも、表情は毅然としていて全てを受け入れる覚悟に胸が詰まらずにいられず。

佐々木さんのカジモドのひたむきさも初演、再演と重ねて格段と胸を打つものがあり
周囲から蔑まれても理不尽な仕打ちを受けても、変わらぬピュアな心の持ちようにどれだけ揺さぶられたことか。
エスメラルダと打ち解けていく場面では、この2人が結ばれたらと一瞬願いが過るもフロロの益々恐ろしい逆襲が目に見え、歯車は理想通りには回らず運命とは皮肉なものです。
エスメラルダがフロロにより強引に処刑された直後、忠実に仕えていたフロロ突き落としを決意するたった数秒の間でも
拾われ育ててくれた恩人への愛情と、立場を利用し次々と恐怖弾圧を辞さぬ身勝手さへの恨みの両方が入り混じった
フロロに対する複雑な胸の内が伝わり、壮絶さに震えが暫く止まらなかったほどです。

そして物語を劇的に動かしてくださったのは山本さんのフロロ。大聖堂の中からの両手を前で組んでの厳かな登場からして身震いさせる冷ややかさを漂わせ
今回分かったのは扉から出てくる際、先に映し出されていた影だけでも不穏な空気を醸し緊迫感を与えていらしたのです。影でも語るお方は初めて目にした気がいたします。
聖職者の立場でエスメラルダに恋してしまった苦しみはずしりと胸に刺さり、エスメラルダとグランゴワールが戯れる微笑ましい様子に嫉妬の炎を燃やし
やがて恋の苦悩の募らせと欲望の闇が心をいつまでも掻き乱したほど。 そして物語がいよいよ急展開を迎える
寝室に忍び込んでナイフをきらりと客席に見せてからのフェビュスの刺殺事件。大変な重罪行為であるのは承知しておりますが
一段と嫌らしくも黒い内面が露わとなり、火曜サスペンス劇場でも土曜ワイド劇場でも、こうにも官能色が覗く犯人は、十津川警部や浅見光彦シリーズ
山村美紗原作の京都物等の旅情系2時間ミステリー好きな私もお目にかかったことございません。

更にフロロの心が歪んでいき矛先が本当は愛するエスメラルダに向かっていく悍ましさが全身から滲ませ背筋に戦慄が走ったのでした。
民衆に嘲笑されたカジモドを守ろうと連れ帰ったりと冷酷な中にもふと見える優しさと言い、危険行為真っ只中であっても伝う色気と言い
善悪双方が見事なまでに共存して重厚な物語を動かす存在感と言い、再度申し上げます。
山本隆之さんは偉大だ!

因みにフロロサスペンス劇場の刺殺場面、刺される側の今井さんフェビウスの芝居効果も大きく、大袈裟になり過ぎずしかし苦しさを引き摺るように息絶える様子を描写。
勇ましく颯爽と登場し、危機に瀕していた(実際にはフロロの策略であったのだがフェビウス本人には知る由も無いこと)エスメラルダを
救出していた雄々しい近衛隊長と同一人物とは思えぬ、哀れな最期でした。

新キャストである川島さんのフルールは優雅でほんのり色っぽさも香る美しい令嬢で、白いドレス風な衣装がたいそうお似合い。
しかし婚約式の最中であってもフェビウスの浮気にすぐさま疑念を持ったりとただ夢見がちでお花畑状態なお嬢様ではない人間性も示し
二股した挙句に呆気なく命を落としたフェビウスの運命を後々に知ってどう捉えたか気になるところです。
東京バレエ団時代の公演も度々鑑賞し、中でも『スプリング&フォール』の優美さは忘れられず。
退団後の舞台もこうして鑑賞する機会が訪れ嬉しいひとときでございました。
浅田さんによるグランゴワールの変化も鍵となり、お人好しでオロオロしていた素朴な青年が終盤にはエスメラルダを助けようと立ちはだかる権力にも屈さず
嘆願書を持って必死に無実を訴える姿に、仮婚約でも心から慕っていたと思うと退けられたときの悲嘆に暮れる姿に苦しみを覚えるばかりでした。

初演、1度目の再演は舞台近くの席で鑑賞しフロロを間近で拝めたのは忘れられない幸福体験でしたが
大人数が出演し、装置も大掛かりな大作ながら全体像が見渡せませんでしたので今回はあえてやや離れた席から鑑賞。
すると、冒頭からロマの群舞の入り組んでは散らばり奥底から1人1人が発するエネルギーが強いのみならず統制の取れた構成に驚愕。
あくまでクラシックバレエですからある程度の制限はあっても 一生懸命揃えていると言わんばかりの揃い方では臨場感に欠け
しかしロマだからと各々自由気ままに発散させて踊れば良いものではありません。
今回全体を観ていると身体に染み込んだ振付をごく自然に体現している上にある程度は揃っていながらも沸々と湧いたエネルギーを鮮烈に放っていると思わせ
実に賑やか且つバレエとしての統制も抜群な冒頭の広場でした。大阪の佐々木美智子バレエ団に比較するとパワーの物足りなさを感じてしまった
2018年上演時よりも遥かに、弾圧に負けじと奮闘する民衆のエネルギーが充満していた印象です。

また、私が篠原さん作品で共通して惹かれる演出の特徴の1つが照明の妙技。今回全体が見える席から一段と効果に感じ入り、
1幕でのエスメラルダとグランゴワールが仲睦まじくなっていく様子と、2人に嫉妬し悶え苦しむ孤独感を募らせながら踊るフロロを交互にスポットライトを当て
余りに何度も当て過ぎると目がチカチカしてしまい、しかし一方にずっと当てていては3人の感情の起伏が見え辛くなってしまうでしょう。
篠原さんは実によく計算なさっていて、例えばそろそろフロロの苦しみはいかにとふと思った矢先にフロロに光が当たったりとタイミングが絶妙に思えたのでした。
3人それぞれの語りが聞こえそうなほどしっかりと感情の動きを見せつつ急かさない照明の当て方に再度膝を打った次第でございます。

エピローグにおけるスモークに包まれる中でエスメラルダを担ぎ上げるカジモドの2人に光が当てられた演出も実に効果的であると舞台全体を見渡せる席だからこそ気づき
始まりも終わりもエスメラルダとカジモドであり、プロローグにおける大聖堂の前に捨てられた赤児の2人が
幾多の困難を経ても最後まで繋がり続けた宿命を目に心に焼き付ける幕切れであったと捉えております。

出演者も少しずつ入れ替わっての再演となりましたが初演からの主要キャストである下村さんエスメラルダ、佐々木さんカジモド
山本さんフロロが揃い中世パリの極限な修羅場を体感いたしました。一見奔放でグランゴワールをからかってみたりするものの
人々が近寄りたがらぬ風貌のカジモドに愛情を注ぐエスメラルダ、冷酷で時には身勝手に思えるフロロも
カジモドを引き取り育てた優しさが隠れてしまった経緯まで知りたくなる人間味があり
最後は恩人フロロを突き落とす行為へと走るカジモドを恨めるかと聞かれたらそうもいかず。
人間の善良な面と残酷さや負の面の両方が丁寧に深く描かれ、最後は悲しくも安堵で心が満たされる大作です。
今後も上演を重ねて欲しいと願っており、勿論他の篠原さん作品や新作上演もお待ちしております。
これまで観た中ではオスカー・ワイルドの原作を土台に人魚と漁師の恋を描き、淡い光が降り注ぐ海の揺らめき演出もたいそう美しかった
2015年に福島県いわき市にて鑑賞した「The Fisherman and His Soul」もまた観たい作品です。

それから私の空耳でしょうが、1幕序盤にてロマ達が一斉に賑やかに踊る場面にて流れる曲が光GENJIの『ガラスの十代』に聴こえかけました。
ただ私も世代ではなく(フォーリーブスの方が詳しい、そんなわけないか笑)明らかに空耳でしょう。

来年3月には日本バレエ協会がユーリ・ブルラーカ振付指導と記された『ラ・エスメラルダ』を上演。
ブルラーカによる復元版はボリショイでも採用されているかと思いますが、今から大変楽しみでございます。
アナンケでは優雅で理知的なフルール役を好演された川島さんが、2日目昼公演にてエスメラルダ役を踊られることにも注目です。


※ご参考までにこれまで2度鑑賞した感想でございます。2015年の初演。大阪の佐々木美智子バレエ団による上演でした。
http://endehors.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/830-4198.html

※2018年東京での再演の感想。地域性の違いもまた興味を持たせた上演でした。
http://endehors.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/httpwwwseiichi.html




帰り、浜松町駅前のハイボールバーにて重口赤ワインで1人静かに乾杯。この作品を観ると、毎度赤ワインが欲したくなります。
そしてコースターの絵を見ると、思い出すのは山本さんの名演舞台の一つ、欧州のダンサーよりダンディで色気放散であったプティ版『こうもり』ヨハン。



中落ちカルビのサイコロステーキをいただきます。プログラム解説内の「フロロの肉欲」、なかなか重たい響きです。

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