2021年3月30日火曜日

古典の格は崩さずに唸らせる山本隆之さんの解釈と切り口 吹田市制施行80周年・メイシアター開館35周年記念 第186回吹田市民劇場 『白鳥の湖』 3月21日(日)《大阪府吹田市》




3月21日(日)、吹田メイシアターにて吹田市制施行80周年・メイシアター開館35周年記念第186回吹田市民劇場『白鳥の湖』を観て参りました。
監修は大原永子前新国立劇場舞踊芸術監督、芸術監督・演出・改訂振付は新国立劇場バレエ団オノラブルダンサー山本隆之さんです。
http://www.maytheater.jp/series/2103/0321_ballet.html

オデット:米沢唯
ジークフリード王子:井澤駿
悪魔ロットバルト:宮原由紀夫
悪魔の娘オディール:伊東葉奈
王妃:田中ルリ
家庭教師:アンドレイ・クードリャ
王子の友人:石本晴子 北沙彩 水城卓哉
道化:林高弘



米沢さんは音楽を隅々まで使って透き通る美と強さを魅せ、オデットの羽ばたきは実に細やかで漣の如き揺らめきが哀しみを語っているよう。
内向きに蹲ったかと思えばぱっと羽を広げるように大胆さも表し、音楽のちょっとした間や余韻にも忠実な踊りで舞台を牽引なさっていました。
黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥでは珍しくフェッテで少し失速しかけてしまい米沢さんお得意のトリプル盛りのスーパー滑らか回転ではなかった点に驚き
恐らくは沸き上がる大阪名物な手拍子に呑まれてしまったかと推察。しかしさりげなく投げかける視線にすら妖気がすっと宿り
肌を静かに摩られている不穏な感覚が背筋を走って誘惑の罠に今にも落ちそうに。

井澤さんは2月公演『眠れる森の美女』を怪我で降板され、回復が心配でしたが、慎重さは見られたものの丁寧な踊りで場に華やぎを与え無事復帰。
王子の鬱屈感をより明示する演出を体現し、またパ・ド・ドゥでの視線の合わせ方はしっかりと、サポート時の手の置き方も一層落ち着いた所作に見えて
気持ちの込め方も宜しく、パ・ド・ドゥの師範な山本さんの指導も入った成果でしょう。
米沢さんと井澤さんが組んで新国立牧阿佐美さん版白鳥に主演されたのは2018年ですが、それ以前まで(正確には何年までであったかは記憶無く申し訳ない)は
残っていた、王子が過ちの許しを乞う湖畔の場での悲哀を重々しく引き摺るワルツが今回復活。
オデットと王子、そして群舞が交互に囁くように踊る静かな劇的展開を見せて行くワルツで、上演の短時間化における事業仕分けでカットされたであろう
この曲の復活は喜ばしい限り。離れてはくっつく2人の悲痛な叫びの呼応が伝わり、米沢さん井澤さんペアでようやく鑑賞できたのは嬉しい驚きでした。
井澤さんの見るからに王子な容姿は好評であったようで、大阪の皆様にも受け入れていただき初台で毎度観ている者としては一安心。
大阪ではなかなか踊る機会が無かっただけに満員御礼の吹田の劇場でのお披露目となり何よりです。
(記憶の限り私も足を運んだ2018年のクレオ中央大阪で開催されドン・キホーテハイライト3幕バジルやシルヴィア、
英国の水兵さん達がコミカルに踊る某作品にも出演された Ballet Studio Mさんの発表会は貴重な大阪舞台であったのでしょう)

王子の友人トリオの爽やかさも印象深く、快活で明るい石本さん、おっとり優美な北さん、華と安定感のある水城さんとバランスも好印象。
抜群の身体能力で軽やかさも満点な林さんの道化も場を盛り上げ、しかもただ技を次々繰り出すのではなく1幕ではワルツの人々、
3幕では貴族とも語らうように踊り宮廷を纏める活躍で、マイペースそうな王子の優しい相棒な存在感も微笑ましく映りました。
要所要所で場を引き締めてくださったのは田中さんの王妃。長い裾のドレス捌きもお手の物で、威厳ある気高いお姿で登場すると緊張感が走って空気は一変です。

上演前から何かと話題になっていた吉本興業所属のバレエ芸人こと松浦景子さん(けっけちゃん)の3幕道化は
ゴージャスな真紅の衣装に身を包み表情も濃く登場の瞬間から吉本オーラ発散。ただテクニックは盤石で脚力も強そうであり、小柄ながら全身を目一杯使い
舞踏会幕開けを盛り立て、そして宮廷に似つかわしい存在であるようやり過ぎにはしていなかった点も好ましく感じた次第です。
松浦さんは動画配信も多くなさっていて人気シリーズ「バレエあるある」も拝見し笑わせてもらったこともありますが、
最も印象に残っているのは成長期の無理なダイエットの危険注意喚起動画。お母様が熱心な余り学校へ持参のお弁当も
偏った食材且つごく少量であったりと非常に過激な減量を繰り返していたと告白され
ずんぐりむっくり酒樽体型な素人の私が言うのもおかしいかもしれませんが、近年はコンクールや発表会の写真や映像も目に付きやすくその度に感じるのは
成長期であるはずの年齢の生徒さんの細過ぎる身体に、月経不順や怪我の心配を募らせること。
勿論先生によってはきちんとした食事や規則正しい生活の重要性を教えている方もいらっしゃるとは思いますが
男性と組むパ・ド・ドゥやコンクールと諸々事情はあるにせよ、むやみやたらな痩身減量圧力や夜遅い時間までの練習も如何なものかと私個人は思っております。
一時だけは細く綺麗になったとしてもその後の人生のほうが長いのですから。松浦さんの注意喚起が広まればと願っております。

山本さん版白鳥の最大の特徴とも言えるのは、オディールの存在。挨拶文によれば、舞踏会で登場するだけの出番に疑問を感じていらしたそうで、
存在をぐっと強くするためプロローグからロットバルトと共に登場させて嘆き悲しむオデットと向かい合い、妖しい光で支配する流れを構築。
オディールのメイクは一見映画『ブラックスワン』かと見紛う色味に最初は度肝を抜かれたものの、よく見ると薄い青や白、赤を絶妙に重ねたアイラインで
睫毛も光を帯びて青っぽくなったりと過剰に邪悪にならず、頭に付けた羽飾りとの統一感ある色彩で角度によって様々な色合いが覗く工夫が凝らされていました。
メイクデザインは新国立劇場バレエ団の画伯の1人でTシャツも好評であった廣田奈々さんです。
またオディールは2幕の湖畔の場にも出没し、白鳥達の群舞に挟まれた状況に斬り込んでブルメイステル版などで踊られるソロを披露。
オディール役の伊東さんは技術達者でぶれぬ軸の持ち主で空間の使い方にも長け、白鳥達を惑わす不気味なオーラを漂わせダイナミックに支配し
白鳥たちは仲間が踊るときとは異なり顔や身体を背け、怯えや拒絶を体現するポーズへと変化して
オディールの怖さを魔力をくっきりと浮かび上がらせ、常時支配下にある設定が伝わるひと幕でした。
湖畔の場に突如オディールが入ってきたら幻想的な世界観が崩れるとお思いの方もいらっしゃるでしょうがそこは心配無用で、
橙色や水色が何層にも重なる万華鏡のような照明に切り替わってオディールと調和し、違和感が無し。
雪景色の中に突如ネズミ達が乱入して美しい銀世界が台無しに近い(までとは言わぬが)某国立の『くるみ割り人形』とは大違いなわけです笑。
(今年から来年にかけ大晦日と正月も通いますが)

尚、所謂「黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ」は米沢さんが新国立の妙にすっきりとしたオディールの衣装で踊り、
窓辺にオデットが現れ王子が混乱するときにはプロローグから登場しているオディールが出現し王子を益々惑わしてはさらりと消え去る展開。
王子でなくても目の前で起こっている現象を把握できぬ恐怖感に襲われる、背筋がぞくぞくと冷ややかさが走る演出で
終幕もロットバルトと共に最後までオデットと王子を追い詰めるも遂には愛の力に負け揃って倒されてしまうフィナーレまで
オディールに焦点を当てた斬新且つ古典の流れを崩さぬ切口が唸らせました。

焦点を当てていたのはもう1つ。王子の鬱屈した心や葛藤で、例えばパ・ド・トロワのアントレのワルツが終わり
そのまま平和なヴァリエーションに移るかと思いきや、席に腰掛けていた王子が立ち上がり、晴れ晴れと祝祭感に浸る人々とは正反対に不安そうな表情のまま
大概は1幕の終盤に踊られるソロを披露。薄暗い舞台上で1人きりではなくお祝いに訪れた人々までもが心配そうに見守る中での披露であるため
祝福どころではない鬱々とした内面が広がりを見せて行くような説得力のある演出でした。またトロワがただ登場して踊ってお終いな独立3人組ではなく
アントレの後に不穏な空気を纏って踊る王子を励ますようにヴァリエーションへと移るため人物関係が密接に、物語に一貫性があるとも見て取れました。
そして3幕舞踏会はファンファーレにて王妃とは登場せず、花嫁候補達の登場でようやく王子到着し大遅刻。
しかも王妃に促されながらも俯いた表情で半ば嫌々着席。リアリティがあって面白いと思えた人物造形です。
グラン・パ・ド・ドゥでは民族舞踊のダンサー達も皆立ち上がって前のめりになるように2人に釘付け状態となり、
宮廷全体が摩訶不思議な空間と化していく描写を後押ししていた印象です。

これまでに観た白鳥の湖で最たるレベルであろう照明の色鮮やかさもわすれられず。
オディールとロットバルトが佇む場面には深みのあるルビー色を帯びた色彩が輝き真っ赤な満月かと思わせる月が現れたり
白味が強い光で白鳥達の神秘性を引き立てたり、先述の通りオディールの斬り込みでは橙色と水色を重ねた不思議な色合いを当てるなど
色とりどりの変化に目を見張りました。背景画であっても岩や湖の描かれ方に奥行きがあり、
照明の当て方も加減が自在なのか立体画に見え、これまた驚きの連続。 舞台がそのまま自然の森の湖へと繋がっている錯覚すら起こさせたほどです。

それから、プログラムをよく読まぬまま開演を迎え、驚倒寸前となったのは幕が開き、視界に入ったのは馴染み深い衣装達。
殆どが新国立劇場で上演している牧阿佐美さん版の衣装だったのです。舞踏会の開幕は余りの豪華さに拍手が沸き
2006年11月の初演からかれこれ50回は観ているであろう牧さん版の衣装も見納めと言われている
来月の新国立劇場バレエ団初の東北公演である山形公演『白鳥の湖』を前に鑑賞できるとは、そして関西の方々の着こなしも美しく喜びが二重三重と増幅でした。
更には、1幕のワルツからして皆所属先が違うとは思えぬ一体感に感激。普段活動をしている場所は違っても、
山本さんを慕うお気持ちは共通で心を一つにさせたのでしょう。幸福感が零れる序盤から胸が熱くなった次第です。
大阪で知り合った方や、関西の何かしらの舞台で拝見した方々が舞台に勢揃いし、レッスンでたった1人標準語で喋る管理人にも優しくしてくださった方や
初級クラス受講ながらお上手で見惚れていた方、その他劇場やお食事の席で会話を交わした方やスタジオ公演のチケット申し込み時に
電話で対応してくださったと思われる方など、関わりのある方を目にしては嬉しさが込み上げたり
直接の顔見知りではない方でも関西の舞台で何度も拝見していると勝手に知り合いと思い込んでしまったり(身勝手ですみません笑。関西でバレエ観始めて早15年か)
遠方在住の親類縁者のような心持ちになってしまったのも正直なところです。

カーテンコールには山本さんもご登場。それはそれは爽やか高貴なお姿で「芸術監督」の登場でこうにも興奮したのは、
人生初のバレエ鑑賞である1989年のABT来日公演『白鳥の湖』におけるミハイル・バリシニコフ以来でした。
そういえばこのときも演目は白鳥で芸術監督であったバリシニコフ自らの改訂版。
後々上演の機会はすぐさま減ったようですが、山本さん版はこれからも上演を重ねて欲しいと願ってやみません。
コロナ渦の不安に覆われる中、無事開催しかも満員御礼での上演を心から祝します。
リモート指導に明け暮れるも来日が叶わなかった大原永子先生も、スコットランドのご自宅から祝福を送ってくださっているに違いありません。


2日間滞在しておりましたが写真は順不同でございます。



朝8時、青空を見上げ中之島公会堂を眺めながら目覚めのコーヒー。当日最初の入店客であったのか、暫くはテラス貸切でございました。
公会堂、フェスティバルホール、水路が同じフレームに入る構図で、大阪の建築、水運文化を見て取れるとても好きな風景です。
フェスティバルホールでは2回鑑賞しており、共に新国立の白鳥の湖。2008年にルンキナ、ウヴァーロフを迎えた牧阿佐美さん版、
2019年にセルゲイエフ版踏襲の子ども白鳥を観ており、特に後者は前日頃に公式発表があった急遽の代演王子が忘れられず。
主演変更を知ったのは公演前夜、新幹線の当日券購入して大阪へ行きましたが
地元出身ダンサーの代役として立ち、爽やか真面目な王子や、ええやないかと関西の観客から好評なお声が多々聞こえどれだけ嬉しかったことか。



公園のシンボル、太陽の塔。大阪万博での三波春夫さんが歌う世界の国からこんにちはは今聴いても名曲であると思います。


万博公園入口の床には白鳥の絵。早速吹田の白鳥さんが出迎えてくれました。



万博公園を散策、そして高所好意症のため行ってみたかった万博ビースト。時間ごとに人数を制限しての入場で、年齢問わずシニアでも可との記載あり。
近年は年齢不詳疑惑も益々加速し明治かそれ以前生まれと呼ばれることもあり、こうなったら幼き日の思い出深い出来事として大政奉還とでも言うておきます笑。
それはさておき、3段階の高さが設けられ、一番高い所ではマンションの4階とおおよそ同じ高さに張られたロープや組まれた足場、
ぐら付く場所をさっさか歩く管理人。運動神経皆無者でもお楽しみいただけます。
但し、当日は宿泊先の大浴場にてしっかりと浸かるも翌日は腕が上がらず腹筋が動くたびに痛みが走り笑、私のような年配者はお気をつけください。

ところで大阪でビースト、と言えば昨年末に神奈川県大和市での大和シティーバレエにて宝満直也さん振付『美女と野獣』に主演された
大阪府ご出身で同じスタジオで学んだ山本さんの後輩にあたる福岡雄大さんを思い浮かべるべきなのでしょうが
管理人の中で野獣と言ったら1人しか浮かばず(ここ大阪やでとの突っ込みは受け流します)
しかし!お二方とも作品の振付家の心を捉えたダンサーであること、そして来るべき5月にはローラン・プティ版『コッペリア』にて
山本さんコッペリウスと共演は共通!丸く収まった笑。



梅田にて、こぼれ寿司とハイボール。かっぱ巻の上にどっさりと海鮮が乗っかっています。



公演日の朝は白鳥ラテ。ラテアートが見事であるのはさることながら、苦味とまろやかさのバランスがこれまでに味わったカフェラテで一番好み。



宿泊地界隈に位置する浪花教会。古めかしい建造物が並ぶ閑静な街で、建築観察の案内が銀行の窓ガラスにも貼り出されていました。



公演帰り、大阪在住の方より教えていただいた梅田駅構内のジューススタンド。
階段の隅っこにあり、見逃してしまいそうで教えていただけて幸運でした。季節のあまおうジュースが爽やかで甘く瑞々しい。



公演の無事開催と成功を祝しドイツビールで乾杯。満員御礼で開催でき本当に良かったと心からの祝杯です。



ソーセージとプレッツェル。ビールが進みます。






遡ること12年前2009年5月、東京女子大学での公開講座に山本さんと酒井はなさんが招かれ、白鳥の湖について語る講座が開講されました。
佐々木涼子さんのゼミ主催だったかと思いますが、在校生や卒業生でなくても受講可とのことで私もトンジョ生の気分で
(東京女子大の愛称はトンジョだそうです。身内に卒業生がおります)行っておりました。
メディア取材も入っていて、雑誌『クロワゼ』には後日レポートが掲載されたかもしれません。
新国立バレエ及び日本バレエ史に名を刻む黄金ペアのお2人による
ほのぼの漫才な展開に司会者も受講者も頬が蕩け、それはそれは和やかな講座であったのは今も忘れられません。
踊っても語っても絶妙なパートナーシップでございます。 司会者からの質問で白鳥の湖を振り付けてみたいかとの問いかけに対し
こんな大作を演出するなんてとても、と山本さんは謙遜なさっていた気がいたしますがちょうど干支一回りした2021年、地元大阪にて見事実現。
幸運にも会場に居合わせ私も上演を見届け、人生分からぬものです。
その講座が開催されたのは2009年の5月下旬で新国立劇場では『白鳥の湖』公演が終わった頃、そして次回2009年6月公演の宣伝として
山本さんの後ろ辺りに貼られていたのが山本さんもフランツ役として出演されたローラン・プティ版『コッペリア』1度目再演のポスターでした。(新国立初演は2007年)

時間軸があちこち往来して失礼。干支一回りした2021年、講座のテーマであった『白鳥の湖』演出改訂振付を手がけられた舞台を大阪にて上演
そして今年5月久々の新国立復帰舞台がローラン・プティ版『コッペリア』コッペリウス役。
結果として12年後を予期する講座でもあったのか、不思議なタイミングの巡り合わせに興奮するほかありません。
最後受講者からの自由質問時間にて我が目の前に座っていたバレエサークルに入っている学生さんが挙手。酒井さんや山本さんの視線も当然こちらに向けられ
思わず管理人恥ずかしい余り頭を垂れ下げ、周囲から見れば授業中の居眠り状態な格好であったかもしれず
眠っておりませんお酒飲まされたフランツではありませんなどと心内で口走っていたのだが、
12年後、山本さんがプティ版のコッペリウスとして出演されるだけでなく初日と千秋楽に共演のフランツを思うと、
今考えれば予期する出来事であったのかと回想。干支12年の周期を侮るなかれ、人生分からんものです。

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