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2023年5月11日木曜日
60分に収まった相関図 新国立劇場バレエ団シェイクスピア・ダブルビル『マクベス』 4月29日(土祝)〜5月6日(土)
4月29日(土祝)〜5月6日(土)、新国立劇場バレエ団シェイクスピア・ダブルビル『マクベス』『夏の夜の夢』を観て参りました。
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/shakespeare-double-bill/
タケット振付『マクベス』は世界初演、アシュトン振付『夏の夜の夢』はバレエ団としては初演。
シェイクスピア作品を2本立てで行うのはバレエ団では初の企画でどんなダブルビルになるか期待あり不安もありつつ初台へと参りましたが
悲劇と喜劇を組み合わせた鮮烈で心持ちもガラリと変容し、刺激ある公演でした。
ポスター撮影の様子。マクベス福岡さん、マクベス夫人米沢さん、ティターニア柴山さん、オーベロン渡邊さん。
悲劇と喜劇で全然違う作品であっても、夫婦生活を描いた点は共通です。前者は破綻、後者は和解。
※またもや管理人自身と同様脂肪分過多な文字数になりましたため、分割して載せます。ひとまずマクベスから。
『マクベス』
【振付】ウィル・タケット
【音楽】ジェラルディン・ミュシャ
【編曲】マーティン・イェーツ
【美術・衣裳】コリン・リッチモンド
【照明】佐藤 啓
【マクベス】福岡雄大(29, 2, 4, 6)、奥村康祐(30, 3, 5)
【マクベス夫人】米沢 唯(29, 2, 4, 6)、小野絢子(30, 3, 5)
【バンクォー】井澤 駿(全日)
【3人の魔女】
奥田花純、五月女遥、廣川みくり(29, 2, 4, 6)
原田舞子、赤井綾乃、根岸祐衣(30, 3, 5)
泥沼複雑な多数の人間模様をあたかも旅行用スーツケースに整理整頓して敷き詰めて展開していく面白き新作で
話がややこしそう、開演前に人物相関図読んだもののあらすじが頭に入らず心配が更に募った私でも食い入るように観てしまう演出でした。
愛憎渦巻く状況展開を1幕に収め、人物が絡む関係性を示したタケットの手腕に驚かされた次第です。
しかし7回観ても管理人の脳みそ咀嚼力が欠乏しており、隅々までの理解には至らずでございます。
福岡さんのマクベスは見るからに戦闘能力に長けていそうな武将で、あくまでリアルな騎士らしい衣服ではなくても誇り高さや自信がみなぎる姿。
しかしマクベス夫人からの誘惑にそそのかされダンカン殺人を促される場でみるみると苦悩し、遂にダンカンを刺殺してしまった直後は目が虚ろに変貌。
一度犯罪に手を染めると歯止めが効かなくなるのかダンカンの遺体発見現場における、自身の罪隠しのための濡れ衣着せての殺人も何の躊躇いもなく実行に移していて
歯車が狂うといとも簡単に理性が喪失した上に苦悩しつつであったはずの野望も色濃いものへと変わり、突進してしまう恐ろしさや内面の弱さを体現していました。
バンクフォーの亡霊を目にしたときの弱りっぷりは別人のような変貌で、王冠を被せてもらっても最早野望も何もない縋るような足取り。
奥村さんは一見誉れ高い武将には思えなかったもののタケットさんがプレトークで仰っていた、マクベスの弱い内面をいたく露わに表現していたと推察。
帰還のパ・ド・ドゥでも明らかにマクベス夫人がクールされど上から押さえつけるような
冷たく強気な部分を見せていた分、瞬く間に妻の欲に吸引されていったと思えました。
ダンカン刺殺後は顔が青ざめ、王位が近づいたとはいえ大きな過ちを犯してしまった後悔を示すも
そんな暇もなくマクベス夫人からの実行した賛辞を表すのであろう力のこもった口づけに抗えず、凄まじい呼応を展開。
凍りつくが如く緊迫な関係を明示していた印象です。
米沢さんのマクベス夫人は初日は野心と欲望に満ちた猛烈な恐怖感で目も常にギラリとさせて夫に言い寄り、夫人に頭が上がらぬ福岡さんマクベスの苦しみに納得。
2日目は毒々しさを少し抑えてマクベスに対して懇願するように近寄ったりとアプローチが変わっていた印象です。
ただ息絶えたダンカンの血を手に取り、狂おしさを全身から発しながら静かに夫を背後から抱きかかえていく様子は全日程背筋に戦慄が走りました。
小野さんは冷ややかに黒い光を発しながらすうっと夫を手のひらで転がしダンカン殺しへと繋げていたと思え、愛情よりも野望や名声欲に駆られた夫人。
ただ歩いてくる姿だけでも、夫の出世のためなら手段を選ばぬ欲望の塊が宿る視線に上階席からでも恐れを感じずにいられず
だからこそ、終盤亡霊に取り憑かれ夢遊病になったときのマクベスの手にも負えぬ発狂ぶりの落差は衝撃でした。
特に作品に厚みを加えていたと思わせたのはマクダフの中家さん。中世の史劇に登場しそうな豪胆そうな容姿で、妻子との再会は優しさで包み
お腹に新しい命がある妻を気遣う穏やかさも印象に残ります。マクダフ夫人の飯野さんがほんわかとした母性に溢れ、睦まじい家族であったはずが
その命が残り僅かであったとは知る由も無く妻子殺害が知らされたときの嘆きを叫ぶような重々しいソロは痛烈極まりなく映りました。
後にも述べますが、最後マクベスとの対決で重たい剣を自在に操り倒すのも頷けます。
それからバンクフォーの井澤さん。最初はマクベスの戦友として2人揃って登場したものの
マクベスから殺害されたあとに亡霊として出てきたときのインパクトが強烈。血で覆われた顔と衣服のまま歩み出し
呪いをかける勢いでマクベスに近づいていく憎悪を抱いた様子が実におどろおどろしく、悪夢に魘されそうな不気味ぶり。
繰り返しになりますが、マクベスは最早武勲の誉れ高い戦士には見えず、
弱り慌てふためく姿は幼さまで生じて王冠を被っていたからか誕生日を迎えた心配性な子供のように見えたほどです。
注意書きにも記されていた流血シーンの演出方法はいかにして行われるか注目していたところの1つ。
ダンカン刺殺のときはベッドで就寝中のダンカンの寝間着が血で覆われのち、音楽の劇的変化に合わせて何箇所かの装置に真っ赤な灯りが灯され血飛沫を演出し
踊るにあたって危険ですから床には飛ばぬよう、2時間サスペンスドラマ状態にはならぬよう工夫がなされていました。
それよりも、亡霊血塗れバンクフォーのインパクトが強し。7回鑑賞且つ日頃の行いが良いとは言い難い私は悪夢に魘される予感がしております。
夢見るならファーストオーベロンを望みたいがこうった身勝手な欲をお天道様は見逃していませんので次行きます。
マクベスといえば魔女も重要役の1つで、マクベスが歩む道のりを運命付ける存在でしょう。
白い布を頭まですっぽり被り、白いスカート状の衣装でマクベスとバンクフォーの周りを妖しく漂い王冠を見せ、序盤から先行き不安な展開を予期させていました。
初めて聴くミュシャの音楽は薄暗い霧がかった天候を思わす不穏な響きや陰謀の闇をねっとり描写したかと思えば
ふと明快な曲調にも変化したりと、聴けば聴くほど身体がざわつく魅力があると捉えております。
管理人の脳内は、前半の祝宴における変拍子な賑やかな曲がメンデルスゾーンと交互に脳内旋回が止まらずです。
ただ思えばミュシャ自身の曲は非常に短く、マーティン・イエーツやタケットの案を合わせながら作られていったと思うと
短い原曲から1時間弱まで違和感なく膨らましていく作業は実に困難を極めたことと想像いたします。
衣装は中世の鎖帷子のようなデザイン等の要素を取り入れつつなかなかスタイリッシュで、
史実に基づき過ぎると踊りにくくなってしまうでしょうから丁度良い塩梅であったと思います。
ダンカンの息子マルカムが銀色のぺたりとした太めのヘアバンドで思わず『ダイの大冒険』が過ってしまいましたが
考えてみれば先はマクベス側であり、ゲームやアニメの作者も中世の歴史書からデザインのアイディアを得ているからこそでしょう。
マクベスの衣装が赤いのは意外でしたが他との違いを引き立てる効果あり。
ただ殆んどの男性の足が素足?にバレエシューズでスコットランドの霧深い地域性が表れずリゾート感が否めず。
ひょっとしたら、演劇風の展開であってもバレエですから踊る場を多く設けたためであろうと思いきやそうでもなく
終盤の歩きながらの整列場面も含めもう少し踊りの見せ場も欲しかったのは心残りです。
また人によっては掛け持ち役が多いのは仕方ないと思うものの、死後すぐに他の役で登場すると混乱。前半日程中は亡霊が多々発生かと勘違いした私でございます。
装置はベッドや椅子を始めシンプルなもので、長いテーブルを出演者が動かして装置転換していく過程も演出に組み込まれていた点は面白く
前半日程は皆恐る恐るな様子で動かしていたのち徐々にスピードも上がって後半には上階席から観ると強豪マーチングバンドを思わす隊形変化。
テーブルで作り出す亡霊バンクフォーが歩く花道も(亡霊ランウェイ?)出演者が用意するため話の流れが止まぬ効果をもたらしていました。
1点どうしても首を傾げる突っ込みどころであったのは最後の戦闘場面で、マクベスが苦しみ抜いた末に意を決してマクダフらと対峙する息を呑む場面のはずが
まずマクダフ側の戦士達が片手に持つ長く白い棒が、遠方席から観ると洗濯物を干す突っ張り棒
或いは蛍光灯の交換作業にしか見えず。もう片方の腕に脚立が見えたのは気のせいか笑。
上階後方席からは白棒隊が横並びに前進する光景が『風の谷のナウシカ』巨神兵を想起させました。
せっかくマクベス、マクダフ、マルカムは3人とも大きく重たそうな、当時出回っていたと思わしき叩き割るに近い戦法で用いたであろう剣を用いていただけに
マクベスの時代に白い棒による戦闘方法があったならまだしも結果として白棒隊に追い詰められるのもどこか間抜けに映ってしまった次第。
それからマクベス、マクダフ、マルカムの剣の交わりもスローモーション風にもっさりしてしまい、
決死の覚悟も伝わりにくく振付が望ましくなかったと推察。これが本当の「打ち合わせ」か。
勿論、当時の戦闘と同じ方法を用いたらそれこそ本物の流血騒ぎになり新国立サスペンス劇場となってしまいますから不可能であるのは承知しているものの
せっかく振付も音楽も新しく生み出せる好条件下にあっただけに臨場感が出るような演出はできなかったのか、疑問が残ります。
思い起こせば一昨年バレエ団としては12年ぶりに全幕上演した『ライモンダ』2幕決闘において、最初から音楽ありきな振付であっても
全キャスト立ち回りや今回とよく似た作りの大きな剣の使い方も上手く
避難訓練及びアクション映画のカメラテスト状態になっていなかったのは記憶に新しいところ。
中でも今回も実現した福岡さんジャン対中家さんアブデラクマンの対決は体当たりに近い豪快な迫力があったのはよく覚えております。
他日には目から火を放ち、王が仲介に入り宣言合図の前から手袋を外し始めてしまい異様にやるき満々たる気迫な人も平日にいましたがそれはそうと
再演時には終盤の臨場感を持たせる工夫を願いたいものです。
それから事前に吉田都監督のラジオにて少し安心感を持ったのは子役への配慮。結果として殺される場はだいぶ凄惨なひと幕になってしまいましたが
映画やテレビドラマ、演劇でもバレエでも例え劇中の行為であっても未成年や子供にとっては心に深い傷を負ってしまうことになりかねない場面があるにあたり
本人達や親御さんにもだったか説明を重ねてお互いに不安材料がないよう心掛けながら作っていった話があったかと思います。
実際マクダフの息子は刺殺、娘は絞殺されいずれも大柄な男性が馬乗りになっての殺人。
短い場面とはいえ、またバレエの中であるとはいえただ言われるがままにがむしゃらに熱演しているだけでは精神が重たくなってしまうと想像いたします。
襲う側のダンサーともよく話し合い、子役に極力負担がないようケアも十分にされていたと願いたい。
近年は性描写や暴力や殺戮描写の演出においての無理強いが問題視されつつある報道も見聞きし
名画とも呼ばれている1968年公開の映画『ロミオとジュリエット』が実は事前の話とは違い未成年の主演者2人が
裸体での寝台場面を強要され50年以上も精神の苦痛を抱え続けていたとの報道は非常にショックでしたし、まだ氷山の一角であろうと思います。
話が逸れました。最後の生首は賛否両論飛び交いまして、私としてはあそこまで血みどろにする必要性は疑問でございました。
ラトマンスキー版『パリの炎』終幕に出てくる処刑者の顔は確か白っぽい色に覆われ、
極度な生々しさはなくても命の犠牲の残酷さを前面に出す効果はあったと記憶しております。
後半日程は福岡雄大さん米沢唯さん、奥村康祐さん小野絢子さんが登場するアフタートークもありました。
夏の夜の夢の森の美しい装置はそのまま、他のシェイクスピアの話を拝聴です。両ペアのお話から制作過程覗けてより興味持たす内容で
パ・ド・ドゥでの目と目での会話指導や、稽古場で曲が足されていく様子に初めて居合わせたリハーサルや、オーケストラリハーサルを見学したときの掻き立てる衝撃等驚きなお話が続々飛び出しました。
久々のバレエ団オリジナル作品上演でしたから改訂も加えつつ、せっかくのオリジナル全幕ながら2007年の初演以来一度も再演されていない
『オルフェオとエウリディーチェ』の二の舞にならぬよう、御蔵入りは回避して欲しいと願っております。
ところで皆様はタケット版以外のマクベスのバレエはご覧になったことはありますか。私は33年前にボリショイだったか、映像を鑑賞してみたものの記憶が遥か彼方。
(1984年収録のワシリエフ振付、主演はファジェーチェフだったらしい)
あらすじも頭に入らず、とにかく暗かった印象しかなく魔女の描き方を今となっては知りたいものです。
とても全編通してなんぞ見ることはできず、飛ばしながら3回鑑賞に挑戦したものの結局脱落。
3回とも鑑賞後は暗がりな話から脱却したい衝動に駆られ、毎度口直しならぬ目直しに走ったのが『となりのトトロ』でした。
黒が色濃いマクベスに対して5月の新緑の季節から始まり、森の木々が爽やか繊細、奥深いタッチで描かれた作風は
マクベス直後のどんよりとした我が目も心も癒しが注入されたものです。
そして管理人も老いた33年後、生で観る新作のバレエ『マクベス』との組み合わせは『夏の夜の夢』。
そうです、緑が重なる美しい森、月夜の晩を舞台に妖精が登場し人間も絡む、騒動を乗り越えハッピーエンドなあらすじはトトロと共通しているではありませんか。
(トトロはお化けでしょうが、精霊とも言えるでしょう)
勝手に行っていたマクベストトロ・ダブルビルから33年後、通ずるプログラムが再び巡ってきたとしか思えぬ管理人でございます。
トトロのオープニング主題歌のさんぽには「蜘蛛の巣」の歌詞も出てきますし、日本の戦国時代に置き換えたマクベスは映画『蜘蛛巣城』。
アシュトン版『夏の夜の夢』で管理人がとりわけ好んだ妖精衣装は蜘蛛の巣の精。
そんなわけで『マクベス』を終えましたので次回は『夏の夜の夢』やクラスレッスン見学等綴って参ります。
注意書きあり
マクベスカクテル。濃厚な赤いアルコールが刺激を誘います。この悲喜劇混雑な初期チラシ、両極端な物語が揃い、シェイクスピアの創作の幅を感じる並びです。
初日にいただいたマエストロのコースの前菜。トマトの赤とモッツアレラの白。マクベスカラーな前菜。
後半日程にも訪問、トマトソースパスタ。果肉たっぷりで唐辛子の刺激が気持ち良い。ハーフボトルの赤ワインが渋めの味で、マクベスで攻めてみた。
※写真は一部です。次回も多数載せて参ります。忍耐力に自信のある方、鍛えたい方はどうぞお待ちください。
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