2022年7月3日日曜日

話題が立て込んだ初台ワンダーランド  新国立劇場バレエ団『不思議の国のアリス』  6月3日(金)〜12日(日)計8回





お待たせいたしました。(お待ちくださっている方は5、6名にも満たぬかと存じますが)新国立劇場バレエ団『不思議の国のアリス』を計8回観て参りました。
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/alice/


アリス:米沢唯(3日、5日、10日、12日)   小野絢子(4日夜、11日夜)  池田理沙子(4日昼、11日昼)
ジャック:渡邊峻郁(3日、5日、10日、12日)     福岡雄大(4日夜、11日夜)   井澤駿(4日昼、11日昼)
白ウサギ:木下嘉人(3日、5日、10日、12日)    中島瑞生(4日夜、11日夜)    速水渉悟(4日昼、11日昼)
ハートの女王:益田裕子(3日、5日、10日、12日)     木村優里(4日夜、11日夜)   本島美和(4日昼、11日昼)
マッドハッター:
スティーヴン・マックレー(11日夜、12日)  ジャレッド・マドゥン(3日、4日夜、5日)  中島駿野(4日昼、10日)  福田圭吾(11日昼)



東京千秋楽の様子です。





本島美和さん退団公演カーテンコール。学級委員長なハートの2番、お役目頑張りました。




※以下長く、加えて異常気象な酷暑が続いております。体力や気力が落ち気味な方々及び
アリスの家で不当な扱いを受ける庭師ジャックと同等な忍耐力に自信のない方は次回以降をお待ちください。
もはや遥か昔にも思える速報編と重複する部分もございますが悪しからず。



米沢さんはいたくナチュラルで活発且つ乙女なアリス。あれよあれよと巻き込まれていく状況の一瞬一瞬を力みなく鮮明に体現され
どの感情も輪郭くっきりと込められたステップで四肢を存分に使いながらアリスの心の内を表していました。
一見ほんわかマイペースそうであっても踊り出すとそれはそれは何でも乗り越えてしまいそうな達者ぶりでその対比がたまらなく可愛らしく映った次第。
またジャックに対しては恋に恋する乙女っぷりで、身を委ねたときの蕩けっぷりがいじらしく、試練に挫けぬしっかり者少女でありつつ
守られる包まれるときはとことん可愛らしさを覗かせる多面性もまた観る度に新鮮な心持ちにさせてくださいました。
現代の世界で目が覚めて夢は嘘ではないと必死に強調する姿や、現代では実に強引なジャックに半ば無理矢理に
愛読書本を奪われてしまう様子がまた乙女心に満ちていて、頬が緩んでしまうひと幕でした。
米沢さん渡邊さんのパ・ド・ドゥがこれまた秀逸で、行先不透明で往来が細かかったり、中途半端に持ち上げたまま進行したりと
変則多量な振付でも取りこぼし無く恋心の高鳴りを瑞々しくスケール大きく昇華。上階で観るとページを模した舞台デザイン効果もあり、
日々仕掛けが進化する飛び出す絵本を眺めている気分となりました。
アリスとジャックはパ・ド・ドゥでも果敢に攻めて冒険に繰り出していたのは明らかでございます。
中でもフラワーワルツ終盤で再会し喜び合う箇所は徐々に曲調が壮大化する展開と一体化した極上美が零れ
恋の高揚と、同時にふと見せるアリスの恥じらいやそれを受け取めるジャックの心優しさが溶け合い劇場一杯に幸福の広がりを見せ、平静の維持が困難になった私です。

小野さんは勝気で冒険心一杯なアリスで怯みとは一切無縁で進んでいく痛快な面を持ち、1幕冒頭では本を読み聞かせるルイス・キャロルの隣に腰掛けての
甘えるような表情は色気が肌を摩る感覚までもが4階席にも伝わってきてくらり。(あとにも述べますが小野さんアリスからの受け取めが中島さんウサギ見事)
2幕でのマッドハッターによる見せ場では共に弾け飛ばすような軽快さを全身で表し、タップのリズムとも一体化して披露。
特に11日夜では時に狂おしさをも帯びながら突き抜ける強さで踊り、貨物列車の達者な足取りもまたマッドハッターと一緒に浮き沈みの激しい音楽を奏でていた印象。
マックレーさんに押されるどころか共鳴して実に刺激的なステージを見せてくださいました。

初挑戦の池田さんは初日こそクライミング?(アリスの身体が大きくなり斜めの窮屈さに苦しむ場面)では落下してしまったり、
緊張からかこなすだけで精一杯な様子もあったりとハプニングも生じましたが11日昼公演は見違える出来。
愛くるしさはそのままに、小さな扉を開けての花畑の光景に驚愕と興奮をヘンテコな体勢であっても
全身から放って音楽負けしない存在を示して次々と襲い掛かる試練を孤軍奮闘で乗り越えるしっかり者のアリスを好演。
小柄で幼く見えてしまう心配も実はありましたが全くの無用で、3女王中でも最も威厳と貫禄ある本島さんハートの女王より
ハートのスティックで脅かせられ対峙する場でもきりっと見据えての振る舞いから
アリスの道中における困難突破の経緯が窺え、その後の緊迫感のあるカード達の群舞へと繋がっていった気がいたします。
初演時に比較すると遥かに短いリハーサルであったでしょうに、全編ほぼ出続けてリードする初役アリスをきちんと仕上げてきたことに拍手を送りたい思いでおります。

渡邊さんは庭師、ハートの騎士、現代の青年まで役どころそれぞれを丁寧に色付けジャックを造形し、アリスに比較すると影薄いと言わせぬ説得力。
アリスを優しく解す包容力、現代青年ジャックの強引ぶり等両手指で足らぬ蕩ける要素満載でございました。
アリスの家での庭師としての登場から勤勉そうな労働者青年そのもので、茶色い労働服も違和感皆無。
リデル家に心を尽くして従事し、また後方を向くと漂う背中からの哀愁から華やかし一家とは住む世界が180度違うのであろう生活環境もすぐさま見て取れました。
ゲートボールの準備中には背後からいたずら(嫌がらせと呼んでも過言ではないかもしれぬ)仕掛けを目論むも寸前に計画失敗に終わる執事役の中家さんの好演もあり
リデル家に仕える人々の番長な身分であろう執事からは、弱い立場であるがために
日々不当な扱いや理不尽な仕打ちを受けていたであろう決して恵まれているとは言い難い労働環境であったと想像いたします。
速報でも述べた通り、無実の訴えすら場を与えてもらえぬまま冤罪で解雇となり、荷物まとめて年季の入った鞄を手にハンチング帽を被って
悲しげな眼差しをアリスに向けたのち俯きながら立ち去る姿のたいそう哀れなことよ。
そして繰り返しにはなるが、小津安二郎映画の青年を彷彿させる古風な趣きにも、再演の今回一層心を惹かれそして締め付けられました。

アリスの家、夢の中、現代それぞれの世界で繰り返される軸となる互いに斜めに立ち踵をぐりぐりと床に押しながら移動して始まるパ・ド・ドゥにおいて
振付に流れは同じであってもそれぞれの役柄の特徴を加味して踊られていた点にも目を奪われ、どの場面もアリスとは恋愛真っ只中でありながら
庭師のときは立場を弁え一歩引いているような慎ましさも見せ、ハートの騎士となればアリスが少女でありつつも姫にお仕えするような品位もあり、
現代ではこりゃ結婚したら亭主関白かと見紛う、アリスの読書趣味や夢見がち性格を受け入れつつも腕の引っ張り方はと言いだいぶ強引な男ジャックで
上から力強く見守っている感もあり。思わず我が脳裏ではさだまさしさんの名曲が流れずにいられずでございました。(古いか)
アリスとの馴れ初め、タルト御盆運搬は俊敏であっても屈強さには欠けるため護衛隊では無さそうな
ハートの騎士の任務等役の背景を深掘りしたいほど、アリスに比較すると存在感薄めと言われがちなジャックの魅力を
一般市販の画材では足りぬくらいであろう色彩豊かに描画された渡邊さんは只者で無いと再確認です。

10日(金)昼公演に入っていた学校団体の皆様のマナーも良く、ジャックパネルと撮影する男子生徒さんも目撃。
横に立って観光名所での記念撮影風な生徒さんもいれば、サインはV状態で意気揚々と写る生徒さんもいたり、劇場を満喫している様子に感激でございました。
ちなみに私もパネルと記念撮影いたしましたが、うち1枚はシンフォニー・インCフィナーレ彷彿な左右対称パッセに挑んだものの崩壊、当然だ。
そういえば前回の初演時に来場していた団体の男子生徒さん達の会話には、アリス関連の装飾に溢れた空間に圧倒されていたのか
女子をデートに連れてきたら喜びそう発言もあり。将来の観客育成に繋がっていると期待を持たせる出来事でした。

福岡さんは堂々且つ穏やかに見守る風な青年ジャックで、突如の解雇では悔しさを滲ませ納得いかぬ様子で立ち去る姿が刻まれております。
この場面を劇場で目にし、また今となって思い出すと気になるのは当時の英国内の労働事情で、今以上に厳しい階級社会で
不当な扱いを受けていた人が多々いたと思われそして図書館の走れば調べ物が止まらなくなる行為が目に見えておりますので次へ参ります。
小野さんとの大看板ペアとしての安定感はもう語るまでもありませんが、ウィールドン特有のふんだんに盛り込まれた行き先不透明な振付をきっちりと形作って披露。
呼吸が少しでもずれるとすぐさま崩壊してしまうパ・ド・ドゥもときめきと安堵感が融和した光景の広がりを目にできた思いでおります。

井澤さんは冒頭の庭師は一見労働者に見えず、随分とお育ちが良さそうなお坊ちゃまに思えたのも束の間。
内気で物静かそうな様子でありながらアリスを見つけるとふと表情が和らぎ、日々の労働における救いな存在であったと察します。
だからこそアリスの家を追い出されるときの悲しみを振り切るような姿がいたく可哀想で、その後この真面目そうな青年の新たな職場が見つかるよう願わずにいられず。
やや不安であった赤白ぱっくり衣装もなかなか似合い、物怖じしないしっかり者なアリスに引っ張られつつおっとり温和に見守る心優しい青年なジャックでした。
何しろ井澤さんは前回のアリス公演でのイモ虫で場をさらい、濃厚な妖しさで釘付けにし(私の中での井澤さんの舞台3本の指に入る)
1幕冒頭のラジャにおいても豪奢な衣装に負けぬどころか着こなしが自然で高級インド料理店のポスターかと見紛う上品なゴージャス感や
美女を従えての名家でのお茶会に慣れた振る舞いと挙げたらきりがなく、この役も何処かの機会に再度鑑賞できたらと祈願しております。

白ウサギの木下さんは職人芸が光り、前回以上に舞台をぐっと締める加えて華やぎもある活躍で
常にカリカリ神経質で愛用の時計を大事そうに持っているのも頷けるウサギさん。中でもタルトを一時預りしながら、命の危機の迫りも気にせず呑気に愛を語る
アリスとジャックに向けた苛立ちに面白味があり壁側にひっそり隠れて白ウサギはミタ状態で眺めたり
タルトの匂いの誘惑に負けそうになり一舐めしてしまうも罪悪感からか壁に指を擦り付けたりととにかく細かく観察大忙し。
カウント難解な開廷のソロもぴりりとスパイスが効いた風味を出して捻りだらけの曲調にもぴたりと合って隙もなく、唸らせるものがありました。

速水さんは初日はだいぶ緊張なさっていたのか、また小道具の扱いにも苦労が見えた気もいたし、いつもの勢いが控えめであった印象でしたが
11日昼公演での3幕裁判開廷を告げる急速なテンポや断崖に立つかのような捻りポーズを駆使してのソロは切れ味も良し。
タルトのお盆持ってうかうかしているアリスとジャックをハラハラ見つめる時間帯を始め、
芝居心が尚あると物語の展開の要としての存在がよりはっきりと見えたかと思います。

今回ひょっとしたら最も驚かされたのが中島さんの白ウサギ。前回務められた、プリンシパルである奥村さんが怪我で降板され
抜擢されただけあってさぞ重圧もあろう、序盤から緊張の糸がなかなか切れず冷や汗な展開になるかと思いきや心配な部分皆無。
幕開けから英国紳士らしい品で舞台を飾り、鬘も違和感無し。アリス達への本の読み聞かせからして落ち着いた風情があり
4階席末端まで語り口が聞こえてきそうなほど、引き込まれるものがありました。だいぶ勝気そうな小野さんアリスからせがまれても温厚に受け止めの切り返しで
ベンチでの会話も台詞が聞こえてきそうな表現で楽しませてくださいました。アリスへの手助けは細やかに、裁判進行は堂々たるもの。
エピローグにおける写真愛好家なカメラの持ち方も好印象でございます。
前回ゴールデンウィーク公演『シンデレラ』ではヒマラヤフレッシャーズこと王子の友人長身若手チームに属してはいらっしゃいましたが
他の3人に比較するとこれといった色味が淡めであったのが正直なところで、軽やかな太田さん、優雅な仲村さん、パワーと貫禄備えた渡邊拓朗さんと
個性が前面に出た面々と横一列に並ぶと綺麗ではあっても何処か淡白な印象が残っており、白ウサギに決定発表時は随分と心配したものです。
ところがいざ幕が開くとそんな心配を募らせていたことすら忘れ去るほど、夢中になって読み聞かせに耳を傾けているアリスと同様にすっと物語の、
当時のオックスフォードの世界に導かれましたしアリスとジャックの危機が迫るタルト御盆場面においては
スローモーションでタルトの誘惑に耐える様子まで体現され、ただ綺麗なだけではなく奇怪な要素も含めた白ウサギさんの性分が伝わりました。

ハートの女王様も三者三様。まず益田さんが前回以上に大進化を遂げ、冒頭から娘達を注意する強面な母親ぶりやお茶会を取り仕切る貫禄を感じさ迫力強まる姿を披露。
ハートの女王になってからは表情を強烈に作り過ぎず、代わりに腕全体で突き刺すような鋭さと美をとことん見せていた効果もあって
品を失わず王族らしい格の高さを体現していた点や前回やや遠慮がちに感じた王様を尻に敷いてのやりとりも吹っ切れていて見事。
失礼な話、当初ファーストキャストを不安視しておりましたが蓋を開けたらファーストに相応しい
キャラクター達の個性衝突な3幕裁判証言のカオスな場においても支配力を持ち、時折ふと蕩けるような可愛らしさも見せる多彩な魅力凝縮な女王様でございました。

10日の夕方に翌日昼公演を最後に退団が発表された本島さんは圧巻たるや、11日昼公演ではアリスの母としての登場から大拍手。
古き良き品を湛えたマダムでミントグリーンのドレスがたいそう絵になり、キャロルによるハートの手品の止めに入るときのツンと澄ました表情や仕草にも惚れ惚れ。
女王では高笑いから怒りっぷりもゴージャスでたっぷり笑わせていただきましたが、生来の美貌は当然ながら高貴な艶が芯にありずっこけても美しさは健在。
タルトアダージョにて家臣達を叱り付けても核心にある品性は決して崩さず、凛然とした振る舞いで
魅せてくださるからこそ家臣達もそして観客も平伏し付いて行きたくなるのでしょう。
裁判の最中よくよく観察すると、隣の席にて相変わらずマイペースな王様に対して苛立っているだけでなく一緒に新聞に目を通して頷いていたりと
本当は仲睦まじい関係が見て取れ、公衆の前では強がっている女王にとって、実は心の拠り所な伴侶であったかと推察。
だからこそ最後玉座から突き落とされる場が哀れでならず。この部分の意図は今も気になっております。

プリンシパルキャラクターアーティストの階級が設置されて任命され、まだ時間も経過していない段階での非常に惜しまれる退団で
出演者特にこの日の主演を務めた池田さん井澤さんが何度も本島さんを立てては前に出るよう促していたりとカーテンコールは特別仕様。
そして緞帳前に本島さんが登場し再び観客に挨拶をしていると、怯える⁈タルト家臣達が
逆走貨物列車のように現れ、アダージョのときと同じくビクビクしながらの先頭譲り合い。
そこでここでも女王様へのお仕え第一担当は家臣達の学級委員長ことハートの2番。代表して跪いて女王様へ赤薔薇の大花束贈呈でした。
しかしここで一件落着ではないのが良いところで笑、女王様が苦手な白薔薇が一輪だけ混在。
女王様が事態に気づくと、家臣達は情けない様子でスタコラサッサと逃亡し、女王様は大笑いしながらも
首斬りのポーズで観客沸かせ花束を大事そうに抱えて戻っていかれたのでした。それにしてもいつ打ち合わせて練習したのかこの贈呈式。
渡す係、白薔薇混在第一発見者、続いて怯える人、と役割分担も盤石且つ自然な進行でございました。
恐らくはほぼ毎日女王様からお叱りを受けていたであろう家臣達は毎晩ハートの2番を議長として反省会の連続であったでしょうが
女王も愛情を注ぎ、信頼して接していたのであろうと裏側が見えてくる、そんな贈呈式でした。

2006年のデニス・マトヴィエンコさんとバンジャマン・ペッシュさん2人のアルベルトと組み、初々しくも2人に対してそれぞれ違うアプローチ
(裏切り発覚の場にて、マトヴィエンコは純情系青年であったため悲しそうに、ペッシュはプレイボーイ系であったため憎悪も滲ませていたかと記憶)で
臨まれていた『ジゼル』を始め古典の主役に抜擢され続けていた20代の頃の本島さんも魅力はありましたが
現在のほうが身体つきも踊りも隅々まで洗練され、年々美しさが増していた印象しかなく
一昨年1月のDGVにおける第一区での暗闇からぽっかりと浮かび立ちながらレオタード姿の肉体で軌跡を描いていらした姿や
昨年のナットキング・コール組曲での黒いドレスで現れ貝川さんと踊る色っぽい姿といい息を呑んで見つめてしまいました。
真っ赤なチュチュを着用しポワントでたっぷりと踊る、主役に匹敵する役柄で最後を飾られての退団は本島さんらしいご決断であったとも思えます。
8月には大和シティーバレエにて、渡邊(峻)さんと組んでの主演『雪女』が今から楽しみでならず、指折り数え心待ちにしております。

初挑戦の木村さんは最初こそ余りに顔の表情付けが強烈かなと思いきや、身体を目一杯使っての大胆な振る舞いと愛嬌が覗く一瞬をバランス良く見せていた印象。
肉体大改造して挑まれた大役にて、大先輩方が固めるアリス、ジャック、王様にも物怖じ一切せず斬り込んでいく姿が痛快でした。
可愛らしいお顔立ちの木村さんの風貌が一変した、眉毛を細めに上のほうにカーブを帯びて描いたメイクが、作品にもよるのだが何処かヴィヴィアン・リーを彷彿。
(お若い世代の皆様、ご自身でお調べください)
タルトアダージョも周囲の仰け反り納得な暴れっぷり(褒め言葉)で、その時の王様の行動を見てみると舞台後方でゴルフ(クロッケーか?)の素振りをしたり
散策したりと自由気まま。騒ぎの声がすると陪審員達と同等な立場で生垣から光景を窺っていて、実質政治権力は女王が掌握していた王国であったのでしょう。
しかしいざとなれば被告人のジャックにも証言の時間を与える毅然とした懐の深さもある王様を、貝川さんが全日通して3人の女王様を相手に好演されていました。
ハートのマーク付きな新聞黙読習慣を大切にしている点やとぼけた表情、指輪を磨く様子と言い掴みどころはこれと言ってないが、惹かれて止まない王様です。

4キャスト登場したマッドハッター。前回もゲスト出演されたマドゥン さんは前回はそこまで感心せずであったのだが(失礼)
今回は場をぱっと華やぐタップで沸かせ、いかれ具合と、リデル夫人達への接し方における紳士な面の対比が
最もはっきり表れていた印象。派手メイクにピンクの衣装でも綺麗目な容貌でした。
中島さんは初回は音に少々遅れ気味に思えてしまったものの徐々に役にも馴染み、福田さんはタップは軽やかで飄々ぶりと狂いっぷりも程よく混ざって、
お茶会ではナプキンリング落下だったかハプニングもあったか、ケーキの奪い合いだったかビクトリアケーキを突き刺していたか(高崎と混在していたら失礼)目が離せず。
(ちなみにお2方とも高崎公演では大進化)

そしてオリジナルキャストのマックレーさんは別格な存在感で、冒頭から怪しさ全開。
お茶会での終盤、オックスフォードサスペンス劇場リデル家の事件簿とも呼称するべきか
穴に入って行くアリスが視界から外れてしまうほど、歪みを帯びた音楽と合わさってのカトラリーやお菓子を手に狂暴な様子がゆったりと膨れて行く光景及び
執事も巻き添えになって体当たり交戦してはメイドやラジャ、お付き達も事態に悲鳴を上げ出す現場と化。
この場から狂わせ番長な役であるのだろうと腑に落ちたのでございます。
2幕のステージでは幕が上がり、静止状態であってもギロリとした眼球が4階末端にいた我が目に焼き付きこの時点で身震いしてしまったほど。
タップ音の響かせ方が細かく鋭く、更にはアリスや三月うさぎ達との掛け合いや絡みも心から楽しんでいてその空気が好循環。
3幕裁判も陪審員らも素で歓喜するのもごもっともである独壇場になりつつも箱の中で料理女達と和を維持するところは維持し
終盤アリスとジャック逃亡の陰で三月うさぎと2脚の玉座に腰掛けての高速足技ステップも騒ぎの急加速とスリルに繋げていた印象です。
2幕のステージ及び玉座腰掛け双方にて息が抜群に合っていた清水さん三月うさぎにも天晴れでした。
千秋楽カーテンコールでは観客に一旦静寂を求めるとタップの大サービスで沸かせてくださり、場内熱狂の渦と化。

またイモ虫に宇賀さんが音楽によくのっていて背中が柔らかく妖しく語り、スピード感にも驚愕。ラジャ姿では一見少々地味ではあったものの
傘持って去るときの腰のくねくねぶりも滑らかで裁判証言でのお披露目も陪審員女性陣を釘付けに、男性陣を嫉妬させてしまうのもごく自然に思えたのでした。

全役柄の中で最たるおっかなさであろう料理女は初役渡辺さんの狂おしく突き抜けた踊りや
華奢な肢体とは思えぬ、包丁や台所道具持っての公爵夫人とのバトルでも軽やかさ健在で嬉しい驚き。
同じく初役木村さんの、生来の柔和な容貌からは到底想像がつかぬ造形も凄まじく、向かうところ怖いもの知らずで包丁打ち付けてのジャンプもパワフル。
前回に続く中田さんは肝っ玉ぶりに拍車がかかり、鍋やらヤカンやら台所道具の音がガンガン鳴り響く空間を自在に操る存在感。
お三方とも、3幕騒動に紛れて首切り執行人と恋仲になるときだけは心を許した恋する女な色目使いや
既にかかあ天下風なお尻軽く叩いての愛ある励まし方といい強面な台所とのギャップがたいそう魅力に映った次第です。
料理女とバトルを繰り広げる公爵夫人の小柴さんは暴れても美形なマダム。福田さんは可愛らしいマダムで、白塗りに付けまつ毛メイクが
大阪や徳島での『くるみ割り人形』におけるギゴーニュおばさんのときの師匠矢上恵子さんの生き写しな風貌。降臨したかと思ったほどです。
お二人とも、巨大な鬘にフリル盛り盛りな重たいドレス着用で脚を振り上げては縦横無尽に駆け回る過酷そうな振付であっても難なくこなし、スパイス一気投入に成功。

ずっこけな振付が多い分、僅かなズレが大事故にも繋がりかねないハートの女王が燦然と暴れ回るタルトアダージョも連日沸き
4人の家臣達の鉄壁サポートと面白くその場ですぐさま対応可能な芝居心無しでは成立しない場面。
先頭家臣であり学級委員長な役割でもあるハートの2番は前回に続き福田圭吾さんと渡邊さんが交代で担当。
中でも女王からとどめの股間激突蹴りを食らい、痛がりながらパートナー五月女さんが介護士の如く支え付き添いベンチへ向かう渡邊さんの姿の哀れなことよ涙。
このお2人は立ち役にいるときもほのぼのカップルを演じられ、白ウサギのけたたましいラッパ音が鳴ると
渡邊さんが大きな両手ですっぽりと五月女さんの両耳を塞ぐ人間耳当てを実践。
この場面を話題にするたびに我が両耳に手を当てながら再現してくださるお世話になっている友人よ、毎度ありがとうございます。
待機ベンチでイモ虫真似や両手広げた守備に挑むも結局怯えたりと定点観察に集中力を注いでいたのは致し方ありません。

タルトアダージョに話を戻します。大柄な趙さんがるんるん歩きしたのちにタルトを食べてしまったがために
正座して許しを求める甲斐もなく連行されてしまう展開も笑いがなかなか止まらず。
日によってはバレエマスター菅野さんがこの位置に入ったりと、一応固定チームは2、3通り組まれていたのでしょうが故障離脱者が相次ぎ
フラワーワルツや3人の庭師も含めもう組み合わせは日替わりパズル状態に。昨年の同時期『ライモンダ』5回公演に比較すると公演回数は倍に
しかも平日昼公演以降は5日間連続(土曜日は昼夜)でしたからコンディションの維持特に男性陣は実に困難であったかと察します。

前回のバレエ団初演時も楽しみましたが、仕掛け盛りだくさんな大作なだけあり、観る度に人物関係の絡みや音楽のからくり等発見の連続。
中でも音楽は編曲しながらの繰り返しフレーズの箇所に初めて気づいた箇所もあり。お恥ずかしい話、1幕料理女の場面の次にあたる、アリスと白ウサギが女王のお仕置きと時計の針の動きを真似る箇所やタルトアダージョが2幕のフラワーワルツの編曲版であったのは今更ながら耳に衝撃。
それから料理女の厨房と裁判前のトランプ群舞中盤の軽快路線な曲も実は同じ旋律を全く違う楽器で奏でていた点も驚かされたひと幕でした。(もし聴き間違いでしたら失礼)
トランプのときはムソルグスキー『展覧会の絵』内の雛鳥達の曲に似通っているとも思えましたがどうやら勘違いであったもよう。

また場面の途中で新たな小道具が出てくる箇所もあり、3幕のクロッケ用のフラミンゴや女王が一喝するときに用いるハートのステッキは
どさくさに紛れて家臣達や(陪審員も?)が運び屋を行っている様子を、ファースト主役以外の日程にて
ハートの2番の監視を上階から双眼鏡を両目に押し付けながら務めているときに発見した次第です。
個人の名前の無い、所謂コール・ドや周囲を取り囲む人々の総力も初演を経て、或いは吉田都監督体制になってからの影響もあってか精度も格段と上がり
トランプはより鋭く、時には容赦無く通り道の制止も決行する酷薄な面をも急速な曲調と戯れながら機敏に表しこなしてしまう水準の高さに毎度唸りました。
そして3幕女王の傍若無人ぶりや証言カオス現場を見守る陪審員や家臣達の芝居が何処を眺めても面白く、動体視力の訓練にはもってこい笑。
前回もニンマリが止まらなかった、イモ虫による妖しげな証言ソロ時の周囲のベンチ着席者達の様子
(但し特に凝視していたのはセカンドハート2番登板日であった旨はお許し願います)は
今回更に密度及び毎度違うアプローチで楽しませてもらい、お腹をくねくね真似事している日もあれば
駆け寄っていく女性パートナー達を嘆き、嫉妬する気力もなく項垂れたままお互いの背中を静かに摩り合いながら励ましている日もあり。
後者は懐かしい既視感ある光景、そうだ自宅近くの団地の広場にてゲートボールに勤しむ、腰掛けて出番を待つ高齢者の方々だ。
それはそうと、男性陣が足りず他のバレエ団にまで緊急招集がかかったのか、研修所出身で現在NBAバレエ団にて活躍中の三船元維さんも
楽しそうに何ら不自然さなく馴染んでいて、驚き嬉しい光景でした。
顔を深緑に塗って樹木の装置を全身に被せ、視界良好とは言えないでしょうに、クロッケーの試合やタルトアダージョの演出
更にはジャックの侵入時の隠れ場のお供としても活躍する生垣達の統制の取れた動きも拍手を送りたいばかりです。

総じてどうしても腑に落ち切れぬ箇所もあり。まず自身のサービス精神が原因で誤解を招き、ジャックが解雇されながら
一瞬は怒り悔しがるものの直後には着替えて平然と踊ったり、客人達をもてなすアリスの行動。
しかし体裁を重んじる保守的な家に生まれた以上、加えて来客多数なパーティー開催日ですから
来客に失礼がないよう、事が起きても表には出さずにいるのがリデル家の掟なのかもしれません。
何不自由なく暮らしていそうであっても案外窮屈な生活を強いられているとも思えてきました。
ジャックが立ち去る寸前、腕を上下に旋回させながら闊達に踊る アリスと姉妹達トリオの愛らしい姿から
音楽が膨らんで両親達も優雅に踊る流れが我が心を毎度突っつき、されど裏では身に覚えのない罪で退去を命じられたジャックが荷物を纏めている最中と思うと
冒頭部分のみで階級社会の光と影が短時間で一気に描かれていると見て取れ、プロジェクションマッピングやパペット等を用いた
仕掛け盛りだくさんで奇抜な色味衣装も豊富な、単なる娯楽系作品では全くに無いと再度思わせました。

それからエピローグにて、ジャックのスマートフォンでキャロルがアリスとジャックを撮影する場面。
やや身勝手な言い分は承知であるものの、いくらエピローグの時代設定が現代であるとは言えど
古典を基盤にした全幕のバレエ作品にてスマートフォンが登場した途端に普段の生活感が出てしまい、劇場でバレエを鑑賞している気分が削げてしまう印象も否めず。
では何なら良いのかと聞かれたら返答にも困り無責任極まりないのですが、せめてデジカメであって欲しいと願うのは
東京公演の次の北関東の会場が私が嘗て複数店舗で勤務しデジカメ販売担当経験もある量販店の全国総本店の目と鼻の先の立地も
何かしら影響を及ぼしている、わけはございませんが、決して無縁ではない気もいたします。
東京公演は無事全日程実施でき、全体の完成度も格段に上がっての披露を、本来ならば自身の監督任期最後の再演を予定しながら中止になってしまった
大原前監督がもしご覧になっていたら、きっと割れんばかりの拍手を舞台に向けて、
世界中が大変な最中に就任した吉田監督にも送ってくださっていたに違いありません。
バレエ団初演時も楽しみましたが、再演を8回鑑賞しても未だ把握し切れずにいる細かな要素もまだまだあるであろう大作です。





初日、白ウサギさんとキャスト表。キャラクター達のパネルは日々最適な場所!?に移動されていました。表はトランプマークの模様です。



本島さんハートの女王パネル。高貴で気高い女王様です。10日(金)、学校団体の女子生徒さん達が
集合して一緒に記念写真を撮っていて、劇場空間を満喫する微笑ましい光景にも出会いました。



本島さん退団のお知らせ。前日10日(金)夕方に発表され、突然の事態に言葉も出ず。舞台写真を眺めながら当時を思い出します。
山本隆之さんとも多く共演され、ビントレー振付『アラジン』世界初演のプリンセス役も本島さんでした。
主役デビュー時の貝川さんとのカルメンを拝見できずであったのは悔やまれますが、碓氷さんと組まれた再演時は鑑賞が叶いました。
そして特に忘れられぬ舞台は『マノン』。近寄り難いほど妖艶な魅力を持ちながらも脆い部分もあり、
そんな危ういヒロインを山本さんデ・グリューが何処までも優しく受け止めている光景が心深く刻まれ、今までに涙した舞台3本のうちの1本です。
これまで約30年およそ1000本弱はバレエを観ておりますが感激した舞台は多数あるものの
繊細さに欠けた感性であるがゆえに感涙に咽んだのは国内カンパニー、来日公演含めても3本のみ。その中の1本に含まれております。



2階通路にもトランプが道を彩っています。



当ブログレギュラーの大学の後輩とアリスなお店で昼食。トランプ兵が門番をしています。



入口のアリスと消毒液。白ウサギを追いかけ中だそうです!



後輩はチェシャ猫のパスタ、私は似合わぬと分かっていても可愛らしいアフタヌーンティーセット。お皿もアリスの挿絵が描かれています。
壁も白ウサギやトランプ、イモ虫等、物語のキャラクター達がいっぱい。
我々が座っていたソファー席の壁は庭園の迷路風で緑色。薔薇のクッションもございました。



テラスでワイン。猛暑前で良かった涙。



毎度の劇場内マエストロへ。今回2度お世話になりました。サインメニュー、記念になります。



スモークサーモンと生ハム。庭園を彩る赤い薔薇の花びらをイメージさせます。



海老とズッキーニのジェノベーゼペンネ。庭園の緑が覆っているように見えます。



サーモンとパプリカのスパゲッティ。明るい色彩な一皿です。



ミックスベリーのミルクレープ。甘さを極力抑えた、爽やかなケーキでした。紅茶と一緒にいただきます。



隣の幡ヶ谷駅から徒歩7分くらいに位置する焼き菓子店にて、ビクトリアケーキとキャロットケーキ。
ベリーのジャムが挟まった、アリスにも登場するビクトリアケーキは想像以上に生地がしっかり弾力があり、食べ応え十分。
キャロットケーキの上のクリームがややざらっとした舌触りで美味しうございました。ポットの下には豚さんのコルクマットです。
そういえば、2幕ではビクトリアケーキを模したクッションでアリスが飛び跳ねる場面があり憧れを抱いておりますが
嘘のような本当の話、中学生の頃に家の木製の椅子を割ってしまったことがある管理人。
(着席した途端、ばきっと真っ二つに割れました涙。確かに小学校卒業時や中学生の頃、その後大学時代も
現在より遥かに膨れた重たい身体つきではあったがまさか思春期に家具を壊すとは、当時の衝撃たるや)
我が重量に耐え切れずクッションが裂けるのは目に見えております。



イチゴとライチのカクテル。ケーキも良いが、カクテルに盛られた苺もまた良し。
ハートの女王様の寛ぎの時間に苺のジャムタルトは欠かせないのであろうとこの日に退団公演を終えられた本島さん女王に思いを馳せながら想像。



ちょうど英国の料理番組でパイの歴史について視聴したばかりのため、注文。労働者は汚れた手でも食べられるよう耳の部分を手に持って食べていたとか。



王道ですが、フィッシュ&チップス。そういえば、ハートの王様が愛読していた新聞の内容が気になるところ。
読み終えると椅子の下にきちんとしまう、律儀な王様でございました。
向かいに座っていた、日頃仕事と両立しながら鑑賞とレッスン双方に力を注ぎ勤勉な姿勢を貫く友人が、
偶然にも3幕トランプ群舞直前の、チェシャ猫前での陪審員や家臣達の集合ポーズな仕草をしていて良い記念。



真っ赤なドリンクで締め括り。ファーストジャック、セカンドハートの2番、そして本島さんの美しく気高いハートの女王。
我が胃袋は糖分と油分過剰摂取状態にございますが汗、心は現在もマイク眞木さんの1966年の代表曲の如く、真っ赤な薔薇が咲き誇っております。
※群馬県高崎公演へ続く。

2022年6月23日木曜日

高崎で意気投合  B’zとバレエ





更新が滞り申し訳ございません。待っていらっしゃる方の数は一桁かと存じますが管理人、生きておりますのでご安心ください。
新国立アリスの感想は、相変わらず頭の働きが宜しくないためまだ時間を要しそうではございますが悪しからず。
既に高崎公演に至るまで綴ってくださっている方もいらっしゃいますので検索の上、そちらをどうぞお読みください。

さて少しバレエから離れる話も登場しますが、先日行って参りました新国立劇場バレエ団『不思議の国のアリス』群馬県高崎公演での出来事です。
この期間、高崎駅周辺のホテルは随分前からほぼ満室。人気ロックユニットB’zのコンサートが高崎アリーナで開催される影響があったもようです。
ちなみに群馬県ご出身の新国立劇場バレエ団井澤駿さんも昨年のダンスマガジンや福田圭吾さん振付ロックバレエでのプログラムにてB’zがお好きと語っていらっしゃり
所属するバレエ団の初の地元公演と大好きな歌手の地元公演の開催が重なったことを果たしてどうお感じになっているか気になるところです。

駅周辺はライブTシャツをお召しになった来場者も多数、ホテルによってはロビーでライブ映像を流していたところもあったとのこと。
新国立アリスもTシャツがあれば私も勇んで着用し高崎入りしていたでしょうがいかんせんバレエには公演お揃いTシャツを着用しての鑑賞文化はありません。

私が宿泊したホテルも当然ながらB’zファンの皆様が大勢利用されていたようで、朝食会場でも着用された方を何名も見かけ、朝から気持ちも入っていらしたかと想像。
眺めているだけでも、分野は異なれどお互いに目当ての公演楽しみましょうと心の中で挨拶が止まらずでした。

B’zファンの方々と意気投合した出来事もあり。土曜日の夜ホテルの共有空間にて、会話からして
ライブ来場者であろうとは想像できましたが、ちょっとした接触の機会にお2人組が声をかけてくださったのです。
バレエ鑑賞趣味何十年の私であってもB’zは存じており、されど詳しいほうでは全くなく、
咄嗟に浮かんだ曲はlove me, I love youとLOVE PHANTOM。
いずれも四半世紀以上前の曲ですが、それでもライブに来たわけではない私が少しでも曲を知っていたことにその2人組はいたく喜んでくださり、曲の特徴及び
私の素朴な疑問である稲葉さんが30年以上容姿が不変な印象しかないと申すと、最近ライブで嘗てほどが跳ばなくなったそうで
まるでバレエ鑑賞愛好家同士でダンサーの話をしているときとそう変わらぬ話の展開に驚きを覚えたものです。
先述の通り、すぐさま思い浮かんだのはlove me, I love youとLOVE PHANTOMの2曲でしたが同じく20年以上の曲ばかりながら他にも 『今夜月の見える丘に』、Liar! Liar!、『愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない』、Real Thing Shakes等思い返すと耳に残る曲が次々と脳内を流れて参ります。
今夜、、、は主人公の女性が図書館勤務である点に惹かれて視聴したテレビドラマの主題歌で、エンディングに流れていたかと記憶。
ギターの前奏と、女性が出会った美容師の男性の包まれた仕事道具が机上に広がる光景がぴたりと合っていたと記憶しております。
全話は観ておらず、また出演者目当てでの視聴ではなかったため、木村拓哉さんの長年のファンであった亡き祖母は複雑な心境であったかもしれません。
Real、、、はある番組を録画したつもりが予約チャンネルを間違い、誤って録画してしまったドラマの主題歌であったため今も頭の片隅に残っております。

思えば大概は観客も叫んだり一緒に歌う類のコンサートは、基本静かに着席して鑑賞するバレエやクラシック音楽会よりも感染リスクが高く
随分と長く中止を余儀なくされてきたはず。昨年12月にはL'Arc~en~Cielがワクチン・検査パッケージを用いてのチケット販売を
政府や地方自治体と連携しての技術検証実施の取り組み報道も目にし、関係者の努力と観客の協力双方の結束が窺えます。
同じく先週末はさいたまスーパーアリーナでは福山雅治さんのコンサートが開催されていたそうで、もし高崎開催で福山さんファンの方と交流があったなら
HELLO、Message、桜坂しか知らずその3曲で押し通していたかもしれません。

ところで、今回のB’zファンの方々との交流でまず感じたのは、分野は違えど通ずるものがあること。
遠征して宿泊もして、心から好きな芸術を大きな会場で生で体感、堪能する喜びは共通でございます。

そしてもう1つ、特定の分野以外のことにも目を向ける大切さ。何度も繰り返しになり恐縮ですが私はバレエ鑑賞趣味歴は長いものの
決してバレエ「だけ」ではなく、特に25年前前後は比較的様々なものにも興味を持っており、その興味分野の1つが日本の流行音楽でございました。
日本バレエ界においては新国立劇場が開場した四半世紀前辺りで流行邦楽年表が止まっていると言われたらそれまでですが汗
一時期ではあっても関心を持ち敏感になっていたのは今思えは良き経験であったと捉えております。当時我が齢はいかほどであったか、
思春期に元祖の御三家に黄色い歓声をあげていたと思われがちではある管理人ですが(私の母校と同地区の学校がモデルとされる舟木一夫さんの高校三年生は名曲です)
動画サイトも無かった1997年前後はCDがよく売れた時代。B’zは勿論、小室哲哉さんが手がけた楽曲を始め
Mr.ChildrenやGLAY、スピッツ、サザンオールスターズ他にも実力者達が熱く鎬を削り、ミリオンセラー連発の時期でございました。
半ば無理矢理アリス繋がりで、1998年にはマイリトルラバーによるALICEも発売され、
宣伝映像広告だったかでよく耳にしたものです。しかし管理人はHello,Againのほうが好みでしたが、話が逸れる一方ですのでそろそろ次行きます。

そしてふと思い出したのは最近Kバレエカンパニーの主演にも復帰され、スクールでも指導をなさっている浅川紫織さんのインタビュー。
子供達を指導する上で大事にしていることとしてバレエ以外の事柄にも目を向け視野を広げる大切さを語っていらっしゃいます。
中でもバレエ以外を知らない子どもになって欲しくないとの言葉や親御さんの接し方についても強く響きました。
https://news.yahoo.co.jp/byline/miyashitasachie/20210203-00219894

私なんぞ子供の頃に習っていたとはいえプロのプの字は微塵も意識せず、踊るよりも観ること本で調べることのほうが好きな子供でしたから
仮に先生がバレエのレッスン一辺倒なお考えであったとしても聞き流していた捻くれ者な子供認定の可能性大ですが
過剰なまでに熱中するがゆえにいざ怪我等で躓いたとき、バレエ以外何も拠り所がないのは子供の心も闇深いものになってしまうと思います。
話が飛びますが一昨年映画『ミッドナイトスワン』を鑑賞したとき、主人公一果の親友でプロを目指す厘が怪我でバレエを断念しなければならなくなったとき
医師の前で母親が「この子にはバレエしかない」と訴えた場面があり、一番宜しくないパターンであろうと推察。
つまりバレエを抜いたら何も残らないと子供に対して言い放っているも同然で、厘は断崖絶壁に立たされる思いに駆られたのは想像に難くありません。

話があちこちに飛びましたが、目指すところは共通であるだけでなく色々考え耽ったB’zファンの方々との交流でした。

そういえば高崎滞在中、ホテルの大浴場に置かれていた体組成計測器に乗ったところ、思わず目を疑ったのは我が体年齢でまさかの「18歳」と表示。
未成年ですから飲酒不可か否かは横に置き、筋肉量や基礎代謝量等を基準に算出されるらしいのですが
昨年のお正月太りを反省し今年は年明けから肥満防止のために継続しているカエル逆足上下体操やら股関節ぐりぐり回転や肩甲骨山の字体操が
効果を見せ始めているとは未だ思えず、定期的な有酸素運動習慣もなくここ数週間糖分摂取量がかなり多めで健康管理不自由分な身でありますから不思議で仕方ない。
私で18歳ならバレエダンサーの皆様は測定不可能ではなかろうか。結果を鵜呑みにはせず、慎重に受け止めたいと思っております。
それはそうと一応は実年齢よりは多少身体は若年ではあるのでしょう。身体は若く、高崎で出会った2人組にも敬意を込めて内面はultra soulで今後も人生歩みたいと思っております。



※上の写真  B’zのライブ来場者向け看板にアリスも仲間入りさせてもらいました。ヤマトぐんまちゃんが可愛らしい。

2022年6月9日木曜日

アリスとお菓子

東京は梅雨寒が続いており、今宵も涼しい風が通り過ぎて行く気候でございます。
現在東京都の初台では楽しいお茶会が連日繰り広げられていますが、例によって管理人は感想を綴る行為が恐ろしく遅いため
2月の出来事及びやや場繋ぎな内容も絡んでおりますが悪しからず。

ここ何週間か英国の映像を目にする機会が多く、まずはエリザベス女王の即位70周年行事。盛大な祝賀パレードや女王とパディントンのお茶会まで開催されたとか。
お菓子とお茶で寛ぐ文化がこうもユーモアなお祝いにも発展するとは、驚くと同時に王室の出来事であっても何処かほっこりとする話題を目にした思いでおります。
『不思議の国のアリス』でもお茶会は欠かせぬ要素の1つですが、最近夜テレビをつけていたところ
英国でのアマチュアによる焼き菓子やパン、パイ作りのコンテスト番組『ブリティッシュ・ベイクオフ』を視聴。
シリーズ化もされているそうで、英国内では人気番組であるらしい。予選を勝ち抜いた実力者達がお題のお菓子作りの腕を競い合い
複数名の審査員の中には英国料理界のクロード・ベッシーを彷彿させる辛辣な批評をする方もいれば穏やかに励ます方もいて、視聴者の立場でも緊張をもたらされる番組です。
ダイジェスト映像を見ると英国の伝統菓子らしいものが揃い、アリスのお茶席を思い出してはお腹が鳴る食いしん坊の管理人です。






ちょうど先週の放送日はコンテストの舞台がコーンウォールの漁村マウゼル。この日は晴れ間が広がり、風光明媚な風景が覗く一方
波が鋭く荒涼とした海景色も映し出されては『トリスタンとイゾルデ』の舞台であると思い出させ、
2006年公開の映画も観に行ったほどこの話が好きな者としては胸を高鳴らせたわけでございます。(ワーグナーのオペラは長過ぎて観る自信が無い汗)
思い返せば1年前、新国立劇場6月公演『ライモンダ』上演期間中に開催されていたのがG7コーンウォールサミット。
連日報道映像でも目にし、映画版を思い出しては仕える王からも信頼される誉れ高く美しい戦士ながら王妃との禁断の関係から生じる苦悩が絶えぬトリスタンも
さぞ絵になり役としても嵌るであろうとお方が約1名初台に、と妄想が巡っておりました。どなたか英国版大河のような重厚感を帯びた全幕バレエ化してください。
地域は異なれど、まずは来年ゴールデンウィークの『マクベス』を待つことといたしましょう。

話を2022年に戻します。ブリティッシュ・ベイクオフを視聴していると料理の様子や審査のみならず料理の歴史を辿るコーナーも設けられ、
パイについては中世の宮廷ではだいぶグロテスクな見せ物な役目も果たしていたり、
やがては労働者の携帯食品として重宝されたりと発展の歴史は誠に興味を惹く内容でした。
そして思わず目を疑ったのはジョージ・クルックシャンクが描いたヴィクトリア時代の資本主義を批判する風刺画で
(以下文字化すると残酷な描写もありますがご了承ください)
ソーセージ製造機のような機械で人間をミンチにしてお金として出して行く風刺画でした。この絵を観て真っ先に浮かんだのは
現在初台で上演中の『不思議の国のアリス』料理女の場面で、製造機や後方の大鍋にも豚が丸ごとぶち込まれた美術や装置が毎度強い衝撃を与えていますが
話を戻しまして工業力を始めとして社会が発展していく一方労働者の過酷な環境や経済優先な政策が
いかに行き過ぎた面もあったか、クルックシャンクの風刺画に込められた皮肉は決して過剰な描写ではないと感じさせます。

さて私もいよいよアリス後半へ。お茶会は暫く続きます。英国な食、アリスな食にも出会えそうで、またこちらで紹介して参ります。




遡ること約5ヶ月前、吉田都セレクションが中止になってしまった日程にて、カウンセラー友人の提案で
アリス上演願掛けのため横浜でのアリスのデザートブッフェに行っておりました。薔薇がのったウェルカムドリンクと赤系デザートでまずは撮影。



うさぎさんや猫の肉球チョコレート付きケーキ、この他時計を模したチーズケーキもあり。
友人の3倍は食していたであろう管理人、胃袋はいつまでも成長期のままでございます。
アリスやジャックのパネルが置かれていたら更に気分も高まったかもしれません。
ひとまずは無事開幕し、安堵する日々でございます。



ファーストキャストジャックでない日は再演の今回もハートの2番!!女王様に命懸けでお仕えしているお姿、毎度注目でございます。

2022年6月3日金曜日

【速報】新国立劇場バレエ団『不思議の国のアリス』初日





新国立劇場バレエ団『不思議の国のアリス』初日を観て参りました。
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/alice/

初日カーテンコールの映像もあります。Gパンジャック、爽やかでございます。



公演は群馬を含めれば今月中旬まで続きますので簡単に。
2018/2019シーズン開幕作品としてレパートリー入りし、一昨年2020年には早くも再演が決まっていながら全日程が中止に見舞われ、待ちに待った上演となりました。
米沢さんは活発で好奇心旺盛で要所で濃いキャラクター達のリーダーシップを取りながらもジャックに包まれたときの可愛らしさといったら蕩けそうな少女っぷり。
全編通してほぼ舞台に出ている大変なスタミナを要する役であってもジャック救出大作戦をそれはそれは鮮やかな踊りで描き出し引き込んでくださいました。
そして主役であっても影が薄い、個性が乏しいと言われがちなジャックを場面ごとに見事な色付けで見せてくださったのは渡邊さん。
冒頭の勤勉労働者な庭師では階級社会に生きる厳しさとアリスとだけは打ち解けて心の安らぎを得ていたのであろう青年、
紅白歌合戦紅組優勢な組み合わせである衣装の着こなしも罰ゲームにならず寧ろ身体の整った線から繰り出すテクニックの隙の無さ美しさに見入りっぱなしに。
更に変則だらけなパ・ド・ドゥも実に滑らかで感情を自然にのせてアリスを優しく解していく様子に心を動かされ
カオスな裁判を浄化させる誠実味と勢いが覆い尽くす終盤のソロもただただうっとり且つ奥底まで沁み渡りました。
英国ロイヤルの来日公演で初めて鑑賞したときは、展開を目で追うことで精一杯であった点を差し引いても
エンターテインメント要素は強いがバレエ作品としては如何なものかと思っていた私も、渡邊さんジャックをきっかけに作品に対する印象が大きく変わったのでした。
無罪を証明できずアリス宅を泣く泣くあとにする帽子とジャケットを着けて鞄を持った姿は小津安二郎映画の青年を彷彿させる古き良き趣き労働者な庭師から
紅白ぱっくりハートの騎士、ブラウス、Tシャツとジーパンまでどれも絵になり、ジャックコレクション2022今回も堪能でございます。

職人肌に加えて吸い寄せるオーラと全体を締める活躍にも目を見張った木下さんの白ウサギや
マダムオーラの迫力や大胆に魅せる力も増した益田さんのハートの女王、大掛かりな仕掛けの数々からも目が離せず、ご来場の皆様どうぞお楽しみに。
タルボットの音楽がアリスの楽しくも機知に富んだ物語を緻密に描き、特に幕開けにおけるミステリアスな打楽器音から始まり徐々に音色がじわりと重なって厚みを増していく中で
アリス達が現れる流れは、本のページをゆっくり捲りながらヴィクトリア朝時代にタイムスリップしていく心持ちとなり、胸躍る幕開けです。
アリスとジャックのテーマ曲を始め繰り返されるフレーズも耳に残ります。
詳しい感想はまた東京公演が終了してから書いて参ります。



※忍耐力に自信のある方は、前回の新国立劇場バレエ団『不思議の国のアリス』総括感想です。
http://endehors.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/post-084e.html




今年もキャラクター達のパネル登場。ジャックとアリス、3幕の舞台装置模型。



公演特別デザートとしてタルト登場。いちごジャムとブルーベリーの2種がセットです。
こってりな甘さではなく、お酒にも合います。ブルーベリーの果肉が特にしっかり生きています。
ここではタルトを食べても追い出されはしません。ご安心を。


2022年6月1日水曜日

バクランさんが指揮するチャイコフスキーで川口ゆり子さん最後のタチヤーナ バレエシャンブルウエスト『タチヤーナ』





5月28日(土)、八王子市にてバレエシャンブルウエスト『タチヤーナ』を観て参りました。作品の鑑賞は新国立劇場中劇場で開催された2006年公演以来16年ぶりで
ロシア、ウクライナでも上演され成功を収めたシャンブルが誇るオリジナル作品です。今回は川口ゆり子さんが最後の『タチヤーナ』として踊る公演でした。
http://www.chambreouest.com/performance_info/第93回定期公演「タチヤーナ」


タチヤーナ:川口ゆり子
オネーギン:逸見智彦
レンスキー:山本帆介
オリガ:吉本真由美
グレーミン:正木亮
母:深沢祥子
乳母:延本裕子



川口さんは1幕では椅子に腰掛け読書に耽る物静かな少女で、話しかけられてもちょこっと上の空な様子がいじらしい。
但し夢見がちなだけではなく、表情を見る限り登場人物の心の裏側にも迫って描写を味わっていそうな
非常に深く落とし込んで理解しようと真剣な目も印象深く、脳内お花畑ではない理知的な魅力もまた教養豊かなタチヤーナの特徴が引き立っていたと捉えております。
白地に青いリボンを付けた飾り気のないシンプルなワンピースもタチヤーナの内面の純粋な美しさや品位を効果的に表していました。
あからさまに感情を曝け出すのではなく少しずつ、ガラス細工が崩れていくような繊細な表現に寧ろ心をつかまれ
中でもオネーギンから手紙を返されたときの静かな落ち込みからの乳母(確か)に縋り付く姿は印象に刻まれております。
心優しさからオネーギンとレンスキーの争いになりかけた段階からワルツの最中も2人の身を案じたり
3幕でグレーミンの妻となっての華麗で凛然とした貴婦人ぶり、そして未だオネーギンへの想いも断ち切れぬ苦しみを一心に込めたオネーギンとの抱擁からの
グレーミンに身を捧げると決意した旨を伝える葛藤も嵐のような曲調と相乗していつまでも余韻が続いていた気がいたします。

逸見さんはソフトで上品なオネーギン。演出によってはもっと皮肉屋な捻くれ者青年も目にしたことがありますが
タチヤーナに対して小馬鹿にする様子はなく、あくまで自身には田舎暮らしが合わぬと淡々と悟っていると思えた次第。
タチヤーナから読んでいる本を見せてもらうときも嘲笑もせず、少々風変わりで不思議な性格な少女の存在を冷静に受け止めていました。

貴婦人となったタチヤーナに対しては一目見るなり衝撃の雷に打たれたようで、音楽の劇的な起伏と呼応して後悔そしてようやく募った恋心を示す姿も
身勝手に加えて時既に遅いとは分かっていながらも心を動かされそうになる訴えかけで表現。
それにしても赤紫系花柄ガウンを違和感なく着こなせる数少ない日本のダンサーかと思われ、ウォッカ片手に寛ぐオネーギンも目にしてみたかった気もいたします。

興味を惹かれた演出の1つがタチヤーナの夢にオネーギンが出現する場面。綺麗に腰掛けたのちにうとうと寝落ちする
『薔薇の精』少女や『ライモンダ』と異なって机に突っ伏して熟睡し、無我夢中で手紙を綴っていた行為から生じるためか
締切に追われるも睡魔に勝てず寝込んでしまった文筆業従事者にも見て取れ(気付けば雀が鳴き、編集者から催促される運命か)タチヤーナの人間味が伝わる場の1つでした。
またクランコ版ではオネーギンは夢にも黒い服装で登場し、首筋への接吻や大胆なリフトも多用しタチヤーナの官能への目覚めをも思わす魔力が潜んでいそうな夢に対し
シャンブルでは白いコール・ドも付き、オネーギンも白い衣装。ピュアで澄んだ夢世界を描画し、幻想性を前面に出していた点も比較が大変面白く映りました。

朗らかでちょいと軽率な一面も憎めないオリガを務められらたのは吉本さんで、見るからに活発で場を瞬時に明るく照らすオーラの持ち主。
レンスキーとはまさに幸福の絶頂な関係から薔薇色であろう内面が窺え、前向きな様子満々な部分に惹かれ遊びとは言えオネーギンが彼女に関心を抱くのも納得。
きっとお酒も入って皆の気分が高揚としていたであろう命名式の舞踏会ですから、オネーギンがタチヤーナにとって憧憬の対象であると分かっていながらも
ついくっついて踊ってしまうオリガの軽はずみな行為も恨めしいとは思えず
一旦の誤解が更なる誤解を招いて悲劇へと突き進む歯車の狂いの恐ろしさに触れた思いでおります。

山本さんのレンスキーの存在も物語の鍵となり、オネーギンと親友のような仲の良さを肩を組んで踊る振付で描かれていただけに
またオリガのみならずおとなしいタチヤーナに対しても優しく紳士的な振る舞いで接していただけに
(親族付き合いの未来も希望が持てる。婿にしたいとラーリン家が思うわけだ笑)
誤解が瞬く間に怒りの頂点へと達してしまい盟友と決闘する運命になろうとは、誰もが予期せぬ悲劇であったことでしょう。
オネーギンがレンスキーからの決闘の申し出を受け入れたときの音楽がマンフレッドの冒頭で
本来ならば友人同士であるはずがどちらかが命を落とす運命を呪うように張り詰めていく2人の苦しみを、より深々と表す効果がありました。

そして江藤勝己さんの選曲が秀逸で、既に様々なバレエで用いられているチャイコフスキーの音楽であってもそれぞれに場面にぴたりと嵌り、切り貼りした印象が殆ど無し。
実はこの『タチヤーナ』を初めて鑑賞した16年前は誠に恥ずかしい話、チャイコフスキーの音楽を使ったバレエは三大バレエぐらいしか鑑賞した経験がなく
テレビで僅かに目にしたバランシン作品も生では未見。クランコ版『オネーギン』エイフマンの『アンナ・カレーニナ』、マクミランの『アナスタシア』といった
三大バレエ以外のチャイコフスキー音楽で構成された大型作品初鑑賞こそシャンブルの『タチヤーナ』だったのです。
つまりは16年前当時はフランチェスカ・ダ・リミニもマンフレッドも知らず、タチヤーナを観て真っ先に浮かんだ感想は
オペラのポロネーズが使用されていた場面は華麗であった、程度の幼稚な一言にとどまっておりました。
あれから16年、鑑賞作品本数は格段に増え古典以外の作品も多々鑑賞。クランコ『オネーギン』やエイフマン『アンナ・カレーニナ』と同じ曲が数曲使用の点もまた耳も機敏に反応し
同じ曲でも例えばアンナではアンナとヴロンスキーの駆け落ち先のヴェネツィアでの束の間の解放された空間で響き渡る曲である一方
タチヤーナではオネーギンの後悔を竜巻のように沸き立て訴える舞踏会で使用。(曲名分からずで失礼)
同じ曲でも場面によってこうも染め上がる色味が大きく違って見える音楽効果を、チャイコフスキーの音楽の魔力を体感できたのはいたく幸運でした。
フランチェスカ・ダ・リミニにおいてはここ数週間連日聴き入っており、(夜に洗濯物を干しつつこの曲を鑑賞しているのは都内で1人いるかいないかでしょうが笑)
エイフマンでのアンナの精神の歪みを表す男性群舞でも、シャンブルでの終幕オネーギンの執念とタチヤーナの苦悩が
せめぎ合う場面どちらにもしっくりとくる曲であると度々思い返しております。

それから命名式での人間模様の描き方も味わいあり。中盤に民族舞踊団が訪れて披露する場が設けられ、
音楽はクランコ版での1幕の荘園を対角線上に突っ切る辺りの場面の曲で(曲名把握しておらず失礼)
急速テンポで勇壮さも含まれた曲調が耳に残りますが、ただ眺めているだけではなく舞踊団の女性に首ったけになってしまった
男性客人(恐らく土方さん?)と彼をこっぴどく叱るパートナーのやりとりに笑いが止まらず。
物語佳境である、オペラでも有名なワルツでは怒りのバロメーターが上昇していくレンスキーと、からかいを止めず
まだ軽い気持ちで戯れているオネーギンとオリガ、心配そうに見つめるタチヤーナ、後方では前方での一触即発寸前な人々とは正反対に
浮き浮きと踊っていた1人の女性客人がぎっくり腰となり、周囲の人々で集団介助。前方では修羅場、後方ではコミカルな事件が同時進行で描かれ
全く異なる要素でありながら双方曲調には自然と馴染みこれまたチャイコフスキー音楽の寛容な魅力を目にでき再度感心です。

衣装や美術は全編通して優美で爽やか、上品。まさに川口さん、シャンブルが作る物語によく似合い
紗幕に描かれた紅葉に彩られた森と遠方に望む黄金色の玉葱坊主な寺院が旅愁へと一層誘い込むデザインでした。
1幕での紅茶用のジャムを入れた器が木製と思われる黒地に赤や金色の民族模様な食器であった点も嬉々たる注目どころでございます。
(新宿のロシア料理店スンガリーにて似た食器を見た覚えあり)

それから、客席が特に沸いたのはウクライナ人指揮者で、シャンブルのウクライナ公演でも指揮をされ
新国立劇場バレエ団公演でもお馴染みであるアレクセイ・バクランさんが予定通りオーケストラピットに登場されたとき。
今夏来日予定のキエフバレエが政府からのチャイコフスキー曲の使用禁止令に伴って演目変更が生じている事情もあり、
ロシア文学の金字塔な作品且つ全曲チャイコフスキー構成の作品を振ってくださるか、そもそも来日可能なのか、直前まで心配が尽きずにおりました。
現在国外に避難なさっているとは耳にしておりましたがご無事でいらしたこと、そして踊るような情熱溢れる指揮姿はご健在。
薔薇の大きな花束を手に今村博明さんも登場された、川口さんに向けた特別フィナーレでは再度ポロネーズを指揮なさるために挨拶なさった舞台上から
大急ぎでピットに戻って指揮台に立ち猛スピードでスコアを捲って準備完了させる貴重なお姿も拝見です。
今回舞台に近いバルコニー側の席であった関係でバクランさん観察席としては最上級席で、喜びの余りつい細かい箇所まで観察に勤しんでしまいました。
ピットを去るときも演奏者達に対してぎりぎりまで労いのサイン?を送っていらっしゃり、観ているこちらまでもが幸せに浸るひとときでした。
(プログラム内の紹介欄はキエフではなくキーウで表記)

原作が生まれた地域にて、しかも現地を代表する文学作品でありながらウクライナとロシア両公演も成功させた実績は大変誇らしいことで
振付や演出、音楽構成も完成度の高さを証明していると思えます。次のタチヤーナをどの踊り手が務めるか重圧は相当あるでしょうが
継承してバレエ団のオリジナル作品として上演を重ねて欲しいと願っております。




鑑賞前、JR八王子駅すぐそばのこちらの喫茶店田園にて昼食。古めかしい造りが目を惹きます。店名がまたこの日鑑賞の設定を思わす響きです。



ボルシチセット。パンとスープ、サラダと飲み物付き。コクのあるタイプで、具沢山。
店内では時代もお国も様々なクラシック音楽が流れ、クライスラーやロドリーゴが流れたのち
ボルシチが運ばれてくる頃にはチャイコフスキー『くるみ割り人形』花ワルツ。



窓辺から射し込む光が気持ち良く、再度原作を読んでおりました。
文中に、タチヤーナについて「入ってくるなり窓ぎわにすわったほう」との記述もあり。
読書家とは言い難い私ですがプーシキンは好きで、特にオネーギン、バフチサライは瞬く間に読み進めてしまうほど
人間関係の絡みが面白く思えております。(長過ぎない点も良い笑)
オネーギンのロシア語版も借りてみたがやはり読めず諦めた汗。



JCOMホールが入る建物の3階には八王子博物館。写真撮影自由だそうで、機織り体験や
郷土芸能の1つである人形劇の体験もできるようです。そしてタイムリーにもこの日の夜にブラタモリにて八王子特集。



パネルも多数。八王子の歴史を学べます。八王子城趾からは貝殻が発掘されているそうで、
大森辺りからの運搬経路が整備されていた証であろうとの解説があったかと記憶。



終演後、当ブログを移転前の開設の頃からお読みくださっているお世話になっている方とワインで乾杯。
バクランさんの指揮姿を目にでき、川口さんが大切にしてこられた役の1つタチヤーナを見届けることができた喜びを語り合いました。
モッツアレラボールやアボカドのフリットもあり、お酒が進んだ八王子の夜でした。

2022年5月25日水曜日

清泉ラファエラ・アカデミア   バレエへの招待  2022年春期

2022年度も開講した清泉女子大学の生涯学習講座ラファエラ・アカデミア バレエへの招待を受講して参りました。講師はバレエ評論家でいらっしゃる守山実花先生です。
初受講が2013年の春でしたので、五反田に通い始めて今年で10年目。当たり前ですが我が齢の年代も変わり
還暦を迎えたばかりかと思いきやまもなく古希へ向かいつつあるのは真実か否かはさておき、受講の度に鑑賞知識が益々深まる発見の連続です。
https://www.seisen-u.ac.jp/rafaela/

https://rafaela.seisen-u.ac.jp/lecture/detail.php?lecturecd=20221601,20221603


春期のテーマは『オネーギン』。クランコ版はシュツットガルト・バレエ団の看板とも呼べる作品で、来日上演も多数。
私も何度か鑑賞しており、好きなバレエ作品上位13本に入るほど、初鑑賞時から魅力に取り憑かれました。
そう多冊は読んでおりませんが『バフチサライの泉』と並び、ロシア文学の中でも最も好きな小説の1本でもあります。

初回はまず原作について、作者プーシキンや作品の背景といった概要を聞き、そしてクランコ版の第1幕を中心に学んでいきました。
中でも重きを置いて教えてくださったのは音楽構成について。初鑑賞時、振付や出演者よりもチャイコフスキーの楽曲の寄せ集めとは到底考えられぬ、
オペラのエフゲニー・オネーギンの曲は使わずして全体の纏まりや登場人物の感情の襞に至るまで物語る、
この作品のために書き下ろされたとしか思えぬ音楽の構成に度肝を抜かれたあの日は今も覚えております。
劇中で使用されている曲のピアノ版やオペラのロミオとジュリエットの中の二重唱を聴いたあとに
オネーギン用の編曲を聴くとだいぶ違った曲調にも聴こえ、編曲者の手腕に唸るばかりでした。
特に幕開けの序曲から1幕中盤あたりが私は好きで、賑やかに鳴り響きつつもタチヤーナの夢想と憂鬱、
鈴が転がるかの如くオルガの浮き立つ心や翳りあるオネーギンの登場まで一気に語る展開に耳はたいそう衝撃を受けておりました。

それから群舞の振付の面白さについても説明があり、古典バレエな格式ある趣きと主人公が後方にいながら
群舞は快活に、時に哀愁を含みながら進行していく自由度のある趣き双方の合体に今更ながら気づかされクランコの構想力に脱帽です。
そしてダンサーによるオネーギン役の造形解釈の違いのポイントも今後より鑑賞が面白くなりそうで
タチヤーナの本を手に取ったときのオネーギンの表情や反応はじっくり観察してみたいと思います。

それからガラでもすっかりお馴染みである鏡のパ・ド・ドゥ。不穏な曲調が覆う中、憧れの男性が鏡から出てくる何ともロマンティックな場面と思いがちですが
先生の解説付きでよくよく振付を見てみると、タチヤーナはオネーギンから首筋に口づけされていると初めて知り
ただの綺麗な夢ではなく、夢は夢でもパステル画のような淡い美しさではなく何処か黒味も帯びた、妖しく官能的な夢であると考察。
別世界に住む憧れの男性を背後から眺めたり、腕を組むだけでも心臓が破裂しそうな高鳴りを秘めていたであろう初心なタチヤーナからすれば
現実世界ではあり得ぬ事態なわけで、振り上げるようなリフトもてんこ盛り。内気なタチヤーナが瞬く間に大胆奔放になる変わりように再度驚きを覚えた次第です。
人間関係に歪みが生じていく2幕や帝政ロシアの栄華が彩りオネーギンの後悔と懇願が強く刻まれる3幕についても、学ぶ日が今から待ち遠しく感じております。


※原作は同じで、題名を『タチヤーナ』としたバレエシャンブルウエストの公演が今週末の土曜日に開催されます。16年前に1度観て以来鑑賞に参ります。
オペラのポロネーズも使用されているなど音楽構成にも興味津々であった記憶があり、この16年の間に
チャイコフスキーのバレエ音楽でない曲で構成されたバレエも何本も触れてきた経緯から一層堪能できそうです。
2004年にはウクライナとロシアでの上演も成功を収め、音楽は現地の管弦楽団が演奏。選曲者江藤勝己さんが書かれた、キエフのシェフチェンコ劇場管弦楽団による『タチヤーナ』演奏時の裏話の紹介ページを2006年公演プログラムにて目を通し
今の現地の状況を思うと、募るのは週末の上演の楽しみだけではありません。
http://www.chambreouest.com/performance_info/第93回定期公演「タチヤーナ」




地元の図書館で借りた2冊のオネーギン、記念に清泉女子大学本館前で撮影。ロシア語本は翻訳と照らし合わせながら読み進められるかと思ったが
タチヤーナ達の恋愛と同様に甘くはなく、何処に何が書かれているかさっぱり分からず。
中国語の本の場合は漢字に助けられ翻訳と同時進行で少しは理解ができるのだが、キリル文字は読解不可能。
1本の三つ編みして庭で読書に耽っていたらオネーギンが現れる云々といった夢なんぞ砕け散ってお終いでございます。



大学地下の清泉カフェにて。甘酸っぱく口溶け軽いレモンメレンゲタルトに、大葉とシラスのピザ。お値段お手頃で(全部で500円以内であったはず)
この後に友人が注文したスコーンも半分いただき、学びに来ているのか食欲を満たしに来ているのか。目的に疑念を持たれても仕方ありません。

2022年5月23日月曜日

茶系配色や廃れた十字架だけではなかった  スターダンサーズ・バレエ団『ジゼル』5月15日(日)《神奈川県川崎市》





5月15日(日)、スターダンサーズ・バレエ団『ジゼル』を観て参りました。
https://www.sdballet.com/performances/2205_giselle/


ジゼル:喜入依里

アルブレヒト:池田武志

ヒラリオン:久野直哉

ウィルフリード:友杉洋之

ベルタ:周防サユル

クールランド公:鈴木稔

バチルド:フルフォード佳林

狩猟長:鴻巣明史

パ・ド・シス:
西原友衣菜 西澤優希
塩谷綾菜 前田望友紀  佐野朋太郎 関口啓

村娘たち
秋山和沙 井後麻友美 岩崎醇花 海老原詩織 早乙女愛毬 田中絵美
谷川実奈美 野口熙子 橋本まゆり 東真帆 森田理紗 山内優奈

村の若者たち
井上興紀 小澤倖造 加地暢文 仲田直樹 宮司知英 和田瞬

ミルタ:杉山桃子

ドゥ・ウィリ
石山沙央理 東真帆

ウィリたち
秋山和沙 井後麻友美 岩崎醇花 海老原詩織 岡田夏希
角屋みづき 早乙女愛毬  塩谷綾菜 谷川実奈美 玉村都   冨岡玲美
西原友衣菜 野口熙子 橋本まゆり フルフォード佳林 前田望友紀 森田理紗 山内優奈


ピーター・ライト版ジゼルの鑑賞はこれまで全てスタダンにて2回あり。2006年の佐久間奈緒さんとロバート・テューズリーさんの客演、
翌年の林ゆりえさんと福原大介さん主演と観ておりますが、1幕の茶系配色な衣装や2幕におけるジゼルのお墓の廃れた作りの印象が上回ってしまい
大の苦手な版として捉えていたはずが今回はがらりと一変。主役から群舞、貴族に至るまで充実した舞台でようやく演出の意図の面白味を堪能できました。

ジゼルの喜入さんはバランシン『セレナーデ』等で色気を醸す大人な魅力を振り撒いていらした印象が残り、少女役をどう見せるか注目しておりましたが
それはそれは愛らしく、加えてただの夢見がちな少女ではなく何処か落ち着きもあり、アルブレヒトとの恋のときめきを
じっくり胸の内に秘めるような穏やかで理知的な風情を描き出していらっしゃいました。
ベルタに対しても母親思いな様子も心に響き、ペザントの最中に居眠りしてしまったベルタを
優しく起こしてあげる箇所は日頃から仲良く力を合わせて暮らしてきた生活が垣間見えるひと幕でした。
狂乱での剣を胸に血を流してしまう場での残酷な痛々しさは全身から震え上がっているようで、目を伏せてしままいたくなったほど。
ウィリになってからも微かにあたたかな質感を残した精霊で、命令を頑なに拒み、遊び人であった(失礼)アルブレヒトを守り切る強さを冷徹なミルタに示す姿に
身分詐称と結婚詐欺はショックではあったがアルブレヒトといた時間の幸福が憎悪を超越して身体に残っていたと思わせ、胸に沁み入りました。

池田さんはジゼルに語りかけるときからほんのりからかいの表情が貴族の火遊びな趣きがあり花占いでは一瞬嘲笑うような黒さもチラリ。
バチルドから状況を問われても躊躇なく手を差し出し、なかなか恨めしさのある青年を造形していました。
しかしジゼルが息を引き取ると絶望に瀕した状態に一変。感情の変化を短時間で劇的に体現し、
2幕最後はジゼルに救われても尚、取り返しのつかない過ちを犯した懺悔を訴えるように悲しみに暮れる中で幕。
許しを乞いながらの跳躍も怯え切っている内面をじわりと身体に顔に届かせながら披露され、観ているこちらまでもが悶え苦しみそうになりました。

頭1つ抜けた存在感で沸かせたのはフルフォード佳林さんのバチルド。登場時から高飛車な圧力で場を攫い
クールランド公も困り果て周囲に愚痴をちゃっかりこぼすほど笑、気の強い姫として君臨。
ジゼルの家に招かれても庶民の家の作りや飛び交う虫にあからさまに不満を表し、されどツンと澄ました美しさがあるため憎めずです。
村人とは厚く高い壁を維持しての接し方で、ジゼルに対しては少し心を開き首飾りを贈るに至っても
手を触れられるとさっと避けるように振る舞うプライド高き姫でした。アルブレヒトの格好を目にしたときの眼差しも恐ろしく
しかし意地悪な性格ではなく家柄、格式を何よりも重んじてきたからこそ自然に出た表情であったと捉えております。

杉山さんのミルタも忘れられず、美と恐怖が凝縮した佇まいや他者を寄せ付けぬ凛然とした踊りに惚れ惚れ。
ウィリ達を率いる姿も威厳を頭の頂や脚先からも放ち、ただでさえ強面なメイクをしているライト版ウィリ達の中にいても強烈な女王として森を支配していました。
ウィリ達のヒラリオン追いかけ走法による詰め寄り移動も悍ましく、悪夢に晒されそうな不気味さも刻まれております。

冒頭で述べた通り過去2回鑑賞していながらライト版ジゼルは1幕の茶色系の配色や廃れたお墓と言い大の苦手な演出でしたが、今回は面白さの発見の連続。
その発端となったのは貴族達の登場場面。単にそぞろ歩いて立ち位置につくのではなく、村人達とのはっきりとした境界線を作り身分差を明示していた点で
愛想良く村人達に挨拶するのではなく、そもそも住む世界が異なり本来ならば親しい交流なんぞしてはならない者同士である状況を
全員が雄弁に表現していたと見受けます。上階席にてさほど意識せずに鑑賞していても、貴族が登場した途端に空気が張り詰め始めていたのは明らかでした。
すると貴族側の一見冷たい振る舞いやバチルドの棘のある接し方にも説得力が増強。長年の苦手な版の印象に雪解けの兆しが見えてきたのでした。
時代もお国も大きく違いながら、交わってはならない者同士が同じ空間にて真っ二つに分かれて立つ構図は
ヌレエフの半生を描いた映画『ホワイトクロウ』にて、鉄のカーテンが下ろされていた時代にキーロフ・バレエがパリ公演を行ったとき
現地関係者とは一言も交わそうとしないレセプション会場の緊迫した光景を思い出します。

大概踊り終えた後はいずこへ行ったか不明となるペザントもギャロップでも村人達と戯れながら踊り、6人とも軽快で達者。
描かれる生活感もリアルでペザントの間に居眠りしてしまう愛嬌も持ち、ヒラリオンに笑みを湛えて接し良好な関係を既に築いていたベルタの設定から
母親には認められていても娘には振り向いてもらえないヒラリオンの焦りも納得でき、
嫌がるジゼルのスカートを思わず掴んでしまったりと強行手段に出てしまうのも哀れに感じたものです。
浮気して騙したアルブレヒトは助かって、一筋の恋を貫いていたヒラリオンは沼に落とされる運命について
この作品の納得いかずな意見として頻繁に耳にし、私も初めて作品のあらすじを知った頃、鑑賞した頃は同感でした。
しかしいくら本気でジゼルを愛してはいてもジゼルの心情を汲めず時に過剰に迫っていたヒラリオンの求愛は
ジゼルと同じく恋が実らず若くして命を落としてしまった過去を持つミルタも見逃してはおらず、夜の森へやって来たならば
即座に踊り狂い死の対象となったのは当然の成り行きだったのかもしれないとジゼルが多く上演され観る機会に恵まれた16年ほど前からは解釈しております。
ジゼルがアルブレヒトを助けたのも、初めて恋い焦がれた人に優しく接してもらい、危機一髪のときは守られたりする経験を1回でもしてしまうと
純白な心が一気に桃色に染め上がって恋のときめきが瞬く間に頂点へと達し、結果として息絶えてしまったのは可哀想でなりませんが
一時的には裏切りと思っても、身分詐称者であっても、自身を幸せにしてくれた人をそう簡単に憎悪の感情は持てず
ミルタに刃向かってでも守る決意を滲ませていたのであろうと思っております。(合っているかは自信ございませんが)

音楽が実に張りのある編曲で、序奏からしてドラマティック。低音で聴き慣れている箇所が高音であったり、鋭く弾ける珍しい響きも所々にあった印象です。
ジゼルの1幕衣装は青が好み、村人達もカラフルが良い、そしてお墓は納品が早いのはさておき立派な名前彫り入りが良いからと
苦手で仕方なかったライト版でしたが、身分差の表現や辻褄が合う展開の魅力にようやく気づいた公演でした。





帰りはカウンセラー友人の案内で新百合ケ丘駅前のビルに入る、珈琲屋OB。森の中に足を踏み入れた心持ちとなり
木材をふんだんに使用した内装、座席で木の温もりに包まれた空間です。



チーズケーキとコーヒー。甘さを抑えた口当たり滑らかな味に生クリームとオレンジが程よい爽やかさを加えています
コーヒーのカップのサイズが大きめであるのも嬉しい。




改札すぐそばにありながら知らずにいた隠れ家なカレー屋さんチェリーブロッサム。素敵な女性店主が切り盛りされ、青い外観でテラス席もあり。
いただいたのは身体に優しいハーブが詰まったカレーとビーフカレーが半々のメニューです。丁寧に作られた過程が伝わり、食後にはレモングラスのハーブティーで心身寛ぎました。
まさにジゼルとアルブレヒトが語らいで着席したような木製の長椅子も隣にございましたが
ジゼルとアルブレヒトでない限り、複数人で腰掛けるときは最初から正しい位置に座り、ソワソワと横移動せずじらさないようにしましょう。



自宅の白ワインの在庫が無くなったため、購入していたドイツ産ワイン。ラベルが中世彷彿なデザイン、やや甘めでございました。
自宅でも葡萄祭り、やっとこさライト版ジゼルの面白さに気づいた記念に乾杯です。

2022年5月20日金曜日

合唱も踊る壮大空間   O.F.C. 合唱舞踊劇『カルミナ・ブラーナ』5月14日(土)





佐多達枝さん振付O.F.C. 合唱舞踊劇『カルミナ・ブラーナ』を観て参りました。
https://www.choraldancetheatre-ofc.com/

佐多さんの作品は初鑑賞。カルミナは身体中の細胞が騒ぎ出すほど心から好きな音楽で、佐多さん版は過去にも何度も上演を重ねていながら
機会を逃して行けずにおり、舞踊と合唱の構成も気になっておりましたが序盤から驚愕の連続でした。
まず独唱歌手も舞台中央に登場したり合唱も踊る群舞兼任な大掛かり演出に驚嘆。実のところ、壮大で1時間以上はある音楽に対し
ダンサーの人数が少なめな気もしておりましたが心配は無用で、青空時には星空にも変化する円形照明の下に実力者が次々登場。
捻りやユーモアも散りばめられた振付を全員が音楽を身体で目一杯奏でていて、透けた素材のシンプルな衣装であっても物足りなさは皆無でした。
春を謳歌する前半が遂には天体讃美かと見紛う宇宙なる空間への変貌も目に響き、スケール感を満喫です。

そして最たる驚きは舞台の左右に大勢のコロスが立ち、群舞の役割も果たす演出。例えばゴスペルのような、手拍子や少しリズムを取る風ではなく
身体の曲げ伸ばしを行ったり、方向転換や前進後進もこなしながら歌い続け、舞台全体が作り出す舞踊と合唱一心同体な空気にひたすら圧倒されました。
舞台両脇の出っ張り?ような場所の合唱団と舞台上のコロスともにマスクを着用。約1時間強、壮大と言う他ない作品を全曲歌うと考えただけでも
息切れしてしまいそうですが、好条件とは言い難い中であっても堂々とした立ち姿或いは
大人数で息を合わせながら踊り歌う合唱の方々に今一度拍手を送りたい思いでおります。

そして独唱歌手の方々も舞台中央まで登場しダンサーと向き合って呼応しながら歌ったりと、舞踊、独唱、合唱、演奏全てが主役とも見て取れる演出。
声楽界については大変疎くあれこれ感想を綴るべきではないかもしれませんが中江早希さんの、頂点に達したかと思えば更に膨らみを帯びて響き渡る声量は
天まで届きそうな迫力と艶で、東京文化会館の5階末端席で鑑賞していても今にも声に引っ張られる感覚を呼び起こされました。
各地から複数の団体が集結して臨んだ子供達の合唱も、ピュアな中に陰が落ちていくような孤独感を秘めた歌声で会場を包み、耳がぞわっと反応。

ダンサーの中ではとりわけ酒井はなさんと島地保武さんが印象に残り、 大所帯の中であっても埋もれず、音楽を身体でくっきりと描き出しながら舞う酒井さんと
長身を持て余さずしなやかな軌跡を残して行く島地さんのパ・ド・ドゥを目にできたのは大きな喜びです。

カーテンコールに佐多さんも登場され、残念ながら当方の席からは殆ど見えずでしたが車椅子に乗っていらしたとのこと。
日本のバレエ創成期から続々と作品を生み出してこられたエネルギーに平伏し、プログラムに掲載された
作品の記録を眺めているともっと前から観ておくべきであったと後悔すら募ります。
中でもベートーヴェンの『交響曲第9番』は約20年前のバレエ雑誌にてリハーサル記事を読み、坂本登喜彦さんや高部尚子さん、安達悦子さんや柳瀬真澄さんといった
所属の垣根を越えての稽古写真を目にし、何が飛び出すかわからない面白さがあって大好きとの高部さんから見た佐多さん作品の魅力についてのご発言や
日本では1回きりの公演が多いため作品もなかなか残らず振付家も観客も育たないと思う、と
佐多さんご自身が日本のバレエ公演事情の難しさについて語る内容にも関心を持っていたはずが行けず終いであったのは悔やまれます。

カルミナのバレエは3人の神学生が踊り繋ぐ展開を見せる、刺激度の強い衣装が大半を占める演出に大変な衝撃が走った新国立劇場でのビントレー版、
京都では女神に気まぐれで神出鬼没な性格を加味して描いた石井潤さん版を鑑賞しておりますが佐多さん版鑑賞ができた今回は誠に幸運。
ダンサーからソリストの歌手、合唱まで舞台を埋め尽くす壮大な合唱舞踊劇を堪能いたしました。これからも踊り継いでいって欲しい作品です。





鑑賞前、東京文化会館目の前の国立西洋美術館の常設展へ。いくつもの部屋に跨って展示作品多数。
常設展は初めて訪れ、作品数や製作時代の幅広さにも今更ながら驚かされました。個人の使用においては写真撮影も可能とのこと。
特に目にしたかったのが中世時代の詩集で、昔から教会史料や色づかい、文字の形に興味もあり。カルミナ・ブラーナ鑑賞前で好タイミングでした。



金色の文字と抑えた青色の組み合わせが美しい歌集。5線譜ではなく4線譜です。



鳥と植物の渋めな色彩模様にも魅せられ、綴られている内容をいつの日か読み解きたい。



こちらも感激、テオドール・シャセリオー作『アクタイオンに驚くディアナ』。37歳で生涯を終えた画家であったらしい。
まさにアクタイオンが水浴び中のディアナに見つかり、鹿に姿を変えられた瞬間を描いています。ディアナの頭に三日月あり。
少し前までならば、この絵の鑑賞中はギリシャ神話の中で3本の指に数える好きな物語であり、絵について、話について再度本で調べようと思う或いは
グラン・パ・ド・ドゥ抜粋なら晴れ晴れ爽快な作品に思えるが全幕の中の余興に入れるのは無理矢理感が拭えずであった云々
バレエにおける鑑賞時の記憶掘り起こしにとどまったのでしょうが、今回は生活習慣の変化の兆しが表れつつあった今年3月中旬を思い出し
アクティオンコーダのジャンプもう1回やってみたいと某日の有酸素運動終盤が脳裏にて再生。
何しろ突如ふわっと勇ましく舞う目の前のお手本に眼福でございました。音楽も爽快で宜しい。



帰りは当ブログレギュラーの後輩と、後輩と同い年でバレエの歴史や作品について学ぶ講座を検索するうちに当ブログに辿り着いてくれた方と食事へ。
ひとまずビールで乾杯。
今年3月の管理人2年2ヶ月ぶりのレッスン受講において、都内一等地での移転オープニング記念であるからズンドコ人間ではなく踊れるお綺麗な方々が行くべきと
断固不参加を明言していた私に対し、是非受講するよう約1日がかりで説得してくれたお2人です。
踊れる女子なこの2人は酒井はなさん指導クラスで知り合って以来の仲だそうで、私も1度6年前にクラスを受講。2人の存在が心強かったものです。
2人とも見るからに「バレエ女子」な風貌容姿で、例えるならば大輪の薔薇と涼やかな菫といった雰囲気を持ち
カルミナの第1部春の一節にある花いっぱいの気高き森、花は咲きほころび、の歌詞がそのまま当て嵌まります。
私と違い、レッスン後に大衆酒場へはまず行きそうにない、子供時代から現在に至るまでブランク無しのバレエ歴を誇る2人組でございます。
私の良き理解者でもあり、鑑賞やバレエ史等の座学講座受講が中心である我が習慣を尊重及び
レッスン回数が極端に少ない割にはクラス選択や受講時の格好が大胆にもほどがある点⁉も優しい反応を示してくれています。



鎌倉ハムフェア中。鎌倉は酒井さん所縁の地域で2人も嬉しそうな笑みを浮かべていました。
ピザはチーズ控えめでハムが前面に出た味わい。リエットも旨味があり、ビールに合う料理ばかりです。



ベーコンフリットは肉汁が溢れました。衣はサクサク軽い。ハムカツはレギュラーメニューで、ゆで卵も挟まっていてまろみもあり。



お店名物のロースビーフもいただきました。豪快なボリュームです。
スタジオは広いところがいい、床はリノリウムがいい、音楽は生伴奏がいい、と踊れぬ素人にも拘らず
レッスン環境の理想を八代亜紀さんの代表曲『舟唄』風につらつら並べても耳を傾けてくれる優しきお2人です。


デザート、春らしいパフェが似合う2人。私はプリンと赤ワインで締め括りです。

それにしても新国立劇場で久々に観たい、ビントレー版。特に性欲に溺れる神学生3は名演者が、そしてこれから観たい人も脳裏を過って止まらず。
我が目が黒いうちに実現しますように。