2020年3月26日木曜日

パリ・オペラ座ダンスの饗宴




1週間以上前ですが、東銀座の東劇にて映画『パリ・オペラ座ダンスの饗宴』を観て参りました。
https://www.culture-ville.jp/celebratedance

https://spice.eplus.jp/articles/266660

https://spice.eplus.jp/articles/266753


デフィレ
アマンディーヌ・アルビッソン/エミリー・コゼット/オーレリ・デュポン/ドロテ・ジルベール/
マリ・アニエス・ジロ/レティシア・プジョル/アリス・ルナヴァン/
ジェレミー・ベランガール/ステファン・ビュリョン/マチュー・ガニオ/ジョシュア・オファルト/
エルヴェ・モロー/カール・パケット/バンジャマン・ペッシュほか

<バレエ学校の生徒と100人と団員154人が一堂に会し>の解説やポスター写真を眺める以上に壮観。
白或いは白と黒を組み合わせた至ってシンプル且つクラシカルな衣装で全員登場し、行進しているだけでも
ゴージャスな眩さに拍手をしたくなったほどです。
ところで、衣装からして多少は踊るのかと思いきや本当に行進とレヴェランスのみであった点も驚きを覚えましたが
跳躍や回転ではなく歩く姿でいかにエレガンスを表現し世界最古のカンパニーのプライドを示すか
パリ・オペラ座の意地を見せられた気もいたします。基本左右対称で幾何学模様を描くように進行し
気づけばガルニエの舞台全体が覆い尽くされ圧巻。


エチュード
振付:ハラルド・ランダー、クヌドーゲ・リーサゲル
音楽:カール・チェルニー
出演:ドロテ・ジルベール/カール・パケット/ジョシュア・オファルト

生粋のクラシック・バレエ技術てんこ盛りでレッスン風景から始まり、中盤にもバーは無くても
レッスンを彷彿させる大勢で整列してのタンデュも取り入れたりと誤魔化しが一切許されぬ
更には終盤にかけて煽るように勢いや熱が一気に帯びていく体力消耗過酷作品。
初鑑賞は2006年のマリインスキー来日公演オールスターガラで、ソーモワ/サラファーノフ/シクリャローフの若手(当時)トリオ。
次が2009年春の東京バレエ団公演で吉岡さん/フォーゲル/サラファーノフ、
映画ではボリショイシネマにてスミルノワ/チュージン/オフチャレンコ、で回数こそ少ないものの何度か観る機会に恵まれております。

ジルベールが安定感と歯切れ良さで全編を締め、女王然とした貫禄。
ロマンチックチュチュでの優雅さよりもクラシック・チュチュでの正確なコントロールの効いた踊りで
空気を斬るかのようにパワフルに全体を率いていた印象のほうがより強く残っております。
パケットの目を惹く華は文句無しだったが他のカンパニー鑑賞時は連続ザンレールであった箇所を
1回こなして次は跳躍のみ、の1回おきであった点が気にかかるところ。
音楽はこれといって華麗でもなくされど様々なピースを組み合わせ次々と見せ場が現れ、
重々しくも弾ける何とも不思議な旋律から一気に最後へと突き進む流れに
随所に跳躍を盛り込んで終盤へと駆け抜ける振付が合わさり、いよいよフィナーレかと思ってもまだ続く
対角線上の舞台を斜め横切りには何度か観ている作品であっても踊り手泣かせなランダーによる技巧の嵐に目が追いつかず。
過酷且つクラシック・バレエの基礎をシンプルに魅せる振付を存分に堪能できました。


くるみ割り人形
振付:ルドルフ・ヌレエフ
音楽:チャイコフスキー
出演
クララ:ミリアム・ウルド=ブラーム
ドロッセルマイヤー/王子:ジェレミー・ベランガール
ルイーザ:ノルウェン・ダニエル
フリッツ:エマニュエル・ティボー
雪の精:イザベル・シアラヴォラ、ステファニー・ロンベール

ヌレエフ版くるみを映像で観るのは初。生では一昨年のウィーン国立バレエ団ガラにて橋本清香さんのグラン・パ・ド・ドゥのみ鑑賞し
橋本さんはいたくスタイル宜しく品格もあり踊りも安定していたもののアダージオ最後のリフトとバランスが冷や汗もので
加えて仰々しい頭飾りばかりが目についてしまったと記憶。そしてオペラ座ダンサーの写真では
2014年末にレオノール・ボラックとジェルマン・ルーヴェ、更に遡れば80年代後半の雑誌で
モニク・ルディエールやエリザベット・モーランを目にしたぐらいで実質初鑑賞者として開幕を迎えた次第です。

不気味さや醜さを前面に出した箇所が多くいわゆる王道のくるみからは離れた路線であると耳にしており
恐る恐る蓋を開けるように眺めておりましたが、序盤からパーティーへ行く中上流階級な人々ではなく
労働者らしい人々が至るところで跳びはねたりと弾けていて、不思議な幕開けにびっくり。
2幕では仮面のような被り物をした怪しい侵入者たちがクララを囲い込み、これまた仰天の連続でした。
しかし全編通してあくまで少女の夢物語の軸が緩まずであったのは、クララ役のブラームの好演が大きかったと推察。
1幕でのパーティー場面では清楚な雰囲気である上にあどけなさもあり、子供らしさはそのままながら
複雑なステップや足捌きも涼しい顔で難なく踊り、目を見張る軽やかさに天晴れです。
グラン・パ・ド・ドゥはすっかり大人の顔で艶っぽさが漂い、1音1音に何かしら嵌め込まれたややこしい振付も
1つ1つのポーズの優雅さも保ちつつ滑らかな軌跡を描くように舞台を彩る好演でした。
ブラームを以前鑑賞したのは友人の代わりに足を運んだ2017年の来日公演『ラ・シルフィード』で
儚いたおやかさに魅せられ、近年は希少であろう古しきゆかしきロマンチック・バレエの真髄を体現していて大変好印象を持ちましたが
クラシックしかもヌレエフ版をも余裕で、脚で雄弁に語る技術の高さに感激するばかりでした。

ガルニエの舞台を覆い尽くす圧巻のデフィレから研ぎ澄まされたクラシックの技術が不可欠な『エチュード』、
そして独特の不気味な世界観も含ませたヌレエフ版『くるみ割り人形』ハイライトまで見応えのあるプログラムを満喫。
6年前にシネマで鑑賞した『水晶宮』での全体が重たい印象が拭えずであったため(失礼)
近年のパリ・オペラ座バレエ団が踊るクラシック作品の舞台に対しプラス方向ではない考えを勝手に抱いてしまっておりましたが
今回はどれもしっかり響き、大きなスクリーンで鑑賞できて良かったと感じております。

2020年3月25日水曜日

ボリショイ・バレエ in シネマ Season 2019 - 2020『ライモンダ』

3月18日(水)、ボリショイシネマ『ライモンダ』を観て参りました。
https://spice.eplus.jp/articles/265958





音楽:アレクサンドル・グラズノフ
振付:ユーリー・グリゴローヴィチ(原版:マリウス・プティパ)
台本:ユーリー・グリゴローヴィチ(原作:リディア・パシコワ)
出演:オルガ・スミルノワ(ライモンダ)
アルテミー・ベリャコフ(ジャン・ド・ブリエン)
イーゴリ・ツヴィルコ(アブデラーマン)


スミルノワは内面からの感情や顔の表情よりも空間を大きく使って繰り出される1つ1つのポーズの厳格なラインで魅せる崇高な姫。
1幕では若さ初々しさが大事と嘗てあらゆる作品にて主演を務めてきたマリーヤ・アラシュだったか
インタビューで話してはいたものの1幕から貫禄あり過ぎる姫君で
アブデラーマンの迫りにも怯えたり戸惑う様子もなく涼しい顔一辺倒な印象で、ライモンダの心境の揺れ動きや
幕ごとに成熟度を増していくさまは見えづらかった気もいたします。
しかし決闘に敗れた瀕死のアブデラーマンから目を逸らそうと恐怖感を募らせた後のアダージオは
敵国の男性とはいえ自らのせいで命を落とした姿を眼前にして心身が硬直していた姿からジャンの包容力によって
徐々に解れ落ち着きを取り戻す過程を優美で希望が見えるかのような旋律に乗せて丁寧に描写。
このアダージオが入っているのは誠に説得力があると毎回思え、1人の人間しかも自身を求愛した男性が目の前で亡くなった状況から
すぐさま心を切り替えてファンファーレでめでたしめでたしとはし難いと思うのです。(牧阿佐美さん版はファンファーレ賛美だが)
しっとりと愛を確かめ合い肩にもたれかかるような体勢のリフトのままによる幕切れはいたくロマンティックな風情を残し
3幕へと繋がっていました。いずれにしても近寄り難いほどに孤高で凛然とした風格に惚れ惚れし
今夏の東京シティ・バレエ団客演も今から楽しみです。

ベリャコフはなかなかの渋い男前で王子ではなくきちんと騎士に見えたジャン。(これ大事)
眼差し鋭く、マント捌きも颯爽としていてグリゴローヴィヂ版名物の1つである出征前の部下騎士らしき2人分従えての
勇壮なファンファーレに乗せたマントのトロワなる見せ場も絵になっていて宜しうございました。
但し、ベリャコフの責任ではないが真上から羽根らしき鋼が直立に装着されている兜の形状が
どうしてもラディッシュに見えてしまうのはどうしたものか。
それはともかく、人を寄せ付けないほどに気高いライモンダを振り向かせ心を開かせたのも納得な
高貴さと強さを兼備した騎士でございました。どちらかといえば純白な王子貴公子よりも
一癖ある役柄のほうが似合いそうな印象で、来日公演での『スパルタクス』クラッススは誠に期待が高まります。
ジャパンアーツのサイトから辿りご本人の投稿舞台写真一覧を眺めていってみたところ
20年以上前に観た衝撃が今も忘れられぬ、赤の広場特設舞台で踊る
マクシモワとワシリエフの映像で哀愁がしっとりと流れる振付と音楽にすっかり魅せられた
『アニュータ』のパ・ド・ドゥや(パートナーはオブラスツォーワ)や『明るい小川』のバレエダンサー
(シルフィードの衣装着けて自転車に乗る場面でのフィーリンが忘れられないが笑)も経験済みのようで
既に役柄の幅はかなり広いようです。

燃え盛る表現で観客の拍手を攫ったのはアブデラーマンのツヴィルコ。
後にも述べますが何しろグリゴローヴィヂ版でのこの役は名演者タランダで一度観てしまうと
誰が踊っても薄く見えてしまう懸念すら持っておりましたが、ギラリとした視線や粘り気と熱さが共存した踊りで嵐を起こし
うつ伏せ体勢で脚を交互に蹴り上げるようにして横へ横へと移動しながらの跳躍を始めテクニックも炸裂。
他の版と異なりアブデラーマンにも比重が置かれ、スペインや2幕のコーダでも自ら中央に入り率いて
興奮の最高潮へと導く力演でした。ただ単なる悪者ではない人物と映ったのは
ライモンダや伯爵夫人への礼を尽くす所作が深々と美しく、格も持ち合わせていたからこそ。
思えば城に怪しい人物、しかも姪っ子の婚約者の十字軍遠征先の地域からやって来た人物なんぞ
本来ならばドリ伯爵夫人は邪険に扱ってもおかしくはなくすぐさま引き取り願うところなのでしょうが
(そしてこの作品を観るたびに思う、城の警備体制は機能しているのか疑問。そうか働き盛りは十字軍に行ってしまったと結論)
あくまで丁重にもてなすのは一見強面で敵対国の人物であっても
アブさんの人間力(加えて財力やサラセン地域の発達した文化への憧憬も含むかもしれぬが)に惹かれるものが夫人自身もあったものと推察。

また場面は戻ってアブさん初登場は1幕後半の夢の終わり、幻のジャンとの再会後ライモンダが魘される場で
夢から覚めるまでが他版よりも非常に長くつまりはそれだけアブさんがしつこく付き纏う展開のため
余程のダンサーでなければ冗長になってしまいがちなところ。しかしツヴィルコの舞台全体を覆い尽くす勢いと怪しいオーラで席巻し
更にこのときばかりは怯えや不安を募らせていたライモンダとの呼応もあって
終わりかけた夢の最後の最後までを重たく引き摺り、その後ライモンダの目覚めをより鮮やかに感じさせる流れに繋がっていました。

元々バレエ作品の中では最も好きであり、しかもボリショイシネマでは初登場で概ね満足いたしましたが
従来と比較すると、音楽の順序変更や何箇所もの端折りの生じがあり疑問が残った部分も少なからず。
最たる衝撃の1つは1幕の幕開けの壮大なテーマ曲が流れた直後に入っていた吟遊詩人たちの踊りの曲がカットされていた点で
リュートを想起させる(実際の演奏はヴァイオリンであろうが)軽やかな調べで始まり、この部分があるからこそ
中世の宮廷の世界にすっと入り込めると捉えていただけに、テーマ曲の直後に
突如ライモンダの登場曲が響いてきた際には唐突な展開に思えてなりませんでした。
もう1箇所、順番前後して序曲も様変わりしており従来は3幕の前奏曲として演奏されていた
仰々しい曲が(今年の新国立劇場ニューイヤー・バレエでの海賊の前座の如き扱いな短か過ぎるパ・ド・ドゥ使用曲として記憶に新しい)
1幕の前奏曲として演奏。ソ連時代の収録映像の刷り込みはこちらの勝手な事情であるものの
首を長くして待ちわびていた開演のはずが1、2幕は飛ばして3幕のみ上演と錯覚。心がなかなかついていけなかった点は否めませんでした。
そういえば白の貴婦人も登場しなかったがいつから無しになったのか、また3幕ではチャルダッシュとマズルカの順序が入れ替えで
マズルカから開始し、チャルダッシュの後にはすぐフィナーレのギャロップ。
まさかグラン・パ・クラシックの前に披露とは想定外の順序でしたので遡って要調査です。
『ライモンダ』と『スパルタクス』を上演した2012年の来日公演に一度も足を運ばず終いであったのは一生の後悔でございます。

『ライモンダ』の市販映像として日本で最初に出回ったのが恐らくはベスメルトノワとヴァシュチェンコ主演の
1989年収録のグリゴローヴィヂ版と思われ、その後も全幕映像の販売は三大バレエに比較すると到底少なく
動画サイトが普及したとは言えこの映像が刷り込まれている方は多くいらっしゃるかと思います。
私もその1人で、以後2005年ABT来日公演でのアンナ・マリー=ホームズ版における十字軍無しでチャルダッシュが1幕披露の設定や
新国立劇場での牧阿佐美さん版初演時にはプロローグでジャンが出征してしまい1幕のワルツ不在、
日本における全幕初演のカンパニーである牧阿佐美バレエ団のウエストモーランド版での
結婚式でもライモンダが豪華なティアラや装飾を頭に付けていない点(花冠な形)や騎士たちの絵が十字軍の時代よりも近代寄りと思えた点や
日本バレエ協会アリエフ版のお洒落すぎる甲冑やキエフバレエ全幕でのピンクがかった
メルヘンな世界など(現新国立の菅野さんがライモンダのお友達役でご出演)
基準がグリゴローヴィヂ版であるがゆえに気にかかる点がいくつも浮上してしまい、刷り込みの恐ろしさを思い知るばかりです。

ただ情報を容易に入手できる時代になっても強烈な印象が刻まれているのは、キャラクター設定や振付の骨格がしっかりしているからこそ。
これといってドラマ性がない、往年の少女漫画な三角関係、なんぞ言われる作品ですが
(少女漫画といえば帰還後の鉢合わせでアブさんに抱き上げられての連れ去り寸前も、
直後にジャンのもとへと戻るときもライモンダはお姫様抱っこをされている状態。
くるみ割り人形でも最後マーシャは結婚式でマントした王子に飛び込んでお姫様抱っこされる演出で
勇壮な作風の印象があるグリゴロさんは案外乙女心をくすぐる要素もお好きで入れたがるのか、考えが巡ります)
主要男性キャラクターであるジャンとアブさんの両方に重きが置かれているのは重要ポイントであり
例えば2幕ジャンの帰還とライモンダ連れ去り失敗されどめげぬアブさんの対決では決闘まで暫くの時間
両軍の集団戦やら間に入りつつ跳躍対決まであり、大河ドラマや歴史映画での
戦闘シーンに近いものがある印象。男性が豊富且つ雄々しい演出に対応可能な人材が揃うボリショイらしい振付です。
そういえば、『ラ・バヤデール』でもグリゴローヴィヂはニキヤとガムザッティの1幕修羅場にて
跳躍対決の振付を取り入れ、極力舞踊で見せる振付を好むと再確認。

ジャンも最初から勇壮な歩みによる登場で印象付け、1幕の後半まではワルツもライモンダと踊ってしかも
そっと寄り添い別れを惜しむ情感を含ませる見せ場を持たせたのち通常3幕で踊られるヴァリエーションを挿入したり
(グリゴローヴィヂ版3幕でのヴァリエーションは、先月受講した福田一雄さんの講座によれば本来は子供の踊りとして作られた曲らしい)
単なる舞踊の洪水にはとどまらぬ構成となっています。そしてアブさんに焦点を当てて男子の憧れの役として確立させた功績も大きく
先述の通り夢の場の引き際をずっしり怪しい場面とさせてライモンダの怯えをより募らせ
2幕後半では殆ど独壇場。3幕開演前のインタビューでツヴィルコは、生徒時代からタランダが踊るアブデラーマンに憧れていたことや
悪人ではなく愛に生きる人物として捉えていることを饒舌に語る姿から役への愛着が窺え
ひょっとしたら作品中で最たる存在感を示す役柄といっても過言ではないでしょう。
更に2幕では他のバレエ団の追随を許さぬであろうボリショイ自慢のキャラクターダンスがこれでもかと地鳴りの如き力を発揮。
ソ連時代の刷り込みによって改訂版を観た今回唐突に感じた場面もありながら、重厚な歴史舞踊絵巻な
グリゴローヴィヂ版『ライモンダ』待望の映画登場に感激は尽きず。いつの日か現地ボリショイ劇場での鑑賞を再度決意です。

美術は茶色を基調にしつつ写実的で立体感があり、特に回りををカーテンのような波で模した美術は圧巻。
衣装は渋みを効かせ、貴族女性の平たい胸元のカッティングやシンプルであっても
抑えた青や金といった色彩もセンスの良さを感じさせるデザインそして頭飾りも含め
歴史書から飛び出した人々のようです。シモン・ヴィルサラーゼの名前を目にすると
色彩の魔術師の如く派手さはない色味から不思議な光を放つ衣装の数々に、30年以上前から安心感を覚えております管理人でございます。
ボリショイシネマ名物カテリーナ・ノヴィコワさんの複数言語による案内も快調。
客席や準備中の舞台上にて舌が休む間もなく語っていらっしゃいました。
通訳文字起こしもついていけなかったのか、過去にボリショイでライモンダを踊ったダンサー紹介で
グラチョーワやステパネンコだったか、口にしていながら字幕では表示されぬ事態に笑。

ところで両腕を交互に下に向かって振り回すサラセンたちのコーダ冒頭の振付、
1993年のサッカーJリーグ開幕直後からスター選手として活躍し現在も現役選手である
三浦知良さんによるゴール後のパフォーマンスことカズダンスにそっくりであると思った方は5人程度はいらっしゃるであろうと切願。
開幕の頃テレビでヴェルディ川崎(当時)の試合を視聴するたび
舞台を劇場からスタジアムに移してのサラセンダンスに見えて仕方ない、そんな風変わり観戦をしていた管理人でございます。

さて、繰り返しになりますが全幕上演の機会が少ない作品で、もし今春のパリ・オペラ座来日公演にて
来日決定時の発表通りヌレエフ版『ライモンダ』上演であったらならば連日通い詰めていたであろうと想像。
しかし演目が変更となったため見合わせましたが、来年2021年6月には
新国立劇場バレエ団が12年ぶりつまりは干支一回りぶりに全幕再演。
ボリショイとは大分趣異なる繊細で緻密な衣装美術で中世の写本をめくるような色彩美も見どころ、どうぞご来場ください。
少しずつ主役は決まって参りましたが、残りの枠そしてアブさんの発表も心待ちにしております。
初演の2004年に比較すれば格段に男性ダンサーの層が厚くなりましたから
アブさんの見せ場増加の改訂も願います。そしてあのお饅頭の騎士なるジャンの肖像画も描き直しを笑。



新宿TOHOシネマの1階、映画のチケットを見せると特典を受けられます。
管理人はスパークリングワインを無料でいただき、そして焼き牡蠣セット。


※ベスメルトノワとヴァシュチェンコ主演映像はDVD化されており現在も入手可能です。
アップになったときのベスメルトノワのお顔が気合いの入り過ぎた舞台化粧のせいかなかなかの迫力ですが(失礼)色褪せぬ演出です。
そしてツヴィルコ少年も憧れたタランダのアブさんは必見。


さて昨今では当ブログでもしばしば行っている男性ダンサーの髪型観察。
実は私がバレエを観始めて最初に髪型ど突っ込みをしたのが平成突入まもない頃、ジャンを踊るヴァシュチェンコでした。
前髪が盛ったようなボリュームがあり、全体がやや長めの三角形シルエットに
パーマか天然か、映像をまじまじと眺めてしまった記憶は今もございます。
ヴァシュチェンコの映像はその後立て続けにベスメルトノワとの『ジゼル』、
アッラ・ミハリチェンコとの『白鳥の湖』、ボリショイ・バレエ・イン・ロンドンでの
『ショピニアーナ』やリュドミラ・セメニャカとの『ドン・キホーテ』グラン・パ・ド・ドゥなどで観ていながら
ノーブルであるのは分かるのだがさほど印象に残らず(失礼)。
その頃から早30年、昨今における数年に渡っての特定ダンサー猛集中の髪型観察継続は
無尽蔵の魅力が備わりが心から虜になっているからこそとお受け止めください。

2020年3月19日木曜日

英国ロイヤル・バレエ団 映画『ロミオとジュリエット』




英国ロイヤル・バレエ団の映画『ロミオとジュリエットを観て参りました。
約400名収容の大スクリーン劇場で観客はおよそ20名。随分とゆったり寛ぎながら鑑賞いたしました。
https://romeo-juliet.jp/

ジュリエット:フランチェスカ・ヘイワード
ロミオ:ウィリアム・ブレイスウェル
ティボルト:マシュー・ボール
マキューシオ:マルセリ-ノ・サンベ
ベンヴォーリオ:ジェームズ・ヘイ
パリス:トーマス・ムック
キャピュレット卿:クリストファー・サウンダース
キャピュレット夫人:クリステン・マクナリ-
乳母:ロマニー・パイダク
ローレンス神父:ベネット・ガートサイド
ロザライン:金子扶生


STAFF
監督:マイケル・ナン
撮影監督:ウィリアム・トレヴィット
振付:ケネス・マクミラン
セルゲイ・プロコフィエフ
美術:ニコラス・ジョージアディス


※前回の記事新国立劇場バレエ団『マノン』総括よりは短いため、お急ぎの方もご安心ください。

ヘイワードはナチュラルで意志をはっきりと示す愛らしいジュリエット。
乳母に対しては笑いながらからかうようにして露わにするあどけなさや
ロミオとの出会いでは迷いなくこの人こそ運命と言わんばかりの瞳でじっと見つめる眼差しからも見て取れました。
身体をコントロールしつつとにかく全身が歌うように自在に動き
中でも木や花がそよぐバルコニーでのパ・ド・ドゥにおける指先から脚先にかけて情熱を帯びて
喜びを体現する姿に会場の温度が数度は上昇した感覚になったほどです。

ブレイスウェルまだ色に染まっていない、前半は喜怒哀楽に明確さがさほどない(褒め言葉)朴訥としたロミオで
マキューシオとベンヴォーリオのペースに合わせていそうなお人好し青年。
だからこそ、後半でのティボルトへの目の色を変えた体当たりな怒りに周囲はなす術もなく騒然するしかなかったのでしょう。
活発そうなジュリエットとおっとり気味なロミオ、たいそう宜しいバランスでした。

世間では絶賛の嵐ティボルトのボールは容姿端麗でロミオたちを見据える企みを含んだ視線すら美しい青年。
しかしこればかりは個人の好み及び我が鑑賞眼の欠如が要因でございますが、昨年のロイヤルシネマでロミオと同様
ドラマ性の強い作品の役柄であっても心を揺さぶられるに至らず。
昨夏話題沸騰であったマシュー・ボーン版『白鳥の湖』主役で観れば鷲掴みにされるであろうか気になるところです。

技術の安定性、軽やかさで目を惹いたのはサンベのマキューシオ。
昨年には友人の代理で足を運んだ来日公演『ドン・キホーテ』にてスティーブン・マックレーの代役バジルを観ており
好演ではあったのは確かだが、突如のギター演奏や叫び声が不自然さに拍車をかけた
いかんせん古典バレエ改訂史上に残るであろう大コケ演出であったため(アコスタには申し訳ないが)
ダンサー各々の特性までとても把握できず。今回落ち着いた状態で鑑賞すると
狂いなき脚捌きや感情をごく自然に乗せながらの回転で一瞬で人々を惹きつける力を備え好印象でした。

砂埃が舞い生活感息付く空間での進行に興味は尽きず。例えば幕開け最初にスクリーンに登場し目に留まるのは
人間ではなく鶏さんたちで、向かって左側にて何かを啄んでいる姿が日常生活の前面押し出し効果大です。
ただマキューシオだったか、瀕死状態の緊迫感ある場面においても傍でコッココッコとお食事に勤しんでいたのはご愛嬌。
2幕冒頭では噴水らしき建造物に止まった鳩がロミオたちに先立って観客をお出迎え。しかも色味が白く2羽でしたから
もしやアシュトン振付『二羽の鳩』へのオマージュか。いくら英国バレエ映画とはいえ
わざわざ英国が生んだ二大巨匠無理矢理融合そんなわけはない。それはさておき舞踏会の立食テーブル近くに佇む犬を始め
鶏さんや鳩さんたちも重要な演者として位置付けられています。

いわゆる舞台袖に入る行動もないため、移動しながらの舞台展開も面白さの1つ。
舞踏会の前半、騎士の踊りの音楽あたりでは夕暮れ時の野外で厳粛に踊られ一段落すると一斉に隣の階段を下りて移動。
後方には立食テーブルが置かれ、柑橘類の果物の盛り皿が良き彩りとなっていて同じ野外であっても明快な舞台転換を思わせます。
決闘での階段駆け上がりやぐるぐると路地を縫うように追い詰め合い、街の人々もなだれ込んでくる展開にも手に汗を握り
籠に詰められたじゃがいもらしき野菜も騒ぎに呑み込まれてひっくり返り大崩壊。
絶命まっしぐらなティボルトを天候も共に嘆くかのように豪雨が降り始め、泥臭い修羅場と化したのも映画ならではの演出でしょう。
身なりの汚れなんぞ目に入らぬキャピュレット夫人の打ちひしがれた悲しみが焼き付く幕切れでした。

それから長年立っての願いが叶ったと唸らせたのは舞台上では描かれていないときのキャラクターたちの行動。
当ブログでもしばしば妄想を綴っておりますが、そこかしこに散りばめられていたのは喜ばしい構成でした。
中でも印象に残ったのは2幕にて街のお祭り騒ぎが最高潮に達しつつある段階でのティボルトの様子。
既に家で自棄酒か、その勢いのまま割り込んで和を乱す流れに納得です。命を落としたティボルトの遺体が運ばれる場面もあり。
また時間は戻りますが、舞踏会でジュリエットが隙を見てロミオと2人きりになろうと仮病演技をする箇所での
茂みに隠れたロミオの行動も映されていた点も嬉しく、ジュリエットのわざとらしい仮病がキャピュレット家に通じ
一部始終を眺めていた張り込み中の仮面ロミオ刑事、思わず口角上がってニヤリ。
(勿論全編通してではあるが、特にこの場面は2019年10月20日昼と27日の新国立劇場に登場したロメオで観てみたいと欲が募ります笑)
手にしたのはあんパン、ではなくジュリエットの揺るぎない愛であったのですから
危険と隣り合わせな状況もなんのその、幸福も絶頂であったに違いありません。

映画であるためより無防備に、自然な描写も特徴で3幕の寝室場面はなかなかの露わな格好で布団に潜る2人が映されながらの展開。
オリビア・ハッセーとレナード・ホワイティング主演の1968年の同名映画を想起させ懐かしさが沸き上がりました。
ジュリエットが特段バレエらしいがっちり固めた髪型ではなかったため
ほつれ髪もまた激動の短期間を生き抜くヒロインを色濃くしていたのでした。

先に触れた内容と重複いたしますが、映画の『ロミオとジュリエット』と言えば、
フランコ・ゼフィレッリ監督が手がけオリビア・ハッセーが主演を務める
1968年制作同名映画に昔から魅了されており、今もなお好きな映画上位6本に入っているほど色褪せぬ名画。
※ちなみに他の5本は『サウンド・オブ・ミュージック』、『トリスタンとイゾルデ』(フランコ/マイルズ主演)、
『天空の城ラピュタ』、『風の谷のナウシカ』、『Shall we ダンス?』。
まさに人々の息遣いが飛び交い、砂や泥、石畳が敷かれた路地や重厚な建造物に囲まれたあの世界の中でバレエが踊られたらと
しばしば想像を巡らしていた為、いたく喜ばしい企画でした。

ハッセーの映画『ロミオとジュリエット』で今も忘れ難いのは、図書館で見つけた映画音楽大全集CDにて
ニノ・ロータによるテーマ曲を繰り返し聴いたり音楽やヨーロッパ全般の衣装デザインや
建築に興味があった経緯もあり、全編をきちんと見ようと会員カード更新手続き特典である
1本無料レンタルサービスを利用して近所のレンタルビデオ店から借りてきたときのこと。
ちょうど寝室場面に差し掛かり、今回のバレエ映画『ロミオとジュリエット』とは比較にならぬほど
喘ぎ声といい肌の晒し方といい大胆に描写された場面に思春期の管理人が仰天していると、
気づけば帰宅した妹がランドセルを背負ったまま、あたかも学校教材の映像でも見るかのように
真面目に見ていたものですから二重に驚愕。しかし見終えると作品そのもの、
とりわけ衣装のデザインに興味津々な様子であった妹が他の場面も見たいとせがみ
ならば早送りしつつ最初からもう一度姉妹で鑑賞。ベルベットを多用した緻密で重厚な衣装の数々を何度も凝視していた妹でごさいました。
思えば幼い頃から絵を描くことが大好きであった妹はバレエを観に行ってもダンサーや音楽よりもまず衣装や美術装置観察に集中していたため
(現在もこれといって好きなバレエ団はないそうだが、興味を示すか否かは衣装デザインが判断基準らしい)
衣装の観点から作品に入るのも頷けた次第。小さな子供向きの場面ではないからと即座に停止操作をして
見せないようにしようと考えが過った自身が恥ずかしくなり、作品との向き合い方を学んだ義務教育終了間近の管理人でした。
今も、例えば『マノン』や『アンナ・カレーニナ』のような大人向きと紹介されがちな作品上演の会場に子供がいてもさほど驚かず、
仮にあらすじがよく理解できなくても振付、音楽、衣装、美術といった様々な要素のどれか1点でも気に入り心に残ってもらえたらと
子供の頃に通っていた、鑑賞を懸命に奨励していたバレエ教室の先生の言葉を思い出します。



後日訪れた北海道イタリアンで当ブログレギュラー大学の後輩と乾杯。
英国ロイヤルバレエ版映画『ロミオとジュリエット』を観たかったようで、内容や感想を語って参りました。
可愛らしい店名もポイントです。



中札内鶏の”白雪”シーザーサラダとズッキーニと帆立、サーモンのクリームパスタ。
パスタの見かけは少なめですがしっかりクリームが絡んでおり具もふんだんに入っていてボリューム満点。
サラダの名称からは3年前に実質初めて観た子どもバレエ『しらゆき姫』を思い出し
いくら子どもバレエと言ってもナレーションや台詞が多過ぎると賛否両論ありましたが私は少数派であったがかなり気に入った。ケホ!



マルゲリータピザ。2人分であっても想像以上に大きめでしたが生地は薄く、ソースはトマトの味がしっかり効いていて難なく完食。



ふわふわ蕩けるティラミスとがっしりと固められたカタラーナ。
苦味強く濃いめに淹れたダブルエスプレッソと相性抜群です。
昨年の新国立劇場での鑑賞時にティラミス発祥はヴェローナ説とビュッフェの解説に記されていた気がいたします。
カタラーナを目にするとバレエについてもっと語らーな、と毎回心の中で呟く管理人。
今後とも皆様、どうか懲りずにご訪問お待ち申し上げます。

2020年3月10日火曜日

当日に決定が下された突如の千秋楽 新国立劇場バレエ団『マノン』2月22日(土)〜2月26日(水)




2月22日(土)から26日(水)、新国立劇場バレエ団『マノン』を計3回観て参りました。
当初は5回公演の予定でしたが新型コロナウィルス感染拡大を懸念し26日(水)当日に残り2回公演の中止が決定。
突如26日(水)が千秋楽となりました。
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/manon/

【2/22(土)14:00】
マノン 米沢 唯
デ・グリュー ワディム・ムンタギロフ(英国ロイヤルバレエ・プリンシパル)
レスコー 木下嘉人
ムッシューG.M. 中家正博
レスコーの愛人 木村優里
娼家のマダム 本島美和
物乞いのリーダー 福田圭吾
看守 貝川鐵夫
高級娼婦 寺田亜沙子  奥田花純  柴山紗帆  細田千晶  川口藍
踊る紳士 速水渉悟  原健太  小柴富久修
客 宇賀大将  清水裕三郎  趙載範  浜崎恵二朗  福田紘也

【2/23(日)14:00】
マノン 米沢 唯
デ・グリュー ワディム・ムンタギロフ(英国ロイヤルバレエ・プリンシパル)
レスコー 木下嘉人
ムッシューG.M. 中家正博
レスコーの愛人 木村優里
娼家のマダム:本島美和
物乞いのリーダー 福田圭吾
看守:貝川鐵夫
高級娼婦 奥田花純  柴山紗帆  細田千晶  渡辺与布  川口藍
踊る紳士 速水渉悟  原健太  小柴富久修
客 宇賀大将  清水裕三郎  趙載範  浜崎恵二朗  福田紘也

【2/26(水)19:00】
マノン 小野絢子
デ・グリュー  福岡雄大
レスコー 渡邊峻郁
ムッシューG.M.  中家正博
レスコーの愛人 木村優里
娼婦家のマダム 本島美和
物乞いのリーダー 速水渉悟
看守 貝川鐵夫
高級娼婦 池田理沙子  渡辺与布  玉井るい 益田裕子  廣田奈々
踊る紳士 速水渉悟  原健太  中島駿野
客 宇賀大将  清水裕三郎  趙載範  浜崎恵二朗  福田紘也


嬉しいことに、公演の様子が一部フェイスブックにて映像公開されています。是非ご覧ください。

米沢さん&ムンタさん 寝室
https://www.facebook.com/150537605092987/posts/2006985912781471/
米沢さん マノン2幕ソロ
https://www.facebook.com/150537605092987/posts/2006987192781343/
米沢さん&ムンタさん 沼地
https://www.facebook.com/150537605092987/posts/2006987686114627/
2月26日(水)カーテンコール
https://www.facebook.com/150537605092987/posts/1999056310241098/


※3回公演でしたが、大変長い感想でございます。まとまり、ございません。
鑑賞予定の舞台が中止となったなど、お時間のある方はどうぞお読みください。
世相が大変な最中に読む気になれぬとお思いの方は恐れ入ります、
予定が次々と飛んでおり内容未定ではございますが次回まで今しばらくお待ちください。
ひとまずは罰としてレスコーによる背後からの締め上げに遭わぬよう気をつけて過ごして参ります。
(26日のレスコーならむしろ歓天喜地か、或いは泥酔の介抱なら喜んで。いやそういう問題ではない)


米沢さんは純愛路線なマノン。2幕でのデ・グリューとGMの狭間で揺れる場では
デ・グリューからの求愛に泣き出しそうな表情で拒絶したりと
豪奢な生活に憧れ、心の内は揺れているとはいえデ・グリューへの愛の方が強かったであろうと想像いたします。
マノン像でしばしば挙がる「魔性」要素はやや控えめな、だからこそ少しでもGMに心が傾きかけると
デ・グリューではなくても慌てふためいてしまいそうな、掴みどころのない部分も含め魅惑的な少女でした。
目にしたものに心惹かれるとすぐさま走ってしまう流木の如く右へ左へ流されてしまうマノンで、
例えば首飾りをかけられた際にははしゃぐ行為を抑えるように喜びを表してうっとり目線。
異質な程に優等生なムンタギロフデ・グリューと共に危険行為に少し手を染めるだけで悲劇を予期させ
だからこそ終盤の沼地が一層ドラマティックに爆発していた印象です。

ムンタさんはこれまで新国立では『ジゼル』、『眠れる森の美女』、『白鳥の湖』、『くるみ割り人形』など
度々客演していながらいわゆるきらきら貴公子の印象ばかりが先行しておりましたが
(バレエ団ファンとして如何なものかとご指摘を受けそうだが、NHKでテレビ放送された
2015年の米沢さんとの白鳥の湖は未だ冒頭しか観ていない)今回は全く異なり、内側から迸る熱さに仰天。
1人異質なほど光り輝き小綺麗であったため紐で十字に縛った古びた書籍を持つ姿は違和感が残ったものの笑
寝室での喜びに満ち溢れた伸びやかな脚のラインや沼地での身体の奥底から突き出す感情など
容姿の麗しさのみにとどまらぬ魅力全開。作品を踊り込み、役も似合い、更には世界中で引っ張りだこな旬のスターダンサーで
その上、娼婦や物乞いといったあらゆる役柄を務めるダンサーとの細かなやりとりも手を抜かず
初台に溶け込みつつ舞台全体をしっかり見渡しながら臨む姿勢に脱帽。
この状況下に予定通り来日を遂げたムンタさんには感謝の念が尽きません。
基本バレエ団のダンサーのみで賄って欲しい派ではございますが、今回ばかりはムンタさんのデ・グリューと
米沢さんのマノンの共演、新国立バレエとの化学反応に居合わせたのは誠に幸運でした。
2幕でGMのもとへ行きそうになるマノンを求める場面での見上げるところにて
子犬のような目で見つめる眼差しに、ああ世の女性陣はこの目に蕩けるのかとロイヤルシネマのときと同様納得。
私も20年後くらいにはムンタさんのような往年の少女漫画系貴公子の虜となるのかもしれないと
未来予想図を描画いたしましたが、ある知人曰くそう簡単には私の好みは変わりそうにないらしく
20年だろうが30年だろうが年月を経ても着物が似合う人しか好みそうにないと武士の如くバッサリ斬られた管理人でございます。

米沢さんムンタさんの讃え合うパートナーシップ構築にも感激し、恐らくは本能のままに物事を判断して流木の如く
右へ左へと流されやすくデ・グリューと戯れる際には金銭なんぞ一切忘れて無邪気にすら感じさせるマノンと
そんな後先や損得を考えず飛び込んでくるマノンを全身で受け止め一身に捧ぐデ・グリューが交わす愛のドロッとした濃密度は低く
ふわっとしたマノンとドラマ性もありつつもきらきら貴公子な趣あるデ・グリューであるためか
この作品にしては澄み切った爽やかさを思わせ、絵でいえば水彩画。
例えばじっと見つめ合う場面においては互いに交わす視線がぐっと強まっても
揺らめく水面のような透明感に包まれ、周囲からは一線を画した純愛少女漫画な2人と化していた気がいたします。
マノンの肢体がバラバラに壊れ崩れそうな脆さが前面に出て、最後の最後までマノンを呼び起こそうと
デ・グリューの叫びが響き渡っていた沼地も圧巻。

木下さんのレスコーはムンタさんと身長差があるとはいえ無遠慮に迫る熱演。
1幕終盤の金銭での解決を提案する箇所でのデ・グリューの今にも締め上げられそうな苦しい表情からも
レスコーの追い詰めのおっかなさを物語っていた印象で
愛人との酔っ払いパ・ド・ドゥも、急斜なリフトを始め滑らかなサポート職人芸はあっと唸らせました。
ただ全体を通してみるとやや忙しない印象が前面に出てしてしまい、昨年の『ロメオとジュリエット』マキューシオや
今年のニューイヤー・バレエDGVでの完全に役を自身のものにした鉄壁ぶりであったため
期待値を高く掲げ過ぎてしまったためかもしれません。

小野さんは白い帽子に淡い水色の清楚な装いであっても登場時から危うさを孕んだ視線にどきりとするマノン。
流されやすさとは無縁そうな、物事を目の前にするとまず一呼吸置いて損得を巡らせてから決断しているであろうしたたかなヒロインでした。
初挑戦の2012年はゲネプロ写真での2幕にてGMを見据える姿からして仰け反りそうなほどの魔性に同性であっても震え上がりましたが
8年前よりも更に色気も増していた印象。脚先指先から魔力を振り撒き、一寸の隙も与えぬ強さに
デ・グリューではなくても抗えないと説得力を持たせていました。
全編通して視線と踊りが一体化した姿に目を見張りましたが、特にGMとレスコーとのトロワでの
艶かしく揺れる肢体と磁力で吸い付くような視線が同時に浮遊したときの蠱惑的な姿が強烈に刻まれております。

GMから首飾りを装着させられたときの子供のような純粋な憧れを露わにした米沢さんに対して
小野さんは私にこそ似合う宝石であると冷静さを保っていた様子であるなど
お2人ともマノンの捉え方が全く違うからこそ見比べが何倍も面白く、複数キャスト鑑賞の醍醐味を堪能。
どちらが良いか否かではなく甲乙付け難いヒロインであったのは間違いありません。

思わず目を覆いたくなる場面ながらこの作品を観る上で必ず注目する、看守からの迫りにおいても
お2人ともわざとらしさが無かった点も高評価。余りに残酷さのある行為をされた後では何もかもが体内から抜け落ちた状態となり
もはや泣く気力もないと思うのです。仮に未遂であったとしても恐怖感に苛まれて身体の制御も思うようにいかないでしょうし
ましてや未遂ではないのは振付からも見て取れますし密閉された空間ですから尚更でしょう。
大泣きすることもなく、横たわったまま目が虚ろになっていた表情が
自然な流れに映ったのでした。途中、一瞬看守の身体が離れたときには
ようやく訪れた束の間の安息の時間にほんの微かな笑みが覗いていた点も実に真実味ある表現でした。

福岡さんは朴訥とした神学生デ・グリューで紐で縛った古書を手にする姿がいたく自然な苦学生。(これ大事)
娼婦たちにからかわれても戸惑っておろおろしたり喜怒哀楽がはっきりしない反応がまた
社交的でなく勉強一筋であったであろう生真面目学生であると窺える登場でした。
驚くほどに若くあどけなさがあり、昨年の『ロメオとジュリエット』ティボルトと同じダンサーにはとても見えず。
ロメジュリのときはロメオの渡邊さんと並べば福岡さんティボルトのほうが力も年齢も上回っていたのは明らかでしたが
今回は力関係が見事なまでに逆転。デ・グリューとしていかに振る舞うか魅せるか、しっかり心得ての表現であったと見受けます。
2幕でのマノンの心を取り戻そうと訴えるソロは嘆きにも感じさせる悲痛さがあり
見るからに計算高く魔性な少女を再度目を向けさせるのは容易でないと思わず感情移入。
沼地でのふらつくマノンを支えようと全てをぶつける熱さも凄まじく、壮絶な幕切れへと繋がっていました。

福岡さんといえば、デ・グリュー初挑戦直後の2012年秋に開催された朝日カルチャーセンターにおける
バレエ評論家守山実花先生との対談にて、1幕の寝室のパ・ド・ドゥ映像をご覧になりながら
佳境に差し掛かったあたりにて「彼はまだ知らないんです。この後の修羅場を…」と語って場内大笑い。
続けて「(GMたちが)もうドアの前に到着する頃です」とご自身の役を俯瞰的に実況解説されていた通り
まさかの展開にあれよあれよと呑み込まれていくデ・グリューを一段と精度を上げて踊られていた再演でした。

※まだまだ続きます。小休止をどうぞ。

渡邊さんのレスコーは見た目は癖者ではなさそうな人物ながら金銭が絡むと途端に成り上がりな面を見せ、
GMとの取引確定後は一層ギラギラ。酔いどれソロ、愛人とのパ・ド・ドゥともに体当たりで笑いも起こり
酒癖女癖が悪くても憎めず助けたくなる人物で、昨夏八王子市でのバレエナウさん発表会における
貝川鐵夫さん振付『長靴を履いたネコ』での魔王を除けば(何体ものぬいぐるみを奪い、子猫たちを連れ去るほのぼの系悪役)
本拠地では初披露の色悪な役に心酔いたしました。
実のところ、リハーサル映像を見た際にはさらっとしていた印象を持ってしまっておりましたが
本番では大化け。色気や怖さもありつつ物乞いとつるむときはやんちゃであったり
GMにはわざとらしく礼儀正しく接したかと思えばお金が入る筋道ができそうと確信するとニヤリと笑みが零れたりと
全身からレスコーが持つ様々な表情が伝わる人物でした。レスコーがこうにも頭の回転が早く行動力もあり
GMと物乞いの間を行ったり来たりと咄嗟の判断力も兼備しているとは初めて知った次第。
しかもあらゆる素早い行動の畳み掛けも忙しそうに感じさせず、空間の使い方が大きく余裕ある行動に見せていた点も惚れ惚れ。
GMの時計を盗んだ物乞いリーダーをGM本人の前に犯人として突き出した際にはリーダーに感情移入して思わず裏切り者かと
訴えそうになりましたが、瞬時の交渉で時計は返却させて代わりにリーダーは金銭入手。やり手過ぎるレスコーに今更ながら驚倒です。

スパイスイープラスでのインタビューで楽しみが一層増していた、1幕終盤でのデ・グリュー締め上げは
単なる脅迫や威嚇ではなく、お金があれば全ては上手く回るのだから受け入れて欲しいと
懸命に語りかけるように迫っていた点も好印象。
役柄の設定が近衛兵であると考えると元は協調性も少なからずあるであろう真面目な青年でしょうから
ただ品悪く拷問のような幕切れにしなかったのは非常に説得力があると感じました。
他の場面も含め一生懸命演じようとせず、ぶっ飛ぶところは存分に飛び上がり
即座に転換して千鳥足気味の箇所に至るまでメリハリある踊りと酔っ払って高揚した感情が
自然と融合して解き放つ見せ場となっていた酔いどれソロや
振付上では危なっかしいリフト満載で、酔った設定であるためふらつきながらも実際は盤石且つ大胆に魅せていた、
バタンと絶妙なタイミングで倒れ込んでは笑いも誘っていた愛人との酔いどれパ・ド・ドゥにも心より喝采。
木村さんとはぶっつけ本番に近い状態であったであろう事情も一切感じさせず、パ・ド・ドゥのみならず
隅っこでの熱々ほろ酔いな細かなお芝居からも片時も目を離せず魅了されました。

レスコーと言えば遡ること昨年の夏、パリ・オペラ座バレエ団精通の方より教えていただいて
1990年の『マノン』映像を鑑賞し(のちにバレエチャンネルさんのインタビューで渡邊さんも語っていらした映像)
マノンがモニク・ルディエール、デ・グリューがマニュエル・ルグリ、そしてレスコーがカデル・ベラルビで
愛人がマリ=クロード・ピエトラガラという黄金キャスト集結公演でした。画質は上等とは言い難いながら
基本マクミラン作品は本拠地英国ロイヤルバレエの舞台が好ましいと考えがちな
私の思い込みを打ち飛ばされる文句の付けようがないゴージャスな舞台に驚嘆。
とりわけトゥールーズのキャピトル・バレエ時代の渡邊さんを自身のオリジナル作品に次々と抜擢して鍛え上げた
現在も同カンパニーの監督を務めるベラルビさんレスコーの整い過ぎた翳りのある色男ぶりには
悲鳴に近い歓声を上げそうになり、少数派であるのは承知で申しますとこれはヘナチョコなデ・グリューよりも(失礼)
俄然色悪レスコーをベラルビの教え継承者の渡邊さんで観たいと願い始めたのでした。

ひたすら色男或いは冷酷無比といった両極端な印象が先行していた従来のレスコーとは一味も二味も異なった造形で渡邊さんは挑まれ
物乞いからも慕われる人気ぶりや酔っ払ってだらし無い(失礼)体勢で
愛人の手を掴みながら居眠りしていても、立ったまま顔に手を当て酔いを醒まそうと試みていても
(立ったままの項垂れは現代の職場の宴会においても開始から1時間半程度過ぎると1人はいるであろう、幹事泣かせな参加者。
ちなみに私はとある集まりの食事会で毎回幹事を務めており、日時や会場などの事前通知の際には
酔っ払いの介助介抱はしない、飲酒は自力で帰宅可能な程度の量で願うと必ず文書で通達する
優しさ欠如の幹事であるが、このレスコーなら特例措置決行間違いない)
憎めぬ愛嬌など多彩な魅力を場面ごとにまこと鮮やかに体現。悪人だけにとどまらぬ
豪胆で容赦無く怖いもの知らずで逞しく男らしい面もあれば、取引に利用しているだけかもしれないが
物乞いとも交われる親しみ易い面もあり、こうにも人間味豊かで深みもあるレスコーには初めてお目にかかりました。

妹を金銭闇取引に利用する上に多少酒癖や女癖が悪くても憎めず助けたい心持ちにさせられたのは不思議なもので
(現代ならば警察通報級の荒くれダメ男ですが笑)最期GMに向けた、瀕死の状態でも尚のし上がりたい野望を募らせた
憎悪の視線にも慄き、悲願であった新国立初披露の色悪な役に酔い痴れました。
人脈作りも上手く頭のキレも良く、金銭の回り方の仕組みを把握し経営能力も備えていそうですから
現代ならば一代で年商数十億単位の会社を築き行き着く先は若きやり手の社長としてカンブリア宮殿にも出演となるのでしょうが
まだまだ身分差の壁を越えられぬ時代であった点が惜しいところ。
それはさておき、26日の公演は上演できるか否かぎりぎりまで判断を迫られたかと察しますが
渡邊さんのレスコーを1回だけでも鑑賞できて安堵。目当ての役柄が同じ者同士、半泣き状態で喜び合った幕間でございます。

それから今回もやります、髪型考察。仮にぺったり七三分けであったとしても、付け毛とリボン効果で
洗練されたフランス人と化すのは2011年のバーミンガムロイヤル来日公演眠りでのツァオ・チーさんが証明してくださっていますが
(勝手に付け毛マジックと呼称)即座に二重丸。前髪も整え過ぎず自然なままで、
リハーサル動画にて装着可能であるのか不安も些かあったこざっぱりとした短髪であっても
付け毛も外れず。毎度思いますが、洋装(但しフリルやレースものは除く)と和装両方が容姿と調和して絵になる方は稀少でしょう。
手を合わせて愛でるしかない古風で端正、今回は野心や狡猾さを含んだ横顔も美しや。

驚きに拍車をかけたのは小野さんマノンと渡邊さんレスコーの兄妹ぶり。
顔は似ていない、実際には親族でもないながら兄妹の関係がはっきりと見て取れたのです。
計算高く物事をまずは損得の観点で捉えるのであろうしたたかさの方向性が同じで
恋愛関係ではなく兄弟姉妹の役においてぴたりと嵌る例はそうそうありません。
恐らくは両親を早くに亡くしたか事情で孤児院に預けられていたのか、或いは親族に預けられたとしても冷たい扱いを受けていたか
貧困に耐えながら兄妹身を寄せ合い知恵を絞り合い裕福になる決意を固め、そのためなら手段を選ばず金銭を稼ごうと
手を取り合っていた子供時代が自ずと浮かんできます。兄ちゃん手堅くまずは近衛兵に就職、の人生計画にも納得。
バレエで兄妹の役といえば日本その他アジア諸々を舞台にした『パゴダの王子』が新国立にて眠るレパートリーとしてありますが
大衆演劇風なテカリ和装とはいえ王子の衣装は間違いなく似合うでしょうが
裸体坊主頭でアヘン吸引の中国や銃所持の米国、といった東西南北の王の設定の受け止めがどうにもこうにも困難であり
妹のさくらで共通するならば映画『男はつらいよ』バレエ化の方が望ましい、マドンナは本島さんで決まりとは綴っても
客入りは見込めても容易には叶わぬのは目に見えておりますので次行きます。

身体の奥底から黒々とした嫌らしさを放出する中家さんのムッシューGMも舞台に厚みを加え、
マノンの脚を舐めるように摩る仕草が耐え難いぐらいに気色悪く(褒め言葉です)
取引成立間近なレスコーから静止されかけるのも無理はない、徹底した好色ぶり。
しかしバレエチャンネルさんでの中家さんへのインタビューのお話が今回大変参考になり
成金であるため正式なパーティーには出席できず娼館や街中では偉ぶっていることや
お金さえ払えば物事を解決できると信じている点を踏まえた上で鑑賞すると
ただの嫌らしい親父とは思えず。羽振りが良いときの金銭ばら撒きなんぞ憎めないご満悦な表情でした。
代わりに導火線が点火するとああおっかない。賭博でのイカサマを見抜くと
星一徹も萎縮するであろう卓袱台ではなくテーブルひっくり返しで、レスコーの酔いがすっかり醒めるのも
後にも述べるが間抜けとは分かっていてもテーブルを盾にして隠れたくなるレスコーの行動も当然の流れと思わせる雷落としです。

レスコーの愛人の木村さんはソロにおいては色気はあれど初日と2日目はやや初々しさや可愛らしさがまさってしまい、
娼婦たちを率いている光景も弱く感じてしまったときもありましたが
レスコーとのパ・ド・ドゥでは木下さんの好サポートもあり、宙ぶらりんになった状態で不安がる表情で笑いを起こしたりと健闘。
唸らせたのは26日で、開演直前に当初の愛人役寺田亜沙子さんが降板し急遽木村さんが登板。
キャスト変更の事情で開演が20分ほど遅れる旨が緞帳前に立ったスタッフによる説明があり、
リハーサル動画を見る限り小野さんマノンの日は女優役つまりは腰掛けて広場を眺めていたりと踊る箇所が無いに等しい役柄を予定していて
大急ぎで着替え鬘も装着、格好のみならず身体の準備も数分で行っての出演はさぞ緊張を強いられたのは容易に想像がつきます。
しかし急遽登板とは微塵も感じさせず、むしろ初日と2日目よりも吹っ切れていた印象すら抱かせ
1幕での重厚感のあるソロでは魔物が潜んでいそうな視線の送り方や身体を捻りながら手を差し伸べて気を惹く仕草に至るまで
2幕ではまた娼婦たちを従えてショールを両手に回転するだけでも色香がふわっと舞い上がり
貫禄までもを備え、いたく驚き嬉しい役への入り込みでした。
人気を博す華やかな娼婦とはいってもレスコーへの愛が一途な面はいじらしく、
少し他の男性と話していただけでレスコーの嫉妬を買い、腕を無理やり引っ張られた挙句に顔を叩かれてもついていく姿に
現代であれば荒くれ駄目男に分類される対象であっても、金持ちではないながら金銭を稼ぐ術に長けていたレスコーは
心身の拠り所であったのでしょう。しかも娼家を訪れる客よりは遥かに貌も宜しい男性ですから
一見華やかで豪奢な装いで振る舞ってはいても内心は縋る思いで尽くしていたに違いありません。
加えて腕っ節も強そうとなれば、治安も良好ではない物騒な社会においては用心棒として傍らにいて欲しかったのかもしれません。
1幕序盤での、嫉妬に燃えるレスコーによって強引に囚人たちの前に放り出されたのは
下手な真似をするとどんな運命が待ち受けるのかを明示するレスコーからの戒めとも見て取れます。

娼家のマダムは本島さん。まだ娼婦としても務まるであろう美貌なマダムで、踊る箇所が殆ど無い点が惜しまれるものの
腕を一振りしただけでも舞台をぱっと引き締める支配力や娼婦に耳打ちするときの表情ですら妖艶で
舞台の何処にいても目を惹く人物。2幕ワルツでのレスコーとの世にも華麗なるおしくら饅頭には笑い転げてしまいそうでした。

ところで、隙なく完璧な構成展開である作品と捉えていながら意外にも突っ込みどころや疑問もいくつか目に留まり
例えば金銭が入っていると思われる第1幕でのマノンの鞄で、小ぶりであるのは分かるのだがどう見ても大家さんの集金用の鞄。
視界に入るたびに笑いが込み上げて困ったものです。貴重品ほど見かけは拍子抜けする物に保管するのであろうかと
アトランタとシドニー五輪で2連覇(のちアテネで3連覇)を果たした柔道の野村忠宏さんが
2大会で獲得した金メダルを入れていた鞄を大家さんの集金袋と司会者に突っ込まれていたテレビ放送を思い出します。
思えばGMやレスコーが金銭入れに使用している巾着袋も妙に可愛らしい気がするが。(お財布の歴史を辿ると面白いかもしれぬ)

それから2幕でのデ・グリューとレスコーの関係性と衣装。1幕終盤で恐怖の目に遭わされた相手であるレスコーを
妙に小綺麗な服装で決めたデ・グリューが介抱していた点も飲み会で悪酔いした上司を支える部下のような絵で謎であり、
レスコーが娼館に入る前から泥酔していた点も疑問が残る設定の1つ。
直前にGMから受け取った金銭の使い道をデ・グリューはよそ行き服購入、
レスコーは酒代に注ぎ込むと話し合いは成立したのか想像が巡る場面です。
そしてレスコーは娼館到着前の何処かのお店でワインをボトルで注文し、連れのデ・グリューの心配も声にも耳を傾けず
呑みの歯止めが効かずに遂にはボトルを死守したまま退店して娼館へ、といった流れだったのか妄想は止まらず
散々な目に遭わされても愛する少女の兄のためなら誠心誠意尽くすデ・グリューの健気なことよ。
それから壁激突が心配にもなる、演奏の決め音とぴたりと合う寝室のパ・ド・ドゥ後に起こるマノンのベッド飛び込みや
2幕の幕切れでの絶命すれすれな状況ながら倒されたテーブルを盾にして隠れる
強気から一気に大転落のレスコーの必死ぶりもいかにも本能で出たと思わせる行動です。
加えて直後、マノンとデ・グリューが和解の確認なるパ・ド・ドゥを披露している間に
レスコーはGMや兵士たちによる拷問を受けていたはずで、気づけばボコボコ傷だらけな状態で登場するため
舞台では描かれていない過程の部分も想像が巡って止まず。舞台登場時木下さんは救いを懇願し弱り果てていた様子で
対する渡邊さんは負けず嫌いな我を貫こうとひたすらGMの目を鋭く睨んでいてド根性で這い上がってきた感が死に際でも伝わり
両者とも異なる最期の表現の見比べがまたレスコーという人物への興味を一段と持たせました。

幕開けから貴族と物乞い、成金や女優が同時に登場する身分差格差社会の露骨描写が目に付き
身体を売る娼婦や闇取引、窃盗、と品位が欠如した要素ばかりが詰まっていて
好きになれそうにない、進んで観たいとは思えない方もいらっしゃるかもしれません。しかし心配は無用で
単なる退廃した社会、人間の負の部分を描いた作品にはとどまらずむしろどっぷり物語の世界に浸った心地良い印象すら残すのです。
時には身を売ってでも犯罪に手を染めてまでも生きるためにはそうせざるを得なかった人々の懸命さが胸を打つだけでなく
音楽もまた作品のスケール感を引き立て、場面ごとの情景をより鮮やかにさせ心に響かせる効果が実に大きいからであろうと再度推察。
オペラ『マノン・レスコー』からは抜粋せずマスネの様々な曲を組み合わせた構成が実に魅力で
人間の醜い部分をも躊躇なく抉り出した、あらゆる欲に塗れた濃密な作品を彩る
時に甘美で時に毒々しく残酷な場面状況や人物の感情にぴたりと嵌り、切り貼りした感が皆無で度々聴き惚れております。
基本、ドッカンとした迫力や大地の匂い、郷愁漂う曲調が多いロシア音楽好きではありますが
バレエ『マノン』における例え幸福な場面であっても悲しみを湛え悲劇の展開を予想させる
曲の数々はどれを聴いても胸が締め付けられずにはいられません。

少数派かと思いますが私が作品中で特に好きな場面や音楽は娼館でのどんちゃん騒ぎなワルツ。
音楽自体は壮大で美しい旋律ですが、館の中から溢れ出す情欲、金銭欲、性欲といったありとあらゆる欲が混沌と渦巻き
1曲の中での主旋パート楽器のめくるめく変化は次々となだれ込んできて踊り狂うレスコーや愛人、マダムから娼婦、紳士たちまで
絡み合う大勢の人々の欲望の連鎖そのもので、GMがお金をばらまいたりと細かな演出の組み込みもあり。
高笑いまでもが聞こえてきそうな場面ながら物哀しく響き、その直後のデ・グリューのソロに殊更悲哀を持たせていると思わせます。
バレエ音楽では我が3本の指に入るワルツです。
それから短時間ながら場面と状況変化を代弁していると殊更唸らせたのがレスコーの愛人の記述と重複いたしますが
1幕序盤にて男性たちと談笑していた愛人が、嫉妬したレスコーによって通り掛かる囚人たちの前に連れ出される場面での音楽。
レスコーの怒りと愛人の腕を引っ張っての顔叩き、続けて囚人たちの前から逃げようとして許しを乞う愛人の怯えと
これ見よがしに登場する女優たちの堂々とした歩調までもが音楽で緻密に表され、ほんの数秒の枠の中ですが
作品の冒頭であたかもこのために作曲されたと信じずにいられぬ光景を開演早々から目と耳で感じるひと幕です。

細部まで凝った衣装美術はどれからも目が離せず、1点1点じっくり観察したくなり
展示会が開催された暁には何時間でも居座ってしまうでしょう。
新国立では2003年の初演では英国ロイヤルやパリ・オペラ座が採用しているニコラス・ジョージアディスのデザインを、
2012年と今回の再演ではオーストラリア・バレエが採用のピーター・ファーマーの衣装を着用。
これまではファーマーによる1幕のマノンやデ・グリュー、2幕の娼婦たちのパステルカラーからなる衣装に違和感を覚え
よりクラシカルなデザインと渋みある色彩で整えられたジョージアディスのほうが断然好みでした。
しかしよくよく見比べて観察してみると、ファーマーの衣装のほうがしっくりくるデザインも何点か発見。
2幕の豪奢な装いのマノンは重厚なカチューシャ型ティアラや黒の七分袖衣装の金の刺繍や装飾の光沢にうっとり惚れ惚れし
淹れてから長時間が経過し茶柱の判別もつかぬ濁ったお茶色なんぞ当初は申していたレスコーの深緑も(大変失礼)
日によってはいたくスタイリッシュな着こなしに映ってこれまでの考えを覆され、
人間とはかくも身勝手な生き物であると3年前から何度書いているか分からぬが今回も心底感じた次第です。

マノンで思い出すのは、この作品を知ったのはバレエ鑑賞の開始から約7年後。
1996年ダンスマガジンABT来日公演記事がきっかけでした。スーザン・ジャフィーやアマンダ・マッケロー、
ニーナ・アナニアシヴィリがヒロインについて語るインタビューを読んだものの今一つ理解に至らず
まだインターネット音痴だった為バレエ作品に疑問があれば毎度頼りにしていた
図書館の書籍『バレエ101物語』にて調べたのは良かったが、原作者アベ・プレヴォーを
日系フランス人かと思い込んでしまい恥ずかしや。当時の管理人には作者もあらすじも難解だったわけです。

そして年齢を重ねて2007年春に初めて全幕を図書館の視聴覚コーナーにて英国ロイヤルのVHS映像で鑑賞。
主演はジェニファー・ペニーとアンソニー・ダウエルで、話も把握せずに観てはいたものの
劇的な展開には手に汗を握り、観終えると放心状態となったのは今も忘れられず。
同時にいつかデ・グリューを山本隆之さんで観たいと祈願したものです。(2012年に叶い感無量)
2003年の新国立劇場での初演は新聞記事で知ってはおりましたが足を運ばず終い、
今思えば酒井はなさんのマノンを鑑賞したかったと悔やまれます。

2月29日(土)、3月1日(日)は2回とも中止になってしまい滅多に上演できぬ作品で無念極まりないものの
観客そして劇場に携わる方々の安全を最優先した上での苦渋の決断であったでしょうし
状況を考慮すれば致し方なく、早いうちの再演を心より望みます。
突如当日に千秋楽と決まった26日(水)、三大バレエや有名古典バレエでもない上に
平日夜公演、新型コロナウイルスの感染関連の報道も連日なされた状況下で決して動員も順調ではない公演でしたが
カーテンコールは満員御礼公演と変わらぬ熱量。観客の拍手は、公演中止を余儀なくされ
ほぼ半減してしまった事態にこのままでは終われず、早期再演の実現を望みが込められ
長く熱いカーテンコールへと繋がっていたのでしょう。
そして次回は、歩き読書の登場時は二宮金次郎以上に生真面目純朴そうな学徒が
マノンとの出会いによって激流の如く破滅へと呑まれて行くさまを
起伏に富んだ心情の変化や登場人物との会話を全身から手に取るように伝え、
『ロメオとジュリエット』よりも遥かに人間の闇部分を突き詰めた濃密な物語の世界に引き込むのは間違いないであろう
渡邊さんのデ・グリューにお目にかかれるよう切に願っております。




入場すると机上の消毒液がお出迎え。


今回の公演限定ケーキはマノン役の米沢さんと小野さんが各々1種ずつ監修。
ケーキの解説文、しっかりと読んだ上でいただきます。ただ甘味を堪能するわけではありません笑。
読みつつふと浮かんだのは、コインに見立てた装飾でレスコー&GMの成り上がりケーキなんぞあったら尚嬉しい気がいたします笑。
今回のお三方ならばアイディア出し合って上質なケーキが出来上がるかもしれません。



右のチョコレートケーキは米沢さん監修の「マノンのドレス〜オペラ〜」。濃厚なチョコレートクリームや
コーヒークリームが何層にも重なっており、コーヒーによく合う味でした。



小野さん監修の「デ・グリューの愛の詩〜カルヴァドス風味のサバラン」。
甘さを抑え、お酒の味もさほど強くなくマノンの魔力に徐々に惹かれていくデ・グリューの心を映していると勝手に想像。
愛の詩と聞くと、響きからして映画『ある愛の詩』を思い出します。
一昔前はよく図書館で映画音楽大全集CDを借りては好んで聴いており
他にも『ドクトル・ジバゴ』や『ひまわり』、『風と共に去りぬ』、『太陽がいっぱい』、『シェルブールの雨傘』、E.T.など
CDを通して知った名作映画はかなり多い管理人でございます。



前半無事終演を祝い、黄金色に近い白ワインで乾杯。
『マノン』ほど金銭に執着する人物達が描かれたバレエ作品は他にないであろうと想像が巡ります。



ロイヤルアイスティーのカクテル。ハッピーアワーの価格に惹かれたが、3分も経たずに完飲。
管理人にはビールやワイン、ウイスキーやウォッカといった刺激と度数強めが合うらしい笑。



ハッピーアワーの文字につられて大きめのビール。特別英国作品の贔屓ではないが、マクミランやはり好きだ。
一昨年のロイヤルシネマでも妄想したが、いつかマイヤーリングも生で観たいものです。
心が歪み孤独に狂おしく突っ走るルドルフ皇太子が似合うダンサー、初台にいらっしゃいます。
ただ複数の女性と踊るパ・ド・ドゥがどれも過酷で怪我が心配になる役どころではあるが、観てみたいと夢は膨らみます。



26日に貼り出された中止通知。ウェブによる通知もまさにこの日の夕方でした。



リハーサル映像を見て寺田さんの愛人役も楽しみにしておりましたが、
怪我で直前降板。ご本人もさぞ悔しい思いをなさっていたかと察します。
そして急遽臨まれた木村さん、危うい箇所皆無でお見事でした。



カクテルサンプル。今回は公演限定レギュラーと26日(水)限定の2種類が登場。



夜空に、正確には窓ガラスに映った灯りと夜の甲州街道に映えるカクテルで乾杯。
26日(水)のみになってしまったが渡邊さん、初台では悲願の色悪役。そもそも注目する契機が、
トゥールーズにいらした頃の怪しい或いは粗暴なキャラクターを務める映像であったため、願って早3年超。
待望の役柄ようやく新国立劇場にお目見えです。



重厚濃厚なチョコレートとクリームが何層にも重なったマノンドレスケーキがいたく気に入ってしまい
この日は何ドルか分からぬ甲州街道の夜景を眺めながらいただきます。



千秋楽、マクミランさんに敬意を表してご出身地スコットランドのウイスキーで乾杯。
瓶の色がレスコーの衣装を想起させる点もポイントでございます。
尚私は大酒豪ですが、2幕のレスコー登場の如くボトルラッパ飲みの経験はございません笑。
但し最近、何本か購入し愛飲している福島県の造り酒屋金水晶さんの初しぼり酒を
いぶりがっこのタルタルソースをつまみに呑み始めると、1本空けそうになる事態に。勿論ラッパ飲みはいたしていませんが
酔いどれになってもレスコーの如く瓶を手に踊る行為による観衆魅了はできませんので管理人、呑み過ぎ要注意でございます。




2003年の新国立初演時のバレエ『マノン』リハーサル。マノン役は酒井さん、臨時のデ・グリューに山本さん!
新聞社名を失念してしまいましたが、2年後ぐらいに記事の旨を知り図書館に置かれている年鑑本からコピーした新聞記事です。

2020年3月6日金曜日

森下洋子さんが出演されたTBSサワコの朝

暫く更新が止まり申し訳ございません。
新型コロナウィルスの感染拡大を懸念して立て続けにバレエ公演が中止となり、
2月末から3月にかけて鑑賞のご予定が多数飛んでしまった方は大勢いらっしゃることと存じます。
私の場合は新国立劇場バレエ団『マノン』後半2日間、大和雅美さん福田圭吾さん振付演出のDAIFUKU、
スターダンサーズ・バレエ団『ウエスタン・シンフォニー』『緑のテーブル』、
牧阿佐美バレエ団『ノートルダム・ド・パリ』、Kバレエカンパニートリプル・ビルを鑑賞予定でおりましたが
中止となりました。ただ状況を考えれば致し方ないことと捉えております。
(延期と記載の団体もあり、心待ちにしております。今月末の新国立劇場Dance to the Future2020がどうなるか)

現在大型カンパニーとしてはパリ・オペラ座バレエ団が来日公演中ですが、上演に踏み切ったNBSも
出演者関係者そして何より観客の安全を守ろうと最大限に配慮しながら公演を続行していると思います。
未だ感染源も謎であり、これといった対策も見つからぬ状態で不安な日々が続きますが
とにかく1日でも早く収束するよう今は願うばかりで、できることを真摯に行って参りたいと考えております。

さて、以下はぼやきや呟きな記事でございますが悪しからず。
先週2月29日(土)、阿川佐和子さんが聞き手を務めるTBSサワコの朝を視聴いたしました。
ゲストは松山バレエ団の森下洋子さんです。
https://www.tbs.co.jp/tv/20200229_59DB.html
バレエを習い始めたきっかけやヌレエフとの共演など、既に何度もお話しになっている内容も含まれていながら
表情豊かに朗らかに語っていらっしゃるご様子が何とも生き生きとなさっていて、そしてシンプルな黒いパンツスーツを
さらりと着こなして歩くお姿も美しく、朝7時半から活力をいただいた思いです。

森下さんと言えば、言わずと知れた日本を代表する現役のバレリーナであり
誠に失礼ながら我が家に公演告知の葉書が届くたびに、いつまで踊られるのだろうか
ひょっとして生涯全幕現役として歩まれるのだろうかと手に取る度に考え耽ってしまうのですが
葉書が届くようになってから約15年。今もなお全幕の舞台で主役を踊っていらっしゃるのですから
賛辞を込めて、「怪物」としか思えません。今年は堀内充さんと共演の『白鳥の湖』全幕を控えていらっしゃいます。
http://www.matsuyama-ballet.com/newprogram/new_swanlake.html





森下さんの舞台を鑑賞した回数は少なく、2006年の『シンデレラ』と『ジゼル』の2回のみですが
松山バレエ団の独特な序列で気にかかる点はあれど(2006年鑑賞時は管理人が子供の頃と
さほど変わっていない序列に衝撃を受けたと記憶)豪華な美術装置衣装且つ人の雲海状態と化した舞台上においても
主役以外は考えられぬ人であると分かってはいても1人別格オーラな森下さんに驚愕したものです。

放送は偶々家族と一緒に視聴しておりましたが、森下さんが何か逸話を語るたびに管理人、補足事項を追加。
紹介された子供の頃の写真の作品や、通われていた学校、滝に打たれての精神統一や少女雑誌グラビアでの苦労
共演したヌレエフの口癖、ジゼルを決してか弱い少女ではないと解釈なさっていることなど
森下さんの根っからのファンではなく新書館の書籍やその他森下さんのインタビューで目を通して蓄積した程度の知識ですが
遂に家族が笑いながら放ったのは「マラソン解説の増田明美さんかい」。そして「その時代生きていたのかい笑」
ただでさえ新国立マノンの上演中止1日目の決して晴れやかではない朝、少しでもベクトルを前向きにと言わんばかりに
褒め言葉と勝手に受け止めたものの果たして良かったのか。よくよく考えれば私なんぞ
増田さんが持つ細かく豊富な知識量には到底及ばぬレベルですが
それはさておき趣味が30年以上不変であるのは時には役立つ日が訪れると胸に手を当て、
ささやかな幸福に浸った管理人でございました。


※ダンスマガジン編『バレリーナのアルバム』
新書館のホームページでは品切れ表示ですが、図書館によっては取り扱いあり。
カラーの舞台写真もあり、幼年時代からプロとしてのデビュー以降まで濃いお話満載のおすすめの書籍です。
写真のみであっても恋の喜びに溢れる少女の感情が伝わる森下さんのジゼルが表紙を飾っています。
https://www.shinshokan.co.jp/book/4-403-32006-6/

ちなみに、現在新国立劇場舞踊部門芸術監督の大原永子さんもご登場。
大原さんが落語好きであることやスコティッシュ・バレエの後輩となった下村由理恵さんに
カツ丼を振る舞っていた(カツ丼逸話は下村さんのインタビューにて紹介だったはず)と知ったのはこの書籍がきっかけでした。
残り2回公演の中止や2月26日(水)は開演直前のキャスト変更と続けさまに緊急事態に見舞われながらも
全員が心を尽くして挑んだ新国立劇場バレエ団2020年『マノン』総括は次回にて。

2020年2月25日火曜日

【大変おすすめ】【只今折り返し地点】新国立劇場バレエ団2020年2・3月公演『マノン』

【重要】新国立劇場バレエ団『マノン』公演2月29日(土)、3月1日(日)は中止となりました。
誠に残念ですが状況を考慮した決断ですから致し方ありません。早い再演を心より祈ります。
https://www.nntt.jac.go.jp/release/detail/23_017116.html


新国立劇場バレエ団で先週末2月22日(土)よりケネス・マクミラン振付『マノン』が開幕。
只今折り返し地点で、明日26日(水)よりまた公演が始まります。
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/manon/
メディア情報
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/news/detail/26_017060.html


2012年6・7月公演以来約8年ぶりの再演。18世紀フランスの退廃した身分差及び格差社会で
蠱惑的な魅力で人々を惹きつけたのち壮絶な生涯を終える少女マノンと
マノンとの出会いにより恋に溺れ道を踏み外していく生真面目な神学生デ・グリューを主軸に
懸命に、時には犯罪にも手を染めざるを得なかった人々の生き様をリアルに登場させて
数あるバレエ作品の中でも人間に潜む醜い部分を抉るように描いた
欲情や憎悪が渦巻く綺麗事だけにとどまらぬ濃密で重厚なドラマティック・バレエです。

早速米沢唯さんとムンタギロフさん主演の初日と2日目を鑑賞いたしましたが
米沢さんは初挑戦とは思えぬ踊り込みで、流木の如く右へ左へ流されてしまうマノン。
前回2012年公演で観た小野絢子さんのマノンとは大分異なるアプローチであったかと思いますが
全てを受け止めるデ・グリューのムンタギロフさんと讃え合うパートナーシップ構築にも感激し
何よりこの状況下に予定通り来日してくださったムンタさんに感謝の念が尽きません。
身分差格差社会の露骨描写は胸を突き、甘美で時に残酷な旋律を奏でるマスネの音楽にも聴き惚れ再演を万々歳した次第です。
娼館マダム本島美和さんの支配力や、黒々嫌らしいされど内側から沸々と不敵な笑みを放っているようで
目を向けずにはいられぬ中家正博さんによるムッシューG.M.がもたらす厚み、そして細部まで凝りに凝った衣装美術も必見。

犯罪や身体を売る娼婦、闇取引、と品位が欠如した要素ばかりが詰まっていて足を運びづらい
進んで観たいとは思えない方もいらっしゃるかもしれません。しかし心配はなさらずに。
単なる退廃した社会、人間の負の部分を描いた作品にはとどまらずむしろどっぷり物語の世界に浸った心地良い印象すら残すのです。
時には身を売ってでも犯罪に手を染めてまでも生きるためにはそうせざるを得なかった人々の懸命さが胸を打つだけでなく
音楽もまた作品のスケール感を引き立て、場面ごとの情景をより鮮やかにさせ心に響かせる効果が実に大きいからであろうと再度推察。
オペラ『マノン』の音楽は一切用いずどれも様々なマスネの曲からの取り入れているにも拘らず
ヒロインマノンのテーマ曲もあり、作品の核となるパ・ド・ドゥも複数用意。
切り貼りした印象は皆無で、振付、それぞれの人物の感情、劇的な展開と驚くほどに溶け合っています。

少数派かと思いますが私が作品中で特に好きな場面や音楽は娼館でのどんちゃん騒ぎなワルツで
音楽自体は壮大で美しい旋律ですが、館の中から溢れ出す情欲、金銭欲、性欲といったありとあらゆる欲が混沌と渦巻き
レスコーや恋人、マダムから娼婦、紳士たちまで大勢の人々が次々と踊り狂う場面ながら
GMがお金をばらまいたりと細かな演出の組み込みもあり。マノンがGMからブレスレットを受け取り
はめた直後あたりから始まります。是非ご注目ください。


新国立劇場バレエ団 3分でわかるマノン動画


あらゆる媒体にてリハーサル動画やインタビューが掲載されたページが開幕前にアップされていますので
完全網羅ではございませんが紹介いたします。



米沢さんと井澤さんの対談。妙にほっこりするのは良きパートナーシップの築きの証か、29日も楽しみです。


◆スパイスイープラス マノン役小野絢子さん、デ・グリュー役福岡雄大さん、レスコー役渡邊峻郁さんへのインタビュー。
各々の役の捉え方や見どころを始め、兄妹であるマノンとレスコーの関係性や
物乞いや娼婦たちを踊るダンサーが役を落とし込むまでの苦労など
全体の様子についても語ってくださっています。そして、1幕終盤での見せ場である
レスコーによるデ・グリュー締め上げ場面が益々楽しみになるお話も笑。
(管理人がとりわけ心待ちにしている場面です。いよいよ明日ご登場!)
https://spice.eplus.jp/articles/265035


指導のパトリシア・ルアンヌさんのインタビュー。
マクミラン作品の根底にある要素や決して現代とはかけ離れた話ではない作品であること、
人々を惹きつける理由や作品指導の上で大事にしていることなど、大変分かりやすく話してくださっています。
https://spice.eplus.jp/articles/265183


公演限定マノンスイーツ、監修は米沢さんと小野さんがそれぞれ1種ずつです。
管理人、勿論2種とも食べました。食いしん坊万歳!
米沢さん監修の「マノンのドレス〜オペラ〜」は濃厚なチョコレートクリームや
コーヒークリームが何層にも重なった、コーヒーによく合う味。
小野さん監修の「デ・グリューの愛の詩〜カルヴァドス風味のサバラン」は
甘さを抑え、お酒の味もさほど強くなくマノンの魔力に徐々に惹かれていくデ・グリューの心を映していると勝手に想像。
https://spice.eplus.jp/articles/265451





◆バレエチャンネル(大変充実した情報量です)

https://balletchannel.jp/6093
主に小野さん組。全体を通しての様々な場面のリハーサル映像あり、主要な役柄名とダンサー名は字幕表示。
小道具のセッティングもあれば本を奪われあたふたするデ・グリューの姿そして
1幕でのレスコーのソロはほぼ丸々収録!明日が待ち切れん。


https://balletchannel.jp/6109
小野さん組のレスコーの酔いどれパ・ド・ドゥほぼ収録。明日が待ち切れん笑。
リレーインタビューは渡邊さん(レスコー)、速水さん(物乞いのリーダー)、木村さん(レスコーの恋人)


https://balletchannel.jp/6248
リレーインタビューは木下さん(レスコー)、中家さん(ムッシューG.M.)、寺田さん(レスコーの恋人)
中家さんによる説明が誠に明解で、ただの嫌らしい親父ではない点を示しつつ
悪役と捉えられがちな『ロメオとジュリエット』ティボルトとの大きな相違点についても言及。


https://balletchannel.jp/6187
衣装大特集。接写画像もあり、細かく凝ったデザインにうっとり魅せられずにはいられません。
特に娼館マダムの玉虫色が織り成す豪華さには目を奪われました。
小野さんが沼地のオンボロ格好で毛皮のマントを羽織り翻す貴重な一幕も笑。


https://balletchannel.jp/6270
リレーインタビューは小野さん(マノン)、福岡さん(デ・グリュー)


明日26日からの後半日程もどうぞご来場ください。滅多に上演できぬ作品、大勢の方にご覧いただけたら幸甚です。



※終了分も含め主要キャスト
【2/22(土)14:00】
マノン 米沢 唯
デ・グリュー ワディム・ムンタギロフ(英国ロイヤルバレエ・プリンシパル)
レスコー 木下嘉人
ムッシューG.M. 中家正博
レスコーの恋人 木村優里
物乞いのリーダー 福田圭吾

【2/23(日)14:00】
マノン 米沢 唯
デ・グリュー ワディム・ムンタギロフ(英国ロイヤルバレエ・プリンシパル)
レスコー 木下嘉人
ムッシューG.M. 中家正博
レスコーの恋人 木村優里
物乞いのリーダー 福田圭吾

【2/26(水)19:00】
マノン 小野絢子
デ・グリュー  福岡雄大
レスコー 渡邊峻郁
ムッシューG.M.  中家正博
レスコーの恋人 寺田亜沙子
物乞いのリーダー 速水渉悟

【2/29(土)14:00】
マノン 米沢 唯
デ・グリュー 井澤 駿
レスコー 木下嘉人
ムッシューG.M. 中家正博
レスコーの恋人 木村優里
物乞いのリーダー 井澤 諒

【3/1(日)14:00】
マノン 小野絢子
デ・グリュー  福岡雄大
レスコー 渡邊峻郁
ムッシューG.M.  中家正博
レスコーの恋人 寺田亜沙子
物乞いのリーダー 速水渉悟


明日26日は待ち侘びたレスコー登場。新国立では初披露でいらっしゃるであろう色悪な役に胸が高鳴るばかりです。

2020年2月23日日曜日

行き届いたレジュニナの美意識 東京シティ・バレエ団『眠れる森の美女』2月16日(日)




2月16日(日)、東京シティ・バレエ団『眠れる森の美女』を鑑賞して参りました。
シティでの眠り全幕は40年ぶりの上演だそうです。

https://www.tokyocityballet.org/schedule/schedule_000532.html

特設サイト https://tokyocityballet.com/sleepingbeauty/


構成:振付[マリウス・プティパ原振付による]:安達悦子
振付指導:ラリッサ・レジュニナ
演出:中島伸欣

オーロラ姫:斎藤ジュン
デジレ王子:福田建太
リラの精:平田沙織
カラボス:石黒善大
フロレスタン国王:青田しげる
王妃:若林美和
カタビュット:浅井永希
優しさの精:春風まこ
元気の精:渡邉優
鷹揚の精:大内麻莉
カナリア:新里茉莉絵
勇気の精:且股治奈 ※3幕:山本彩未
フロリナ姫:飯塚絵莉
青い鳥:吉留諒
ダイヤ:石井日奈子
金:島田梨帆
銀:且股治奈
サファイア:三好梨生
白猫:庄田絢香
長靴をはいた猫:岡田晃明
赤ずきん:宮井茉名
狼:濱本泰然


斎藤さんの主役は初見。決して抜群のスタイルやラインを持っているわけでないながら
最も緊張するであろう1幕登場時からおっとり優しい空気を作り出し、ほんわかとしたオーロラ姫を好演。
ピンク色の小さなバラをあちこちに振り撒いているかの如き初々しさにも頬が緩まずにいられぬ魅力がありました。
2幕の消え入りそうな幻影、3幕での結婚式に臨む姿まで変化の色付けも明確で技術も安定。

福田さんの王子は登場の姿からは一見主役なオーラは控えめに思えてしまい
全てを備えたおとぎ話の究極な王子様像へやパートナーシップの盤石ぶりはもう一歩であった気もいたしますが
フレッシュ感のある踊りやオーロラの幻影を目にすると会わせて欲しいと
懸命にリラへ胸の内を全身で訴える表現も届いて好印象。経験を重ねていけば堂々たる主演を務められると感じさせる
全幕デジレ王子デビューでした。

特筆すべきは平田さんリラ。包容力と強さを備え、カラボスに対峙する凛然な立ち姿には
宮殿の人々にとってどれだけ救いになったか想像に難くなく、長い手脚と高い背丈をコントロールする力も見事。
腕を大きく広げたり例えば1つアラベスクポーズを取るだけでも空間が柔らかなリラ色に染まり
妖精たちを背中で統率するリーダーらしい格にも惚れ惚れいたしました。

圧倒する存在感で場を攫っていたのは石黒さんのカラボスで男性形マレフィセントといった趣き。
下手すればデーモン小暮さんと美川憲一さんを足して2で割った感のある妖精に至ってしまう装いやメイクでしたが
マイムや所作が雄弁且つ品も宿り、悪の精であっても惹きつけてしまう妖しさ。手振りだけでも覆い尽くす迫力で
勢い良く舞い上がるマント捌きも魔力を倍増させる立ち振る舞い。
何より、ご自身が楽しそうに演じていて敵役にも拘らず舞台が一気に締まって盛り上がったのは明らか。
これまでに観た石黒さんの役柄の中で最も見入った舞台でした。
昔でもないが、2007年には北海道厚生年金会館(のちにニトリホールに名称変更後2018年閉館)にて開催された
全道バレエフェスティバルサッポロ『ドン・キホーテ』全幕にてエスパーダ役も鑑賞しておりますが
今回のカラボスの方が遥かに強烈な印象です。

振付指導にはマリインスキーやオランダ国立バレエでも活躍されていたラリッサ・レジュニナさんが入り
基盤はセルゲイエフ版。レジュニナさんが10代の頃にファルフ・ルジマトフと組んで踊られた映像を度々鑑賞していた者としては
しかも私にとって初めて触れた、『眠れる森の美女』の基礎要素を知る契機となった映像や
手引き書として今も愛読している昭和の時代に出版された書籍の舞台写真にて主役として写っている
イリーナ・コルパコワから学ばれた経緯を綴られた挨拶文を読み、尚のこと感慨深し。
プロローグでのカヴァリエ不在やリラの精のコーダ部分、女性のみ4人の宝石や
フィッシュダイブのないオーロラ姫と王子のグラン・パ・ド・ドゥの振付からして
見て取れる、セルゲイエフ版の香り漂う演出でした。

ただ丸ごと踏襲ではない点は嬉しく、1つは衣装。東洋人のダンサーに合うよう配慮が行き届いた色彩で
特に息を呑むセンスの良さに驚嘆したのはリラの精、リラのお付きの妖精たち、プロローグ妖精ソリストで
パステルカラーを用いつつぼやけて見えぬよう同系色の渋めの色を胴部分に組み合わせ
体型がより綺麗に締まって見えるデザインでした。模様や装飾も、頭飾りの形も役柄毎に異なる凝りようで
双眼鏡を通しての観察も楽しく、遠目で眺めても全体が淡さと濃さがバランス良く共存している光景が広がっていたく眼福。
宝石もシックな色と淡い色、そして派手になりすぎずされど各々の宝石で彩られて華やぎも十二分にありました。

またセルゲイエフ版では4人の求婚者が同デザインの色違いの衣装である点に対し、シティではお国柄が分かる衣装を導入。
太陽が描かれて分かりやす過ぎるフランス、タータン模様のイギリス(スコットランドかと思うが)、ロシア、インドの構成でした。
濃いめのメイクに髭面であったロシアの濱本さんが誠に立ち姿が美しく長身も映えていた上に
お顔が新国立劇場バレエ団の井澤駿さんにそっくり笑。メイク効果か定かではありませんが
瓜二つに近く何度も双眼鏡で観察してしまったほどです。アポテオーズではリラや宝石のみならず、プロローグの妖精たちも総登場。
貴族の人数は少なめであったものの舞台面積を考えれば程よい数で、
中でもつい先日スタジオカンパニー生からアーティストに昇格された櫻井美咲さんのデコルテの見せ方や隙のない歩き方は目を惹く姿でした。

面白みのあった場面の1つが、2幕終盤カラボスとは直接交わっての対決が殆どない王子に代わって
率先して前に出ていたのはリラの精とリラの妖精たち。妖精たちが囲い込みしながらカラボスや手下たちを追い詰めていく展開で
つまりはリラの方が王子よりも格段と勇ましや。俄然平田さんの威厳やダイナミックな強さが生かされたリラに繋がっていたわけです。

舞台背景は恐らくは全編通してグリーンの同じベルベット地のカーテンが掲げられていて
後方にカーテンといえば現在NBAバレエ団芸術監督の久保紘一さんやキエフの至宝エレーナ・フィリピエワが入賞した頃の
80年代のモスクワ国際バレエコンクールが脳裏を過ぎり、チャイコフスキー三大バレエ全幕では如何なものかと
当初は首を傾げておりましたが心配は無用。照明によって自在に色が変化し、予算云々な勘ぐりをさせぬ立派な舞台背景でした。

マリインスキーのセルゲイエフ版を踏襲しつつもシティの持ち味であろう階級問わず高い技術レベルや
カラッとした明るさを生かした、そして型やラインをしっかりと魅せるよう心を砕くレジュニナさんの美意識が行き届き
熟慮を重ねてデザインされたと窺える凝った衣装効果もあって上質なおとぎ話の全幕バレエを鑑賞。
カーテンコールではレジュニナさんも登場されて歓喜したシティの新制作全幕眠りでした。



昭和に出版された、我が眠り手引き書。求婚者たちにリフトされているのはコルパコワさん。
この本に目を通し、青い鳥や赤ずきんといったバレエにおける眠れる森の美女の特殊な展開、キャラクターの知識を蓄積。
セルゲイエフ版の全容を辿れる書籍です。後半ページにはソビエト(当時)の新鋭からスターダンサーまでが紹介され
コルパコワ、アナニアシヴィリ、アンドリス・リエパ、ベスメルトノワ、ムハメドフ、ルジマトフ、
タランダ、アスイルムラトワといったバレエ史に刻まれる方々を掲載。
うっとり眺めてソビエトバレエを憧憬しておりましたが瞬く間にソ連崩壊。
報道番組が連日赤の広場とゴルバチョフ一色になっていたと記憶しております。



もう少し余韻に浸りたいと思い、こちらのバーその名もライラックへ。



注文したのはFourRoses、シティ眠りでは求婚者たちが持つ薔薇は赤色である
ローズアダージオを彷彿させるバーボンのロックで平田さんリラ
そしてシティでは40年ぶりとなる眠り全幕に乾杯。

2020年2月21日金曜日

宝満さんが灯す夜 NBAバレエ団ホラーナイト『ドラキュラ』1幕『狼男』 2月15日(土)夜



2月15日(土)、NBAバレエ団ホラーナイト夜公演を観て参りました。
https://www.nbaballet.org/performance/2020/horror_nights/


狼男
振付:宝満直也

a man:高橋真之
a girl:勅使河原綾乃

一昨年2018年6月に初演した同じく宝満さん振付『11匹わんちゃん』と似た路線かと思いきや全く異なるアプローチ。
耳装着やあからさまな遠吠えもなく具体形を前面に出さず、一斉にじわりと追い詰めて行く内面や不気味さを露わにした作品で
狼の怖さよりも寂しさや孤独感、不安感を募らせていた印象です。
床を這うような振付を床に吸い付くぎりぎりの体勢で自在に踊る、主軸を務めた高橋さんと勅使河原さんはもとより
男性のみならず女性ダンサー達の高い身体能力も堪能。ベージュの襟付きワンピースの裾から縦のブルー模様が覗く衣装もお洒落。
声を出し歌う場面があったものの、座席位置の関係か曲が聴き取れずであった点のみ心残りで
当方には蛍の光に聴こえたが正解はいかに。いずれにしても宝満さんの次回作が今から楽しみです。

※宝満さんへのインタビュー
https://spice.eplus.jp/articles/264668


ドラキュラ 振付:マイケル・ピンク

ドラキュラ:宝満直也
ジョナサン・ハーカー:大森康正
ミーナ:竹内碧
ヴァン・ヘルシング:三船元維
レンフィールド:佐藤史哉
3人の女バンパイア:猪嶋沙織/菊地結子/阪本絵利奈

2014年の全幕初演をゆうぽうとにて鑑賞しておりますが、新国立中劇場効果か後方席であっても
今回の方が人物も堅固な装置もよく見え、遥かに楽しめたのは驚きでした。
大作映画を彷彿させる装置の豪華さには目を見張り、大阪の巨大映画遊園地内にある
魔法使い物語の領域以上に忠実に再現していると思わせます。
宝満さんのドラキュラは中性的で掴み所ない冷ややかさで背筋を凍らせるキャラクターで
一見線は細そうであっても通り過ぎるたびにぬめっとした冷風を吹かせ
ハーカーから落ち着きが取り払われてしまい暴れ回るのも納得。大森さんの体当たりな演技と
ドラキュラが覆い被さるようにしてハーカーと踊るパ・ド・ドゥも、おどろおどろしい空気が充満し
暖房が効いた会場内であっても寒気が止まらぬ展開でした。

凝って作られた銀の頭飾りや白い衣装が美しいながら怪しさや恐ろしさを押し出していた女ヴァンパイア達や
フォークダンスを踊りそうな可愛らしい民族衣装な姿の村人達も、淡々と儀式に励んだり
かと思えばパワフルに踊り出したりと見せ場の盛り上げに貢献。
今夏新国立劇場オペラパレスでの全幕再演が待ち遠しく、期待を寄せております。

ホラー作に焦点を当ててのバレエ公演企画は珍しく、斬新な二本立て。
しかも1本目は振付を、2本目にはこの回は主演を務めた宝満さんが灯す世界を満喫した一夜でした。



帰りに立ち寄った鹿児島料理店にて狼焼酎を発見。ロックでいただき、
文字の迫力からすると意外にも飲み易いお味でございました。
もう1種、名前に惹かれて飲んだ黒騎士はガツンと迫る味で一口含んだだけでもほろ酔いに。
女性だけでなく男性も正統派貴公子のみなず、白黒両面を表現できる方に惹かれると再度思い返した管理人でございます。

2020年2月18日火曜日

8ヶ月ぶりのレッスン

先月中旬の話に遡りますが1月19日(日)、昨年4月末以来8か月ぶりにレッスンへ行って参りました。
バレエは鑑賞や座学の講座受講が中心で通う距離など諸々事情がありレッスン受講は
ここ数年は年1回程度にとどまっており、もはや習っているとは言い難い現状でございますが
心身の健康に良く、先生の目が届きやすい贅沢な約8名のクラスでのびのび受講。
天井は高く綺麗なリノリウムが敷かれたスタジオで環境にも恵まれ、身体を存分に動かせた次第です。

ブログ移転後でのレッスン記事執筆は初のため、子供の頃のレッスン状況について今一度紹介いたしますが
通っていた幼稚園の放課後の空き部屋を使用していたため天井は低く面積も狭き空間。
幼児の頃はまだしも、小学校高学年ともなれば学力はさておき身長の伸びだけは早かった管理人は
横に動けば積み木の箱や飾られている園児達の製作物に、腕を掲げれば天井の装飾に激突寸前。
破損しかけそうになったことも1度や2度ではなく、最たる危機は端午の節句の時期で
どう気をつけてもポワントで立つと天井から吊るされた鯉のぼりに手が当たってしまい、
勉強会の練習でジャンプしながらの横移動も多い振付であった関係で先生の頭を悩ませ
生涯に1度の経験になるであろうヴァリエーションながら、迂回路での練習を余儀なくされたのは
今もよく覚えております。ちなみに『眠れる森の美女』プロローグ元気の精でした。
(踊ったとは言い切れぬ、そして元気とは言えぬレベルで
天に向かってプティパとチャイコフスキーに心から詫びるしかなかったが)

以上の経緯から、7年前の再開以降お世話になっているスタジオの広さそして
今秋の来日公演が今から待ち遠しいボリショイ・バレエ団が日本では8年ぶりに全幕上演する
グリゴローヴィヂ版『スパルタクス』縦長リフトにも対応可能な高さのある天井は、
訪れる度に感激の声を発してしまうほどです。

名誉ある賞を多数受賞なさり偉大でいらっしゃりながら初級者にも優しくゆっくり教えてくださる先生に学んで
幸福に尽きる時間を過ごし、ピアノ伴奏付きであることもまた幸運で『ライモンダ』スペインや『マノン』寝室、
『パキータ』グラン・パの幕開けに『ラ・バヤデール』3幕パ・ド・ドゥ、
『シンデレラ』ワルツ等情景が浮かぶ音楽に耳を傾けると殊更うっとりするしかありません。

さて、日々専ら鑑賞中心でここ数年はレッスンは年1、2回に対し、鑑賞は年間平均80回で講座やシネマも加えば
もはや数える気力すら起こらぬバレエにおいては鑑賞及び調べ事オタクがレッスンを受講するとどうなるか。
髪はシニヨン、Tシャツは一切着用せずレオタードにショートパンツという
再開以降まずは形からと言わんばかりにせめて見かけだけはレッスンに溶け込もうと努めているものの
毎度お馴染み困ったもので、ピアニストさんが演奏してくださる数々のバレエ音楽が耳に入ると
幸せに包まれると同時にまずは順番覚えなあかんと分かってはいても途端にバレエ場面を脳内再生。
(管理人、レッスンで考え事をする際はエセ大阪弁でございます。大阪周辺地域に所縁ある皆様、判定はお手柔らかに)

今回は幸いにして、一度に演出複数種類同時再生なる事態には至らなかったものの
(近年分かってきたがラ・バヤデールとライモンダは要注意で、
牧阿佐美さん版、グリゴロさん版、ヌレエフ版が同時交錯しがちである)
先生がお考えになったアンシェヌマンで、劇場で目にした振付が少しでも重なると
あかんこっちゃ、ヒロインの気分でニンマリ浸ってしまう自身と順番覚えられへんと沈む自身が同居。
今回はセンターレッスンにて、バヤデール3幕影の王国のパ・ド・ドゥアダージオの音楽に乗せて
ニキヤとソロルがシンクロして踊る部分によく似た箇所があり、気分はニキヤ。
昨年新国立劇場で鑑賞した柴山紗帆さんの折り目正しい静けさを纏ったヒロインがすぐさま浮かび
老体まっしぐらな我が身をガクガクさせつつ、ソロルが背後なり傍らにいると無謀にも程がある想定をして
管理人、無事とは言えずだがどうにか完了。先生が提示してくださるアンシェヌマン1本に集中して
すぐさま身体が覚える日は訪れるのだろうか、太陽が西から昇り東に沈む事態に至る可能性と良い勝負でありましょう。

ところで、外見からして運動不足の類に属するのは明らかで地元のスポーツクラブ入会を身内からも勧められるほど
心配されている今日この頃の管理人でございますが、先日昼休みの職場にて出張健康測定会が開催されたため興味本位で参加。
すると、機械の設定が間違っていないか何度も確認いただいた上での結果だったのだが
基礎代謝がグラフからはみ出る寸前な値で、つまりは実年齢にしては恐ろしく良好らしい。
検査員から、運動や筋力トレーニングの習慣はあるかと尋ねられるも駅まで片道10分の自転車ぐらいで何もせず
サウナやヨガも未経験で、暴飲暴食はしないが食事飲酒摂取制限とも無縁。そういえば昨年大阪を訪れた際に
鑑賞で手一杯なためレッスン回数が少ない旨について再度話した際、お世話になっている方より救いのお言葉をいただき
夢の中で踊っているでしょうから、との励ましでした。バレエ愛好者を自称して早30年超、
日頃は専ら鑑賞と座学の講座受講であっても注ぐエネルギーは身体を健康な方面へと誘導しているのか
心に響いた舞台の情景は精神のみならず身体にも好影響を及ぼしそして就寝後も自ずと体内をバレエ熱が
電流の如く駆け抜けるなりして代謝促進を行っているのか。医学的観点から検証してみたいものです。




帰りはスタジオ近くに位置する毎度の海鮮居酒屋にて多趣味な文化人なる受講者の方と昼食兼宴会。
昨秋の新国立劇場バレエ団こども白鳥の湖直前降板登板劇が生じたフェスティバルホール公演に出先から駆け付け
当日券でご覧になった当ブログでも時々ご登場いただいている方でございます。 文化人なる人生の先輩はお車ご利用のためノンアルコールビールをお飲みでしたが
こちらの延々と続くバレエ話にこの度もお付き合いくださいました。深謝。
レッスン後の一杯に升酒を堪能しているバレエ愛好者、世界中探してもガラスの靴の持ち主以上に見つかりそうにない笑。

さて、当ブログは来月末で移転前含めて開設7年を迎えますが、移転前から隅々まで読んでくださっている
バレエへの造詣が誠に深いとある関西在住の方から管理人自身では気づいていなかった法則をズバリとご指摘。
男性に限ってだが、一発で読めない名前の人を好むこと。
漢字の難易度関係なく、そういえば一発で読み方を正解するのは難しいお名前でございます。
現在の鑑賞体制になってからは3年以上が経過していながら、第三者の指摘で気づくとは
自己流に定めず様々な読者の方からのご意見に耳を傾けることは非常に重要であると胸に刻みたい思いでおります。

2020年2月16日日曜日

指揮者福田一雄先生による「ピアノで奏でるバレエ講義」「海賊・ライモンダ大研究」



2月9日(日)、バレエスタジオAngel R 表参道校にて指揮者福田一雄先生による講座
「ピアノで奏でるバレエ講義」「海賊・ライモンダ大研究」受講して参りました。
2月11日(火祝)Angel R MIXED PROGRAMでの『ライモンダ』3幕上演を前にした予習も兼ねて開講されたようですが
バレエ作品で最も好きな『ライモンダ』、そしてちょうど日本バレエ協会『海賊』鑑賞翌日でしたのでいたく旬な心持ちで受講。
今回もこれまでの常識を覆される逸話が次々と飛び出し、喫驚仰天の連続でした。
新国立劇場でも活躍されていた井口裕之さんが前回に続き、進行助手としていらっしゃいました。
https://www.angel-r.jp/whats-new/workshop/other-workshop/26559/


前半は『ライモンダ』から。福田さんが取り出された、年季の入ったロシア語のピアノスコアに
管理人、この時点で胸熱し。ご入手経路は失念してしまいましたが遡れば東京バレエ学校関連だったか。
ロシア語表記ですのでRはP、未だロシア語アルファベットはとっつきにくい印象がございますが誤読要注意です。
曲目はセルゲイエフ版のCD収録リストを元に解説してくださった点も嬉しく、
何しろ所有しているCDで愛聴しているため、話の進みが早い場合でも
どの曲を指していらっしゃるか瞬時に分かり助かったのでした。

先述の通り、噴水のごとく溢れ出る仰天話や音楽知識の宝庫な福田さんだからこその独自のコンクール選曲斬りに
参加者一同笑いの渦と化したのも1度や2度ではありませんが、何度も耳にしている曲ながら特に驚いたのは
ライモンダによる1幕夢のヴァリエーションの挿入。マズルカと同様、
元々はグラズノフが『ライモンダ』とは別に発表していた『バレエの情景』の中の1曲であるのは知っておりましたが
ライモンダの踊りに相応しいと自身が判断して取り入れたのではなく
セルゲイエフが改訂振付時に勝手に挿入してしまったそうです。
意図せぬ挿入にグラズノフそして肩を組んで振付にあたったプティパはどう考えているか
アルコール依存症が死因であったとされるグラズノフは生前の行いにも懲りず、納得いかんと言わんばかりに
天上でもどっぷり酒浸り生活を送っていた可能性は重々あり得そうですが
セルゲイエフの身勝手な行動はさておき、後からの挿入とは思えぬほど場面にも調和し
ジャンに恋い焦がれ心を寄せるライモンダの感情を優雅に表現した振付、音楽と捉えております。

3幕のマズルカも『バレエの情景』からの挿入ですが、この曲で思い出すのは一昨年2018年のバレエ・アステラスで鑑賞した
英国ロイヤル・バレエ団の高田茜さん、平野亮一さんが披露されたリアム・スカーレット振付「ジュビリー・パ・ド・ドゥ」。
ライモンダのマズルカの音楽を用いつつも古典のパ・ド・ドゥな仕上がりに胸を躍らせて観ておりましたが
プログラムの曲紹介ではライモンダについては触れずあくまで『バレエの情景』を強調していたかと記憶しております。

それから昔からの疑問がようやく解決でき喜ばしかったのは、グリゴローヴィヂ版での3幕で踊られるジャンのヴァリエーション。
他の版では管楽器が高らかに奏でる曲が大半であるため、(グリさん版では1幕で披露)何処の曲か長年謎でおりましたが
元来は子どもの踊りとして作曲されたとのこと。金田一少年の如く、謎は全て解けたの一言に尽きます。

またグラズノフはハンガリーの伝統楽器ツィンバロに出会った経緯もありハンガリーに造詣が深かった点や
牧阿佐美バレエ団による全幕日本初演で男性4人のヴァリエーションが揃わずの笑いエピソード等々
ひっくり返るようなお話も沸き出て楽しい学びとなる時間でした。
確かに男性4人のヴァリエーションで揃っている姿を観た回数は少なく、先月の英国ロイヤルシネマにおいても斜め発射と着陸不成功多発。
これまで観た最もきちんと揃っていたのは2009年大阪にて鑑賞したKチェンバーカンパニー(Kバレエスタジオ)公演で
4人の中には現在新国立劇場バレエ団所属の福岡雄大さん、福田圭吾さん、福田紘也さんのお名前も。揃うのも当然か。

福田一雄さんが疑問視なさっていたことで私も長年同じ思いを抱いてきた点は
コンクールにおいて、ライモンダのヴァリエーションとして夢の場の踊りばかりが選ばれる傾向にある点。
先述の通り本来プティパやグラズノフが意図して作ったものではなくセルゲイエフの好みで挿入されてしまった事情に
複雑な感情を持たずにはいられないと察しますが、他にも美しいヴァリエーションがふんだんにあるにも拘らず踊る人は殆どおらず
ローザンヌでの影響であろうと仰っていました。(この日もコジョカル救済隊員の1人として
講座会場から一駅の場所で踊っていらしたハンブルグバレエ団の菅井円加さんが2012年のローザンヌで1位受賞した際のことかと推察)
極めて同感で、キトリやオディールに比較すると振付と音楽ともにシンプルで見栄えがしないためか不人気な様子。
私個人としては、2幕で披露される前半はホルン主旋律によるゆったりめながらも空間を切り裂くようなヴァリエーションは
脚力の強さに自信のある方にはぴったりかと思いますし終盤にピケターンもありますので
ライモンダの中では見栄えする振付に類する気もいたしますがそもそも知名度が低いのかもしれません。
他、独断と偏見なるヴァリエーション解剖をしていきますと1幕ワルツの合間のピチカートは
これは簡素過ぎてコンクールには不向きかもしれぬが、寂しさと可憐さが同居した魅力ある振付でございます。
夢の場の前のヴェールを持った踊りも繊細で素敵な場面ですが短時間であり
加えて扇子やタンバリンは可でもヴェールはコンクールで許されるか、主催者次第かもしれません。
夢の場はもう割愛で、3幕はさすがに重厚感があり過ぎる且つパ・ド・ブレ中心は辛いか。
1つ1つ考えていくと、夢の場ばかりが脚光を浴びるのも頷ける気もして参ります。(ホルンのところはどなたか踊ってくださることを期待)

さて長くなって参りましたの後半は短めに。『海賊』は作曲者混在でヴァリエーションの作者はもはや暗記不可能なほどですが
バレエ協会『海賊』初日に酒井さんが踊られた、マリインスキーの来日公演ではロパートキナも披露していた
可愛らしくも歌えない曲調のヴァリエーションは元々はシェル男爵が作曲した『シンデレラ』の中の1曲であったそう。
どうやら海賊のパ・ド・ドゥ(パ・ド・トロワ)はアダージオとコーダはドリゴが作り
ヴァリエーションは各々好みの曲を持ってきていたとか。
そんなわけで、『海賊』上演の際は作曲者として誰の名前を挙げるべきか主催者を悩ませ続けるのでしょう。

日本で初めてパ・ド・ドゥ部分が披露されたのはフォンティーンとヌレエフだったとのこと。
当時フォンティーンが踊った曲についてもお話しくださり、原曲の題名と作曲者も分かってこれまた謎が解けた金田一少年の気分。
確かロンドンで収録した1960年代頃の映像がのちに『華麗なるパ・ド・ドゥ』として纏められテレビ放送されたのは
録画して何度も視聴いたしましたが(フェリとイーグリングのロミオとジュリエットや
コルパコワとベレジノイの眠れる森の美女、ハーヴェイとバリシニコフのドン・キホーテといった王道のみならず
バッセルとコープのパゴダの王子やAMPの白鳥などマニアックなものも収録)
フォンティーンが踊ったヴァリエーションが『ドン・キホーテ』森の女王で少々不思議であったものの
エレガントで上品な持ち味にはよく合っていると見入ったものです。長袖のふわりとしたチュチュも記憶に残っております。

記事のボリュームに偏りがあった点や話が二転三転した点は失礼。
今回もバレエ音楽の仰天話を多々知ることができたのは大きな収穫でしたが、これまでと違ったのは
会場がバレエスタジオであった点。こういったバレエ作品関係の講座受講の度に感じていたのは
舞台で踊る方や指導者にこそ参加いただきたいこと。中でも指導している方々は
例えば教え子が発表会やコンクールでヴァリエーションを踊る際、その役柄の全幕における位置づけや設定のみならず
果たして本当にこのキャラクターのために作曲されたのかそれとも実は作曲者自体異なっているのか、
歴史や経緯に至るまで調べ上げておく必要があると思うのです。
そうは言っても増え続けるコンクールとその需要も高まっているらしく
通っていたバレエ教室ではコンクールのコの字も話題にならず、プロを目指す人のみに関係すると受け止めていた
管理人が子供の頃の時代とは大違いである模様。近年は出場者の低年齢化も著しく(小学校低学年での出場は早過ぎる気もするが…)
先生方も休む間もなく指導続きであるのも分かりますし、そして踊らぬ踊れぬ私のようなド素人が
あれやこれや口走るのは実に不躾であるとも承知しておりますが、基本バレエを踊る方々が集まるバレエスタジオでの定期開催は
一鑑賞好きとしても大変嬉しく思えた次第です。私1人だいぶ浮いた受講者であったものの
切り口を変えれば受講者の恐らくは9割以上が普段から踊っていらっしゃる方々であったのはむしろ喜びにも感じたAngel Rさんでの講座でした。
帰りがけ、受付前の画面で流れていたのは10周年記念発表会『ドン・キホーテ』全幕の3幕冒頭のワルツ。
仕事と両立させながら通い、晴れの日を迎えた友人の舞台姿を再びじっくり眺め、殊更清々しい気分でスタジオを後にいたしました。


※もしグラズノフが誠にお好きな方がいらっしゃいましたら、機会があれば
深川秀夫さんの作品『グラズノフ・スイート』を是非ご覧ください。
2017年12月に川上恵子バレエスクールの舞台で鑑賞し、大勢の女性で踊られる
『ライモンダ』や『四季』の曲が随所に散りばめられたお洒落な作品で
ハンガリアンポーズを多く含んだ振付、デザインは同じながら色とりどりの膝丈の衣装
多色が柔らかに入り混じった万華鏡のような照明、そして音楽、と全ての要素の美しさにうっとりいたしました。
記憶している限りではありますが使用曲は『ライモンダ』より夢の場のパ・ド・ドゥ音楽で幕開けして全員出演し
(2017年から18年にかけての東急ジルベスターカウントダウンでザハロワとロヂキンが踊った曲)、
夢の場の第1ヴァリエーション、第2幕クレメンス(多分)のヴァリエーション、第3幕グラン・パ・クラシック女性のパ・ド・トロワ
夢の場のワルツ、1幕の夢に入る前に友人4人が踊る曲、グリゴローヴィヂ版では3幕でジャンが踊るヴァリエーション
同じく深川さんの振付で2017年に新国立劇場バレエ団にもレパートリー入りし
ソワレ・ドゥ・バレエでも使われた『四季』より秋などです。
フィナーレは2幕のライモンダと友人4人のコーダに乗せて全員が登場する壮大な幕切れで
通常2人で踊られる曲を群舞で踊る光景や男性ヴァリエーション曲を女性が踊る姿は新鮮でしたが不自然さがなく
ダンサーの技術、そして振付と音楽双方の魅力に触れた思いがいたします。
グラズノフ好き、『ライモンダ』オタクにはたまらぬ作品でした。


※変り種では、吹奏楽で聴くライモンダも面白味あり。定期演奏会や普門館でのコンクールでも人気は高いようです。
曲目や編曲は多種存在し、アブさんの誘惑アダージオを1曲まるごと演奏するところもあれば
序奏とフィナーレ、アポテオーズと至極シンプルな展開もあり、まちまちです。
私が聴いた中で最もすっと耳に入ってきたのは15年ほど前に図書館で借りたCDに収録されていた演奏で
楽団など失念してしまいましたが序奏、スペイン(打楽器出番増やしのためか取り入れている編曲多し)、
ピチカートヴァリエーション(弦楽器の代わりにクラリネット主旋)、フィナーレ、アポテオーズ。
バレエとは多少順序入れ替えはあるもののスムーズそして変化に富んだ構成で妙な違和感は無し。
ご興味のある方は色々お探しになってみてください。



セルゲイエフ版ライモンダCD。こちらの解説書を辿りながらの説明でした。
但し、踊るテンポでは収録されていないため曲によっては非常に遅い笑。
特に1幕ライモンダの登場、2幕アブさんの登場は随分ゆったり。
ペテルブルクの雰囲気を帯びているのかスペインはやや品が良過ぎる感があり、この曲に関しては
ボリショイ劇場管弦楽団以上にドカンと一発な勢いのあるモスクワ放送交響楽団の演奏が一番気に入っております。
(図書館で借りて何度も聴き比べてしまった)前半にはシェヘラザードが収録されています。


帰りはスタジオすぐ近くに位置する、以前から気になっていたハンガリー料理店ジェルボーへ。
どっしりとしたチョコレートが織り成すジェルボーセレトケーキととハンガリー産のチャペルワインで乾杯。

思えば、先月の英国ロイヤルシネマでの『ライモンダ』3幕でのバッセルによる
ロシアとハンガリーを混在させながらの解説に耳を疑ってはしまったが
決して聞き心地が宜しくないとは言い切れなかったのは、私が11年前に新国立劇場バレエ団ボリショイ劇場公演鑑賞で
モスクワ公演へ行った際に宿泊したホテルがブダペストホテル、だったためかもしれません。(ホテル名の由来は不明)
ビザ代行発行に伴いホテルは旅行会社が提示した宿泊施設限定、選択の余地もない状況でひとまず劇場から徒歩圏内
且つ一番安価(私からすると目が飛び出る価格だったが仕方ない)だからと申し込みましたが
大手とは違い機能的ではない点がむしろ気に入り、赤を基調とした温もりと古めかしさのあるロビーや重厚な外観
淡いグリーンで整えた広過ぎない朝食ルームといった内装や従業員の穏やかな対応も好印象。
ロビーはジェルボーの内装ともどこか似ており、来店し腰掛けた瞬間から懐かしさが込み上げました。

ところで、Angel Rさんの敷居を跨いだのは2度目。1度目は表参道校でのレッスンを受講している友人のクラス見学のため
2度目は友人も出演していた10周年記念発表会『ドン・キホーテ』2日目の回に足を運んだ際にいただいたプログラムに付いていた
無料体験レッスンチケットを利用して体験レッスンを受講。入門、チャレンジ、初級等初級者向けのクラスのみでも多種用意され、
自身のレベルに当てはまるクラス選択に迷いそうになったものの、申し込みの電話口にてスタッフの方が
大変親身になって案内してくださり安堵。Angelへ行くのも、平日仕事終わりにレッスンへ行くのも初体験でしたが
担当の先生のゆっくり進めてくださりバレエ用語を多用せず噛み砕くように教えていただけて
レッスンは年数回である私も緊張が解れ、リラックスして受講できたことは今も覚えております。
今や年1回にとどまりつつあるレッスンを先月中旬、再開以降お世話になっているスタジオにて受講して参りましたので
その話はまた次回。

2020年2月13日木曜日

花盛りの酒井はなさん 日本バレエ協会『海賊』2月8日(土)



2月8日(土)、日本バレエ協会『海賊』を観て参りました。
http://www.j-b-a.or.jp/stages/2020都民芸術フェスティバル参加公演「海賊」全幕/

※スタッフ、キャストは日本バレエ協会ホームページより抜粋

指揮:オレクセイ・バクラン
演奏:ジャパン・バレエ・オーケストラ
原振付:マリウス・プティパ改変版による
再振付/演出:ヴィクトール・ヤレメンコ
振付補佐:タチヤナ・レべツカヤ
音楽:アドルフ・アダン
バレエ・ミストレス:テーラー麻衣、角山明日香、奥田慎也
総監督:岡本佳津子

※素人が重箱の隅をつつくようで恐縮だが、音楽はアダンの作品以外にも多々入っています。


メドーラ:酒井はな
コンラッド:橋本直樹
アリ:高橋 眞之(NBAバレエ団プリンシパル)
ギュルナーラ:瀬島 五月
ビルバント:川村海生命
ランケデム:ヤロスラフ・サレンコ
セイード・パシャ:イルギス・ガリムーリン
オダリスク:佐々木夢奈、清水あゆみ、古尾谷莉奈


酒井さんのメドーラは登場の瞬間からほっそりとした肢体が紡ぐ清らかな輝きが絶品。
タイトなデザインの上下薄いブルーで揃えた衣装がよくお似合いで
膝丈のスカートが翻るさまに至るまで美しさが宿っていたと見受けます。
脚を差し出すときには床に語りかけるような丹念さに、仕草1つにしてもエレガントな空気がふわっと香り立ち
音楽を慈しみながらのステップは繊細で緻密。音と音の間の静寂さですら
華やぎと優美さが舞い上がっているかのようで、芳醇な世界で満たされるばかりでした。
追加された、コンラッドと出会ってから洞窟へ逃げ込んだ際に披露する
『シルヴィア』パ・ド・ドゥアダージオの曲に振り付けられたしっとりしたパ・ド・ドゥでは
旋律と呼応しながら身体が自在に伸び、喜びを体現。
橋本さんの豪胆且つ品もあるコンラッドとは息も外見バランスも合い
安心して思い切りコンラッドのもとへと飛び込んでいく姿も印象に刻まれた場面の1つです。

優しく頼りになるかと思いきやまんまと罠に嵌って居眠りしてしまうちょびっと間抜けな笑
コンラッドを起こそうと懸命に揺すって慌てふためきながら奮闘する場面はいたく健気に映り、
変わって花園では白地に銀色模様で彩られたチュチュをまとって大らかに踊られ、香しい百合を彷彿。
そして極めつけはパ・ド・トロワで、他の版と異なり花園のあとに踊る演出で物語も終盤に差し掛かり
体力分配が非常に難しい流れのはすですが、疲弊なんぞ些かも感じさせず
何とも伸びやかそして艶やかさにも仰天するしかありません。
フェッテに至ってはご年齢を考えれば、そして古典全幕を踊られる機会の頻度を考慮すれば
ピケターン或いは省略版でも十二分に満足であるとの勝手な思い込みは誠に失礼であったと詫びたくなるほど
滑らかで美しい32回転且つ後半になるにつれてぐらつきを不安にさせるどころか観客と会話するかのように笑みが益々零れ余裕綽々。
最後は観客の反応を愛おしく両手で掬って胸に手を当て、アリの旋回が控えていたとはいえ心を込めて素早くレヴェランスして袖へ。
研ぎ澄まされた身体のしなやかなラインに加え深まる表現力、衰えとは反比例で更に磨き上げられた技術を目にし
仮に現在の新国立の公演で全幕主演しても何ら違和感なく、
酒井さんは令和の怪物ではなかろうかと圧倒され続けたメドーラでした。

奴隷としての生き様を貫いていた高橋さんのアリも登場のたびに自然と目が向き
ドラマ性を濃く描写するメドーラとコンラッドを主軸に展開するためどうしても出番は少なめでしたが
感情を抑えての忠誠ぶりや、ヴァリエーションにおいても規範を厳守して妙な小技も入れず
コントロールしながらの踊り方でありつつ決めポーズや音楽の高揚と調和して迫力を出すべきところではとことん出し
メリハリがあって好印象。物語と品を大事にするヤレメンコさんの方針なのでしょう。

見せ場はふんだんに組み込まれており、序盤での海賊の男女たちによるキャラクターダンスは張りがあって生命力に溢れ
後半の花園前に持ってきたオダリスクは渋めの金と水色を合わせた独創的な色調にも見入り
3人とも恵まれた体型で着こなしもしっくり。中でも佐々木さんは一際華やぎオーラを放っていた印象です。

上演時間は休憩1回の全2幕2時間で実にコンパクトな構成でしたが見せ場の要部分は残し、
しかしある人物が絶命して物語が急展開する箇所やマイム部分はスピーディーに明快に繋いで行く振付。
そして最たるオリジナル振付はロンドンにて回想する『海賊』作者である
詩人バイロン(コンラッドが兼任)をロマンティックに描いたプロローグとエピローグで、
予習不足で実のところ当初は理解に至らず終いでしたが後から知ると確かに
紳士淑女然としたシックで上品な服を着用した男女が行き交い、中にはメドーラの姿も。
現実と夢世界を往来しているのであろうバイロンが浸るロマンに思いを馳せたくなる場面で
設定を把握した上で再度観たい場面でございます。

尚、メドーラやギュリナーラはダンサーによって衣装デザインも異なっていたとのこと。
例えばパ・ド・トロワでのメドーラは酒井さんは藤色の膝丈スカート、上野水香さんは濃いブルーのチュチュ、と
形状も色彩も様々。(加治屋さんのデザインが気になるところ)
写実的で陽光降り注ぐ、モスクも眺める爽やかな港風景の背景美術も序盤での賑わいを引き立てる効果大でした。

感慨深かったのはヤレメンコさんとレベツカヤさんのプレトーク。
何しろ私が最初に触れた『くるみ割り人形』の王子がヤレメンコさんで、
昭和の時代に書籍で、そしてNHKで放送された昭和女子大学人見記念講堂での来日公演映像で何度も見たキエフのスター。
ときめいたかは横に置き、当時はまだ若手で大先輩リュドミラ・スモルガチョーワに恭しくお仕えする初々しい王子でした。
この書籍と映像を通して知ったキエフのくるみが基盤となり、翌年頃には
心からのめり込んでしまったアルヒーポワとムハメドフが踊るボリショイのグリゴローヴィヂ版に越されてしまったとはいえども
くるみのあらすじや登場人物、音楽構成といったいろはを学ぶきっかけになったのは
紛れもなくヤレメンコさん主演のキエフバレエ公演だったのです。

バレエ協会のチラシを手に取り、当時の面影を求めるにはやや難しくはあったものの
そしてヤレメンコさんの話題が通じる人が果たして周囲にいるか不安もございましたが1桁人数はいましたため安堵。
体型は随分とふっくらされていましたが(自身も人をどうこう言える立場及び外見ではないが)
バレエ愛に溢れたお話にじっくり耳を傾け、思えばプロローグの設定と似通ったのか
約30年前に遡って若き日のヤレメンコさんの姿を脳裏に浮かべながら話に聞き入ったプレトークでした。
度々来日されコンクールでも訪れたため日本は大変愛着のある国で
一番お好きな役は試験やコンクール、そして公演でも幾度も踊ったバジルとのこと。
実際の映像を幕間のロビーで流して見せてくださった企画には感謝するばかりです。




バレエに興味を持ち始めた頃から愛読しているキエフ・バレエ『くるみ割り人形』書籍。
写真と解説ともに豊富でシェフチェンコ劇場の内部やバレエ団のリハーサル密着の記事もあり、
今や振付家として大活躍中であるラトマンスキーが将来を嘱望された新鋭として紹介されています。
アンナ・クシネリョーワのレッスン写真が載っているのも嬉しく
お好きだった方、いらっしゃいましたらご一報くださいませ。姫がよく似合う典雅な雰囲気に惹かれておりました。
NHKで放送された『眠れる森の美女』でヒロインを務め、年始に最後の全幕白鳥を踊ったフィリピエワが妖精ソリストの1人だったと記憶。



写真左:『ドン・キホーテ』は若き日のヤレメンコさんとレベツカヤさん。幕間には嘗てお2人が踊られた映像が流れ、ロビーにて鑑賞、
今見てもスタイル宜しく品格と情熱を合わせ持った正統派キトリとバジルで
奇を衒わぬ、お手本のようなクラシック・バレエの技術に驚嘆した次第です。
写真右:向かって右側のスタンドはバレエ協会2018年公演『ライモンダ』。十字軍の時代にふわふわ羽飾りの兜など
時代考証の面では疑問符が付く衣装が何点かあったが、全幕上演の機会は少ない中での新制作上演に歓喜。



酒井はなさんファンの方々、生徒さんたちが贈られたフラワースタンド。
ハート型とピンクがまさに生ける花園での温もり溢れるメドーラのイメージにぴったりです。



帰りは当ブログレギュラームンタ先輩と上野駅の文化会館反対側の魚介料理店にて乾杯。
海賊ですので、海の幸をたっぷりいただきました。ボリュームも鮮度も文句無しでディルの香りも爽やかに効いたカルパッチョ、
塩加減も絶妙なグリルの鯛でワインも進みます。
一昨年のバレエ協会『ライモンダ』にて酒井さんの虜になったムンタ先輩、今宵もご満悦でした。

2020年2月10日月曜日

座長の怪我で急ごしらえ救済プロジェクト アリーナ・コジョカルドリームプロジェクト2020 Aプログラム 2月5日(水)




2月5日(水)、お世話になっている方の代理でアリーナ・コジョカルドリームプロジェクト2020
Aプログラム初日を観て参りました。コジョカルが座長のガラは初鑑賞、
出演者と演目双方直前に大幅変更が生じ波乱な幕開けでした。
https://www.nbs.or.jp/stages/2020/cojocaru/


※キャスト表はNBSホームページから抜粋

演奏:シアターオーケストラ トーキョー
※ABC、エディットは録音音源


― 第1部 ―

「バレエ・インペリアル」
振付:ジョージ・バランシン
音楽:ピョートル・チャイコフスキー
指揮:井田勝大
ピアノ:今泉響平


ヤスミン・ナグディ - フリーデマン・フォーゲル

中川美雪
宮川新大 - 生方隆之介
金子仁美 - 秋山 瑛
東京バレエ団


作品の鑑賞はマラーホフの贈り物ファイナル以来7年ぶり。ヤーナ・サレンコとマラーホフ主演でした。
「インペリアル」の響きからすると、数あるバランシン作品の中でも特段豪華絢爛かと思いきや
曲調は明快でもなく、フィナーレを予期させつつもその後にアダージョが続いたりと終わりが見え辛く
掘り起こす限り想像以上に地味めな作品であったと記憶。久々に観ても印象は変わらずでした。
恐らくは1989年のABT来日公演プログラムで度々目にした、赤系の模様やラインストーンをも散りばめた
ゴージャスな写真の印象が刷り込まれているからでしょう。(モノクロ写真の主役女性は恐らくスーザン・ジャフィー)
ピンチヒッターのナグディは最初こそ緊張な様子はあったものの品位ある姿で主軸を務め、見事な代役。
ナグディは昨夏の英国ロイヤル来日公演で祖国凱旋全幕主演公演となるはずであった高田茜さんの代役を務め
何の縁なのか昨夏の英国ロイヤルも今回のコジョカルガラも、私がともに知人の代理で観に行ったNBS公演で
日本国内で絶大な人気を誇るダンサーに代わっての主演に居合わせ、
きちんと務め上げる舞台を鑑賞すると応援したくなるダンサーでございます。

大きな作品の主演で組むパートナーは変更し、パ・ド・ドゥも1本加えて踊った
今回のプロジェクト最大功労者であろうフォーゲルはナグディへの語りかけるような視線や誠心誠意のサポート、
そして中盤にてコール・ドに訴えかけるも拒絶されるジゼルへの敬意が込められていると思わせる場面においての
ふわっと匂い立つロマンチックな風情といいまさに別格でした。序盤、まだまだ空気が重たかった会場が
徐々に柔らかくなったのはフォーゲルの力が大きかったと捉えております。


― 第2部 ―

「海賊」
振付:マリウス・プティパ
音楽:リッカルド・ドリゴ

菅井円加
オシール・グネーオ

急遽の出演菅井さんはテクニックは申し分なく、派手なことはせずともちょっとした繋ぎの部分もクリアに描き出され
ぐらつきが微塵も感じられぬ盤石ぶり。ただ直前の依頼で急ピッチな来日であったのは承知の範囲だが
明るいターコイズブルーのチュチュが似合っていたとは言い難かったのは正直なところです。
そうは言ってもパワーと鮮やかさが合わさった菅井さんの魅力が発揮されていたと見受け
昨夏大和市で鑑賞した『ドリーブ組曲』よりも遥かに好印象。
グネーオはバランスを取ったポーズからそのままの跳躍を始め小技大技をとにかく盛り込んで
沸かせようと張り切ってはいた様子でしたが、詰め込み過ぎてかえって窮屈に映ってしまったもよう。
スーパーでよく見かける、野菜や果物詰め放題で無理やり押し込んだ結果
袋をテープで留められずにんじんや茄子がはみ出た状態を彷彿です。
音楽のテンポはこれまでに聴いたアリのヴァリエーションの中で最速でした。
『海賊』に関しては、繰り返しになるが我が脳内は昨夏8月末におけるセクシーで野性味も醸して強さとしなやかさが共存し
視線や腕の運び方更には決めポーズでの間の取り方云々全ての要素がバランス良く備わっていた浦安伝説が色褪せず
綴り出すと当時の会場近くの夢の国の乗り物待ち時間並みに当分前に進めそうにないため次行きます。


「エディット」 - 新作世界初演 -
振付:ナンシー・オスバルデストン
音楽:エディット・ピアフ

ナンシー・オスバルデストン

初見のオスバルテストン、ピアフに扮しての粘り気のあるパワフルな踊りで
ピアフの歌声と持ち前の身体能力が響き合い、「バレエ」とはまた趣きは違ったが
近年観た自作自演の中では許容の良作に入る出来栄えと感じます。
大きな声では言えないが、随分前に観た自作自演で駄作(失礼)としか思えぬ舞台にお目にかかった経験あり。


「ABC」
振付:エリック・ゴーティエ
音楽:フィリップ・カニヒト

ヨハン・コボー

2018年のマリインスキー・バレエ来日公演にて私が観た日にはザンダー・パリッシュが踊った
基本ポジションを繰り出していくバレエ101のアルファベット版。
Aならアラベスク、アルブレヒト、アリ、とABCDE…のアルファベット順に
次々と言葉が音声で案内され、意外と言ったら失礼だがコボーが切れ味宜しく言葉通りに再現。
古巣デンマーク王立バレエでの活躍を思い起こすブルノンヴィルネタまであり
そういえば新国立劇場でラ・シルフィード初演時は吉田都さんとゲスト出演なさっていたのでした。


「マノン」より 第1幕のパ・ド・ドゥ
振付:ケネス・マクミラン
音楽:ジュール・マスネ

アリーナ・コジョカル
フリーデマン・フォーゲル


やっとこさ座長コジョカル登場。入魂(しなければ観客に目も向けられないであろう)のパ・ド・ドゥで
無邪気でされど危ういふわふわ感でデ・グリューを蕩けさせ、傾けるバランスを始めこのパ・ド・ドゥを観る限りは
怪我を思わせず。何よりフォーゲルのデ・グリューが手紙にペンを走らせる姿やマノンに向き合った際の喜びようからして
物語に没入し、後脚が伸びやかで美しいポーズの数々に頼もしいサポートと至れり尽くせりのパートナーリング。
全幕を観ている気持ちにさせられました。30分以上にも及ぶ主演作品ではパートナーが直前に変更して初共演のナグディを支え
更にはパ・ド・ドゥも1本追加で踊って座長を守り切ったフォーゲルは先にも触れた通り今回最大の功労者でしょう。


「ドン・キホーテ」 ディヴェルティスマン
振付:マリウス・プティパ
音楽:レオン・ミンクス

ナンシー・オスバルデストン、菅井円加
オシール・グネーオ、キム・キミン、玉川貴博

〈東京バレエ団〉
木村和夫、森川茉央
中島理子、瓜生遥花、長谷川琴音、花形悠月、本村明日香、吉江絵璃奈、前川琴音、米澤一葉


座長不在のドンキ。オスバルデストンがグラン・パ・ド・ドゥのキトリとカスタネットのヴァリエーション(早過ぎる着替えに驚嘆)、
菅井さんがキトリの扇子のヴァリエーション、グネーオが1幕トロワと一風変わったヴァリエーションのバジル、
キムがグラン・パ・ド・ドゥとヴァリエーション(確か)バジル、
玉川さんがサンチョ・パンサの布陣。玉川さんはキャピトル・バレエやルーマニア国立バレエ、オーストラリア・バレエなど
各地で活躍された経緯をお持ちで現在はフリーのダンサーでいらっしゃるとのこと。
東京バレエ団の木村さん(おかっぱのガマーシュ?)、森川さん(ドン・キホーテ)と3人仲良く中央後方にて腰掛け
にこやかに舞台を見守っているかと思えば踊り出すと実に身軽なサンチョ・パンサ、ぱっと明るく沸かせてくださいました。

一点の曇りのない且つコントロールしつつダイナミックな技術を披露したキムを始めとして
世界各地から集結した主役級のダンサーたちですから個々の実力は申し分ないレベルでしたが
ぶつ切りな印象が残ってしまったのは惜しいところ。
誰かが登場しては踊ってはい次、と個々のパフォーマンスで手一杯な構成に問題があったかと思われます。
加えて当初は主演予定であった座長コジョカル不在の影響も大いにあるでしょう。
急遽の出演者も含め心をこめて全員一丸となって最大限の力を発揮していたのは紛れもない事実ですが
音頭を取る座長が直前降板により舞台上に不在、及び急ごしらえの粗が露骨に表れてしまっていたのは明らかでした。
また近年はアナニアシヴィリのガラや世界バレエフェスティバルでも『ドン・キホーテ』よりハイライト集なる演目は披露機会も増え
観客も見慣れている企画なだけあり、本番数日前に出演決定者がいた点や
全体練習の時間は実質1日程度しか確保できなかったであろう事情を加味しても物足りなさは変わらず。
世界バレエフェスティバルガラではないためコジョカルが後方で花売りする、フォーゲルが給仕を務めるなど
過剰なおふざけ企画は無理であったとしても構成にもう一工夫あったら、
特に場面と場面の繋ぎの部分に一捻りあればと思えてなりませんでした。

幾らか不満も書き連ねましたが、座長コジョカルが『マノン』寝室のパ・ド・ドゥのみの出演であっても
全幕を思わせる舞台披露。そして何と言っても、パートナー変更にパ・ド・ドゥ追加のフォーゲルの尽力を筆頭に
企画当初から出演予定であったダンサーも直前に依頼を受けたダンサーも急遽の事態に即対応。
コジョカル救済プロジェクトの無事完了を見届け安堵した公演でした。





帰りは当ブログレギュラーであるコジョカル好きな大学の後輩とオーチャード近くのお店へ。
コジョカルのインペリアル観たさにチケットを購入したそうで、肩を落としていないか心配であったが
『マノン』だけでも鑑賞できて良かったと話していて一安心。
舞台近く席であったそうで、キムのサポートの特徴など近距離ならではの感想に先輩は興味津々でございました。
先輩管理人は後輩が購入したコジョカルファイルを眺めつつコジョカルの母国ルーマニアの赤ワインで乾杯。
見た目は薄めの色ですが味はしっかり強さがあり。
もしコジョカルを知らなければルーマニアに対する印象と聞かれても
挙げるのはコマネチ、ドラキュラぐらいであったことでしょう。

そういえば、譲ってくださる方よりチケットを引き取ったのは公演5日前の都内の主要ターミナル駅。
その後駅ビル内の中華料理店にて一緒に食事をしていたときのこと、
クラシック音楽が流れていて心地良いとは感じていたのだがふと耳をすませてみると
何とピアノソロバージョンの『白鳥の湖』ジークフリート王子のヴァリエーション。
同じ駅ビル内の飲食店にて以前『白鳥の湖』パ・ド・トロワが流れていたときも驚いたものだが
情景でもなくワルツでもなく王子のヴァリエーションしかもピアノソロとは、
レッスンCDでもなかろうにと互いに興奮を隠せず。ここザンレールなどと口走りつつ
目の前に置かれた炒飯定食、そして何処へ行ってもバレエと縁がある喜びを噛み締めた一夜でございました。



さて以下は余談。ご多忙な方はお飛ばしください。
今回は代役登板続出公演であったため振り返って印象に残っている代役登板の舞台をいくつか。
予定通りの出演が望ましいものの生身の芸術である以上怪我や体調不良は時に生じるもので、これまで観た舞台でも
当初の予定と異なる演者が登場した舞台は何本もありました。中には本番中に変更が生じたときもあり。
3本挙げるなら
◆2006年4月パリ・オペラ座バレエ団来日公演ヌレエフ版『白鳥の湖』
プロローグでオデット役のダンサーが怪我、湖畔の場面で登場したのは別人で
いくら鑑賞時のマナーとして話し声を立てないのは常識とは言えこのときばかりは客席のあちこちから
明らかに体型が違う、別人ではないか、と動揺がの声が広がっていました。
当日は別の役を踊る予定であったダンサーが急遽着替えて登場までは良かったが衣装がぶかぶかで気の毒でした。
そして王子役のダンサーともペアを組むのは初だったとか。
救いはヌレエフ版特有の王子とロットバルトが近距離でくっつきそうになりながら踊る振付が用意され
その場面の際に降板の詳細や代役について2人で話し合って策を練っていたらしいと風の噂で聞いたが
何処までが真実かは未だ分からず。いずれにしても意味合いは違えど映画『会議は踊る』が浮かばずにいられぬ降板登板劇でした。

◆2008年12月新国立劇場バレエ団『シンデレラ』
2幕にてシンデレラは登場しワルツは踊ったが、モロッコの子供に2人が手を添えて行進しオレンジを贈る場面にて
シンデレラが不在で王子しかおらず。そういえば王子はヨハン・コボーでした。
何かあったに違いないと観客の予測の通り、シンデレラ役のダンサーが怪我。
ひとまずコボーが王子のヴァリエーションだけ踊ってそのあとパドドゥの音楽が流れ出した途端幕が下りて舞台監督登場。
事の経緯を説明して15分程度の休憩を挟み、大急ぎで準備した新国立ダンサーのペアが登場し最後まで務めました。
カーテンコールには私服姿のコボーが控えめに登場して挨拶、笑みを絶やさず新国立ダンサーを立てていた姿は今も忘れられぬ姿です。

◆2019年9月新国立劇場バレエ団こどものためのバレエ劇場『白鳥の湖』
本番前日に会場ホームページにて告知があり、地元凱旋公演及び現地でも知名度の高く
宣伝にも力が入れられていた主演ペアが双方降板。
翌々日に長野で同演目に主演するダンサーが急遽大阪入りして主演。
開演前こそ「誰や??」と掲示板を目の前に呟く観客は多かったが幕間にはお2人への賞賛も多々聞こえ
大阪でお世話になっている方々からも溢れるお褒めのお言葉の数々に管理人、目が潤う寸前でございました。
我ながら、よくもまあ代役を知ってすぐにチケット確保し翌日には気づけば東京駅から新幹線で大阪入りしていたと
好きなダンサーの応援に都道府県境は関係ないと言わんばかりの行動をすぐさま取っていたと今も思い出す出来事です。

それから、今回偶然にも『バレエ・インペリアル』、作品の写真で脳裏に刻まれているジャフィー、『海賊』、と要素が揃ったため
過去に遡って観てみたい代役登板劇について。40年近く前のABTオープニングガラにて
バリシニコフと『海賊』を踊る予定であったゲルシー・カークランドが薬物の影響で踊れず当日降板。
(楽屋で倒れていたと確か記されていた)
代役を務めたのは偶々お手伝いに来ていたまだ無名の10代であったジャフィーだったそうで
15年ほど前のダンスマガジンインタビューにてジャフィーが語っていたのだがその書籍が見つからず
記憶と正確性が欠けている点は悪しからず。ただ舞台は大成功を収めたそうで、時空旅行が可能なら居合わせたい舞台の1本です。