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5月28日(土)、八王子市にてバレエシャンブルウエスト『タチヤーナ』を観て参りました。作品の鑑賞は新国立劇場中劇場で開催された2006年公演以来16年ぶりで
ロシア、ウクライナでも上演され成功を収めたシャンブルが誇るオリジナル作品です。今回は川口ゆり子さんが最後の『タチヤーナ』として踊る公演でした。
http://www.chambreouest.com/performance_info/第93回定期公演「タチヤーナ」
タチヤーナ:川口ゆり子
オネーギン:逸見智彦
レンスキー:山本帆介
オリガ:吉本真由美
グレーミン:正木亮
母:深沢祥子
乳母:延本裕子
川口さんは1幕では椅子に腰掛け読書に耽る物静かな少女で、話しかけられてもちょこっと上の空な様子がいじらしい。
但し夢見がちなだけではなく、表情を見る限り登場人物の心の裏側にも迫って描写を味わっていそうな
非常に深く落とし込んで理解しようと真剣な目も印象深く、脳内お花畑ではない理知的な魅力もまた教養豊かなタチヤーナの特徴が引き立っていたと捉えております。
白地に青いリボンを付けた飾り気のないシンプルなワンピースもタチヤーナの内面の純粋な美しさや品位を効果的に表していました。
あからさまに感情を曝け出すのではなく少しずつ、ガラス細工が崩れていくような繊細な表現に寧ろ心をつかまれ
中でもオネーギンから手紙を返されたときの静かな落ち込みからの乳母(確か)に縋り付く姿は印象に刻まれております。
心優しさからオネーギンとレンスキーの争いになりかけた段階からワルツの最中も2人の身を案じたり
3幕でグレーミンの妻となっての華麗で凛然とした貴婦人ぶり、そして未だオネーギンへの想いも断ち切れぬ苦しみを一心に込めたオネーギンとの抱擁からの
グレーミンに身を捧げると決意した旨を伝える葛藤も嵐のような曲調と相乗していつまでも余韻が続いていた気がいたします。
逸見さんはソフトで上品なオネーギン。演出によってはもっと皮肉屋な捻くれ者青年も目にしたことがありますが
タチヤーナに対して小馬鹿にする様子はなく、あくまで自身には田舎暮らしが合わぬと淡々と悟っていると思えた次第。
タチヤーナから読んでいる本を見せてもらうときも嘲笑もせず、少々風変わりで不思議な性格な少女の存在を冷静に受け止めていました。
貴婦人となったタチヤーナに対しては一目見るなり衝撃の雷に打たれたようで、音楽の劇的な起伏と呼応して後悔そしてようやく募った恋心を示す姿も
身勝手に加えて時既に遅いとは分かっていながらも心を動かされそうになる訴えかけで表現。
それにしても赤紫系花柄ガウンを違和感なく着こなせる数少ない日本のダンサーかと思われ、ウォッカ片手に寛ぐオネーギンも目にしてみたかった気もいたします。
興味を惹かれた演出の1つがタチヤーナの夢にオネーギンが出現する場面。綺麗に腰掛けたのちにうとうと寝落ちする
『薔薇の精』少女や『ライモンダ』と異なって机に突っ伏して熟睡し、無我夢中で手紙を綴っていた行為から生じるためか
締切に追われるも睡魔に勝てず寝込んでしまった文筆業従事者にも見て取れ(気付けば雀が鳴き、編集者から催促される運命か)タチヤーナの人間味が伝わる場の1つでした。
またクランコ版ではオネーギンは夢にも黒い服装で登場し、首筋への接吻や大胆なリフトも多用しタチヤーナの官能への目覚めをも思わす魔力が潜んでいそうな夢に対し
シャンブルでは白いコール・ドも付き、オネーギンも白い衣装。ピュアで澄んだ夢世界を描画し、幻想性を前面に出していた点も比較が大変面白く映りました。
朗らかでちょいと軽率な一面も憎めないオリガを務められらたのは吉本さんで、見るからに活発で場を瞬時に明るく照らすオーラの持ち主。
レンスキーとはまさに幸福の絶頂な関係から薔薇色であろう内面が窺え、前向きな様子満々な部分に惹かれ遊びとは言えオネーギンが彼女に関心を抱くのも納得。
きっとお酒も入って皆の気分が高揚としていたであろう命名式の舞踏会ですから、オネーギンがタチヤーナにとって憧憬の対象であると分かっていながらも
ついくっついて踊ってしまうオリガの軽はずみな行為も恨めしいとは思えず
一旦の誤解が更なる誤解を招いて悲劇へと突き進む歯車の狂いの恐ろしさに触れた思いでおります。
山本さんのレンスキーの存在も物語の鍵となり、オネーギンと親友のような仲の良さを肩を組んで踊る振付で描かれていただけに
またオリガのみならずおとなしいタチヤーナに対しても優しく紳士的な振る舞いで接していただけに
(親族付き合いの未来も希望が持てる。婿にしたいとラーリン家が思うわけだ笑)
誤解が瞬く間に怒りの頂点へと達してしまい盟友と決闘する運命になろうとは、誰もが予期せぬ悲劇であったことでしょう。
オネーギンがレンスキーからの決闘の申し出を受け入れたときの音楽がマンフレッドの冒頭で
本来ならば友人同士であるはずがどちらかが命を落とす運命を呪うように張り詰めていく2人の苦しみを、より深々と表す効果がありました。
そして江藤勝己さんの選曲が秀逸で、既に様々なバレエで用いられているチャイコフスキーの音楽であってもそれぞれに場面にぴたりと嵌り、切り貼りした印象が殆ど無し。
実はこの『タチヤーナ』を初めて鑑賞した16年前は誠に恥ずかしい話、チャイコフスキーの音楽を使ったバレエは三大バレエぐらいしか鑑賞した経験がなく
テレビで僅かに目にしたバランシン作品も生では未見。クランコ版『オネーギン』エイフマンの『アンナ・カレーニナ』、マクミランの『アナスタシア』といった
三大バレエ以外のチャイコフスキー音楽で構成された大型作品初鑑賞こそシャンブルの『タチヤーナ』だったのです。
つまりは16年前当時はフランチェスカ・ダ・リミニもマンフレッドも知らず、タチヤーナを観て真っ先に浮かんだ感想は
オペラのポロネーズが使用されていた場面は華麗であった、程度の幼稚な一言にとどまっておりました。
あれから16年、鑑賞作品本数は格段に増え古典以外の作品も多々鑑賞。クランコ『オネーギン』やエイフマン『アンナ・カレーニナ』と同じ曲が数曲使用の点もまた耳も機敏に反応し
同じ曲でも例えばアンナではアンナとヴロンスキーの駆け落ち先のヴェネツィアでの束の間の解放された空間で響き渡る曲である一方
タチヤーナではオネーギンの後悔を竜巻のように沸き立て訴える舞踏会で使用。(曲名分からずで失礼)
同じ曲でも場面によってこうも染め上がる色味が大きく違って見える音楽効果を、チャイコフスキーの音楽の魔力を体感できたのはいたく幸運でした。
フランチェスカ・ダ・リミニにおいてはここ数週間連日聴き入っており、(夜に洗濯物を干しつつこの曲を鑑賞しているのは都内で1人いるかいないかでしょうが笑)
エイフマンでのアンナの精神の歪みを表す男性群舞でも、シャンブルでの終幕オネーギンの執念とタチヤーナの苦悩が
せめぎ合う場面どちらにもしっくりとくる曲であると度々思い返しております。
それから命名式での人間模様の描き方も味わいあり。中盤に民族舞踊団が訪れて披露する場が設けられ、
音楽はクランコ版での1幕の荘園を対角線上に突っ切る辺りの場面の曲で(曲名把握しておらず失礼)
急速テンポで勇壮さも含まれた曲調が耳に残りますが、ただ眺めているだけではなく舞踊団の女性に首ったけになってしまった
男性客人(恐らく土方さん?)と彼をこっぴどく叱るパートナーのやりとりに笑いが止まらず。
物語佳境である、オペラでも有名なワルツでは怒りのバロメーターが上昇していくレンスキーと、からかいを止めず
まだ軽い気持ちで戯れているオネーギンとオリガ、心配そうに見つめるタチヤーナ、後方では前方での一触即発寸前な人々とは正反対に
浮き浮きと踊っていた1人の女性客人がぎっくり腰となり、周囲の人々で集団介助。前方では修羅場、後方ではコミカルな事件が同時進行で描かれ
全く異なる要素でありながら双方曲調には自然と馴染みこれまたチャイコフスキー音楽の寛容な魅力を目にでき再度感心です。
衣装や美術は全編通して優美で爽やか、上品。まさに川口さん、シャンブルが作る物語によく似合い
紗幕に描かれた紅葉に彩られた森と遠方に望む黄金色の玉葱坊主な寺院が旅愁へと一層誘い込むデザインでした。
1幕での紅茶用のジャムを入れた器が木製と思われる黒地に赤や金色の民族模様な食器であった点も嬉々たる注目どころでございます。
(新宿のロシア料理店スンガリーにて似た食器を見た覚えあり)
それから、客席が特に沸いたのはウクライナ人指揮者で、シャンブルのウクライナ公演でも指揮をされ
新国立劇場バレエ団公演でもお馴染みであるアレクセイ・バクランさんが予定通りオーケストラピットに登場されたとき。
今夏来日予定のキエフバレエが政府からのチャイコフスキー曲の使用禁止令に伴って演目変更が生じている事情もあり、
ロシア文学の金字塔な作品且つ全曲チャイコフスキー構成の作品を振ってくださるか、そもそも来日可能なのか、直前まで心配が尽きずにおりました。
現在国外に避難なさっているとは耳にしておりましたがご無事でいらしたこと、そして踊るような情熱溢れる指揮姿はご健在。
薔薇の大きな花束を手に今村博明さんも登場された、川口さんに向けた特別フィナーレでは再度ポロネーズを指揮なさるために挨拶なさった舞台上から
大急ぎでピットに戻って指揮台に立ち猛スピードでスコアを捲って準備完了させる貴重なお姿も拝見です。
今回舞台に近いバルコニー側の席であった関係でバクランさん観察席としては最上級席で、喜びの余りつい細かい箇所まで観察に勤しんでしまいました。
ピットを去るときも演奏者達に対してぎりぎりまで労いのサイン?を送っていらっしゃり、観ているこちらまでもが幸せに浸るひとときでした。
(プログラム内の紹介欄はキエフではなくキーウで表記)
原作が生まれた地域にて、しかも現地を代表する文学作品でありながらウクライナとロシア両公演も成功させた実績は大変誇らしいことで
振付や演出、音楽構成も完成度の高さを証明していると思えます。次のタチヤーナをどの踊り手が務めるか重圧は相当あるでしょうが
継承してバレエ団のオリジナル作品として上演を重ねて欲しいと願っております。
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鑑賞前、JR八王子駅すぐそばのこちらの喫茶店田園にて昼食。古めかしい造りが目を惹きます。店名がまたこの日鑑賞の設定を思わす響きです。
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ボルシチセット。パンとスープ、サラダと飲み物付き。コクのあるタイプで、具沢山。
店内では時代もお国も様々なクラシック音楽が流れ、クライスラーやロドリーゴが流れたのち
ボルシチが運ばれてくる頃にはチャイコフスキー『くるみ割り人形』花ワルツ。
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窓辺から射し込む光が気持ち良く、再度原作を読んでおりました。
文中に、タチヤーナについて「入ってくるなり窓ぎわにすわったほう」との記述もあり。
読書家とは言い難い私ですがプーシキンは好きで、特にオネーギン、バフチサライは瞬く間に読み進めてしまうほど
人間関係の絡みが面白く思えております。(長過ぎない点も良い笑)
オネーギンのロシア語版も借りてみたがやはり読めず諦めた汗。
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JCOMホールが入る建物の3階には八王子博物館。写真撮影自由だそうで、機織り体験や
郷土芸能の1つである人形劇の体験もできるようです。そしてタイムリーにもこの日の夜にブラタモリにて八王子特集。
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パネルも多数。八王子の歴史を学べます。八王子城趾からは貝殻が発掘されているそうで、
大森辺りからの運搬経路が整備されていた証であろうとの解説があったかと記憶。
![](https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEhs-W8Eex7mpKnmnoUo-BCcHPDW6W_cd3obMUZuE9kdvOX0jNI7Gp6csVvNzRi3kz6aVJvm_S7OMKAJrTRBfh8Qe4m0Q8aq8sQvhGsT43Fv4s7cG5Vqmew94TjbzkdD8OWz0N4-TPJj9pBvi-axV_jVkZ778RbvBGOuK8-zSbARFkkozHepSTDkd1-Cxw/s280/E903BBC8-3647-4DE9-B24F-8BC130DA71AC.jpeg)
終演後、当ブログを移転前の開設の頃からお読みくださっているお世話になっている方とワインで乾杯。
バクランさんの指揮姿を目にでき、川口さんが大切にしてこられた役の1つタチヤーナを見届けることができた喜びを語り合いました。
モッツアレラボールやアボカドのフリットもあり、お酒が進んだ八王子の夜でした。
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